第9話 タコは魔法の味

 見たこともない、奇妙なモンスターと遭遇した。


 全身が毒々しい紫色をした、タコのような外観。

 ぬめりのある足をめちゃくちゃに動かして、こちらを威嚇している。

 足の吸盤からビッシリ生えた細かい針が、タコの呼吸に合わせて、出たり入ったり。


「おうい、タコ野郎。気分はどうだ?」


 タコは、気色の悪い二つの眼球をギロギロと動かして、エドワールを睨む。


 どうせ、こいつと意思疎通を図ることは不可能だ。さっさと倒して、腹ごしらえにしよう。


「鋭爪連斬!」


 たちまち指先から、湾曲した銀の爪が生えて、全身にエネルギーがみなぎってくる。

 エドワールは、両足にバネの力を溜め込んで……一気に解放! タコ目がけて一直線!


「ヘイ、タコさん。俺は強い。とんでもなく強い。チャッチャと切り刻んで、銀だ○の店員にツンツンしてもらおうか? エエア?」


 鋭い爪の連斬が、容赦なくタコを襲う……はずだった。


 スカッ!


 爪が空を切る。眩い銀色の軌道だけが、宙に残る。


 切り刻んだのは、空気だけ。


 クソ! あのタコ、どこへ行きやがった? 

 ダンジョン下層のモンスターが、レベル40の素早さに敵うはずはない。敵うはずはないのだ。

 

 だがしかし、現にタコの姿は目の前にない。

 

 一度発動してしまったスキルは、中断することができないので、エドワールは無意味と分かっていながらも、残り99回の斬撃を放つ。

 空気の震えが波となって、洞窟の岩壁をえぐり取る。


 煉獄の超咆哮煉獄の超咆哮地面に着地すると、あたりを見回してみる。


 ……いた。タコは、エドワールの背後に移動して、神経を逆撫でするような世にも腹の立つダンスを踊りながら、攻撃の準備をしていた。

 

 ワープだ。こいつ、弱そうな見た目をして、実は転送魔法を使うことができるのだ。

 

 ヒュン! これでもかと言わんばかりに針を露出させたタコの足が、エドワール目がけて飛んでくる。

 

 後方に飛び退き、間一髪でタコの攻撃をかわす。

 素早い。悪くない身のこなし。こいつ、割と高レベルなモンスターなのかもしれない。

 

 だが、いくら高レベルな転送魔法を使えるからといって、姿を消すことは出来ない。

 それに、移動の際は、魔法の発動に集中力を要するため、完全に無防備になる。

 

 ヘイヘイ、ニンマリ。ニンマリ。

 ワープを使って逃げようというのならば、逃げ場を失くしてしまえばよいだけの話。


「特殊スキル、発動。煉獄の超咆哮!」


 身体の芯から痺れる感覚が、全身の細胞を駆け巡る。

 喉元から口にかけて、熱がほとばしる。

 ブワッと辺りに火の粉が舞いあがり、腹が太陽のように輝き始める。

 

 溜め込んだ莫大なエネルギーが、今、何物をも焼き尽くす灼熱の炎となって、超広範囲に放たれる!


「ブワアァァ!!」


 タコはギョッと目ん玉をひん剝いて、迫りくる地獄の炎と対峙している。

 まさか人間の口から、ドラゴンのブレスにも勝る火炎の大技が繰り出されるとは、夢にも思わなかったのだろう。

 

 急いで転送魔法を発動しようと、キュッと体を縮こませる。

 

 だが、時すでに遅し。いや、時すでにお寿司!!

 

 タコがワープした先には、メラメラと青黒く延焼する炎が、当然のように待ち構えている。

 逃げ場はない。ゆでだこまっしぐら! 


「プギャーーー!!」


 炎の熱が容赦なくタコの体を雁字搦めにする。

 悲痛な叫び声を上げて、筒状の口からポタポタ墨汁を垂らしながら、苦し気にのたうち回る。

 

 ようやく炎の勢いが鎮まる頃には、とっくにタコは息絶えていた。

 全身を真っ赤に腫らして、モクモク湯気を立ち昇らせている。

 

 ここで、固有スキル〈大食い〉が発動。否応なく食欲がかき立てられ、爆弾みたく腹がグウと鳴る。

 

 こんなに旨そうなご馳走を前にして、食指が動かぬはずはなかった。

 エドワールは遠慮なくタコの肉に喰らい付く。

 

 旨い! やはり、自分で調理したモンスターの味は格別っ!

 

 さてと、満足に平らげたところで、期待を込めて「ステータスオープン」と唱える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る