第7話 大食いは覚醒の味
体表の緑色は跡形もなく消え去り、代わりに真っ黒に炭化してザラザラとした肉が顔をのぞかせている。
砂粒のように小さな瞳の中には、とうぜん光はない。
口をあんぐり開けて、苦悶の表情を浮かべたまま、息絶えたらしかった。
生前とくらべて、体の大きさが縮んでいるような気がした。
本当に、こんな醜い生物を食べることができるのだろうか。
ダンジョンのモンスターを食った人の話など、これまで聞いたことがない……。
だがしかし。瀕死のエドワールに、もはや選択肢など残されていなかった。
エドワールは、ゴブリンの炭化した体表を爪でカリカリと削り取ると、可食部位を探す。
しばらく掘り進めたところで、キツネ色に焼けた肉が見えてきた。
よし、丁度いい火入れ加減だ。
エドワールは目をつぶり、自己暗示をかけることで、脳裏にこびりついたゴブリンの世にも醜い姿を、必死に拭い取ろうとする。
「これは高級ステーキ。これは高級ステーキ。これは高級ステーキ……」
意を決して……ぱくっ。肉質は柔らかく、容易に噛み千切ることができた。
口の中の肉を、無心で咀嚼する。たちまち唾液が溢れ出てきた。
おや。これは……イケるぞ! 食える! しかも、とんでもない美味ではないか!
エドワールの乾き切った瞳に、カッと眩しい光が宿った。
旨い、旨いぞ!
一度ゴブリンの肉の味を知ってからは、早かった。
そこら中に転がっているゴブリンの死体を、手当たり次第に喰らう。
固有スキル〈大食い〉の本領発揮だ。
常人には考えられぬスピードで、焼けたゴブリンの肉を胃袋へ放り込んでゆく。
そのあまりの喰いっぷりに、入口に横たわる白骨死体は、きっと目玉をひん剥いて度肝を抜かしているに違いない。
気づけば、広い空間に溢れていたゴブリンの死体は、すっかり食い荒らされ、あとには骨格と苦々しい見た目の内蔵が残るばかりであった。
たらふく食った、食った。エドワールは満足げに腹をゆする。
さてと、どれほど体力を回復できただろうか。
ステータスオープン。期待を込めて、エドワールは唱えた。
エドワール・ルフレン
レベル:25
体力:170
攻撃力:40
防御力:40
素早さ:40
【固有スキル】
大食い
【特殊スキル】
鋭爪連斬+100
効果
どんな鎧をも貫く鋭利な爪で敵を切り裂く。これを100回繰り返す。
「一体どうなっている!」
周囲に誰もいないというのに、エドワールはそう叫び出さずにはいられなかった。
レベルが飛躍的に上がっている。しかも、身に覚えのない、【特殊スキル】というものまで身につけている。
これは、なにかの夢か? 瀕死の脳が見せた、幻惑にも似た走馬灯か?
……いや、やはり何度もステータスを確認しても、表記が変わることはなかった。
エドワールは、地面に転がる、食い荒らされたゴブリンの死体を、いぶかしげに眺めた。
まさか、こいつらか? 思えば、この短時間で、ちょうど百体くらいの死体を食ったような気がする。
つまり、モンスターを食ったら食った分だけ経験値が貰え、しかもモンスター固有の攻撃を、特殊スキルとしてコピーすることができる。何度でも重複して。
固有スキル〈大食い〉の恩恵。そうとしか考えられない。
エドワールは歓喜のあまり、その場で飛び跳ねずにはいられなかった。
固有スキル〈大食い〉に秘められた能力が、ようやく今、解放されたのだ!
自分が単なる穀潰しではないことが、今、証明されたのだ!
もうダンジョンのモンスターに怯える必要はない。
これだけのステータスがあれば、安心してダンジョンを脱出することができそうである。
エドワールは軽い足取りで、洞窟の道を歩み始めた。
しばらくすると、徐々に道幅が大きくなってきた。どうやら、虱潰しに歩き続けているうちに、いつの間にか『迷宮』を抜け出すことができたらしい。
「このままの調子で、ダンジョンの出口へ直行しよう」
そう呟いた瞬間。
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