第6話 ゴブリンは転機の味

 エドワールは必死に頭を働かせて、宝箱のあった空間からここまでやって来た経路を思い出す。

 

 分岐道に差し掛かった。間違いのないように、慎重に道を選ぶ。

 よし、ゴブリンたちは、こちらの作戦など露知らず、ノコノコとついてきている。

 

 目論み通り、宝箱の置いてある広い空間が見えてきた。

 既にゴブリンの群れは、背後、1メートル程度にまで近づいている。

 限界だ、これ以上鬼ごっこを続けていても、こちらに勝機はない。

 

 エドワールは躊躇なく、罠の設置された空間に飛び入った。

 

 群れの先頭を走るゴブリンの鋭い爪先が、【冒険者の服】をかすめる。間一髪でゴブリンの攻撃を避けた。

 

 上空の無数の穴から、マグマが流れるような、おどろおどろしい音が聞こえてくる。

 今にも恐ろしい罠が作動しようとしているのだ。

 

 充分にゴブリンの群れを引き付けて……今だ! 

 エドワールは空の宝箱の蓋を開けると、中に飛び込んだ。


 しっかりと蓋を密閉して、炎の襲来にそなえる。

 一か八かの賭けだった。

 宝物を収めるための容器が、脆弱なつくりのはずはない。それに、先ほど炎を浴びたばかりのはずなのに、宝箱の外側に傷の一つも見当たらない。

 

 これらのことからエドワールは、罠が発動しても、宝箱の中は安全であると判断したのだ。

 

 ブオォォォ!!!!

 

 宝箱の外で、激しく炎が巻き上がる音が聞こえる。


「×△¥●&?◎$♪#$!」


 次いで、炎の音に負けぬくらい大きな、ゴブリンたちの断末魔。

 まさか頭上から矢の如く炎が降り注いでくるとは、夢にも思っていなかったのだろう。


 ゴブリンたちが、灼熱に身を焦がされ、苦痛のあまり、阿波踊りのように手足をちぐはぐに動かしてのたうち回る姿が脳裏に浮かぶ。

 

 予想の通り、宝箱の中は快適だった。きっと外側の分厚い素材が、熱を完全に遮断してくれたのだろう。

 

 しばらくして、外の物音が聞こえなくなった。罠が停止したのだ。

 

 エドワールは警戒を怠らず、そっと宝物の蓋を開けて、隙間から外の様子をうかがってみた。

 

 真っ黒に焦げたゴブリンが、そこら中にゴロゴロ転がっている。脈をはからなくても分かる。皆、焼死している。

 

 まさに、死屍累々たる有様であった。

 

 エドワールは、ゆっくりと宝箱の中から這い出る。靴底の裏から、ジュッと音が鳴る。まだ地面が熱い。

 何体かのゴブリンの死体の体表から、チロチロと残り火が上がっていた。

 

 ムンとむせ返るような、焼死体特有の臭気が漂ってきた。

 

 ぐう。ああ、信じられないことに、この期に及んで、あの耐え難い飢えが、再燃しているのだ。

 食べ物を寄こせ。そう叫ぶ胃が、だだをこねる子供みたく体腔で暴れ回る。


「ステータスオープン」



エドワール・ルフレン


レベル:3

体力:1

攻撃力:5

防御力:5

素早さ:5


【固有スキル】

大食い



 ああ、マズい。残りの体力が1だって? まごうことなき瀕死だ。

 しかも、これだけ大量のゴブリンを一掃したというのに、一切の経験値を貰えていない。

 罠を利用して間接的に討伐しても、キル判定は無いのだ。

 

 まさに絶体絶命。今すぐに食事を取らないと、固有スキル〈大食い〉によって、命を落とすことになる。

 

 そんな馬鹿な話があるもんか! クソ、あの女神、なぜ転生する際に、固有スキルの説明をしてくれなかったのか。

 追放され、片想いの聖女クレナから酷い言葉を浴びせられ、挙句の果てに、ダンジョンの中途で餓死するのか。

 

 こんなことになるのならば、いっそのこと、転生なんてしなければよかったのだ。

 

 ああ、目の前に、食料が現れてくれればいいのに……。

 

 ……いや、待てよ。目の前にあるじゃないか。罠によってこんがり調理された食料が。

 

 エドワールは、目に入った一体のゴブリンの死体へ、おそるおそる近づいた。

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