第5話 宴は胡乱の味

 危機を回避することができた安堵感からか、遅れて耐え難い飢えがやって来た。

 なんだか心なしか、全身に力が入りにくくなっているような気がする。

 

 エドワールは、ステータスオープンと唱えた。



エドワール・ルフレン


レベル:3

体力:3

攻撃力:5

防御力:5

素早さ:5


【固有スキル】

大食い



 体力が3だって!? どうりで体に疲労が溜まっている訳である。

 戦闘も行わずに体力が減るというのは、普通ではあり得ないことなのだが。

 これも全て、固有スキル〈大食い〉のせいだ。極度の飢えが、体力値をジリジリと侵しているのだ。

 

 とうぜん食糧は持っていない。あてもなく迷宮の中を彷徨い続け、このまま体力が底を尽きるのを待つしかないのだろうか。

 

 すると、どこからともなく、肉が焼けるような、かぐわしい香りが漂ってきた。

 

 ダンジョンの中で調理をしている人がいる!


 追放されたパーティーはダンジョンの奥へ向かったので、ここで鉢合わせる訳はない。別のパーティーだろうか。


 だが、そんなことを気にしている余裕はなかった。頭の中が『こんがり肉』のことで一杯になる。

 犬のように嗅覚を研ぎ澄ませて、香りの跡をたどってゆく。

 

 導かれるようにしてたどり着いたのは、蠟燭の明かりが外に漏れる、狭い洞穴だった。

 

 洞穴の中から、盃を交わす音や賑やかな笑い声が聞こえてくる。

 

 完全なる部外者だが、ここはなんとか説得して、パーティーの宴に混ぜてもらうことにしよう。


「あのーすみません、攻略パーティーを追放されて、一人でダンジョンを彷徨っている者ですけど。腹が減って今にも死にそうでして、ぜひ宴の食事に混ぜてはもらえないでしょうか」


 エドワールは、努めて穏やかな口調で、そう言った。


 すると、洞穴の中が、水を打ったかのようにしんと静まり返った。

 仕方あるまい。宴の最中、見ず知らずの人間が、とつぜん話しかけてくれば、誰だって警戒するに違いない。


 エドワールは、自分の姿を見せて警戒心を解こうと、そっと洞穴の入口の前に躍り出た。


「……!」


 驚きのあまり、危うくその場で叫び出してしまいそうだった。

 

 洞穴の中では、全身が緑色で、ハダカデバネズミの頭部に巨大な耳を二つ取り付けたかのような、世にも醜い見た目をした怪物が、ゾロゾロとひしめき合っていた。

 

 こいつらは……ゴブリンだ。運悪く、ゴブリンの巣へ立ち入ってしまったのだ。

 

 ゴブリンは各々、鋭い爪の生えた手に貧相なジョッキを握りしめて、じっとこちらの様子を伺っている。

 ゴブリンの群れの中央には、蠟燭を立てた燭台と、ドラゴンの頭部が転がっている。

 

 まさかこいつら、先に遭遇したドラゴンを狩って巣に持ち帰り、その肉を喰らっていたとでも言うのか。

 ざっと見渡す限り、この狭い洞穴の中に、優に百匹は超える数のゴブリンがいるだろう。

 

 ゴブリン一体の戦闘力はさほどでもないが、統率力の高いゴブリンの群れが束になって襲い掛かってくれば、いくらドラゴンとはいえ、ひとたまりもなかったに違いない。

 現に、ドラゴンの死体が、洞穴の中のゴブリンたちによって、無残に喰い尽くされているではないか。


「◎$♪×△¥●&?#$!」


 すると、群れの中の一体が、まるで金属を擦り合わせるかのような、訳の分からない鳴き声を発した。


 それをきっかけに、ゴブリンたちが手に持ったジョッキを乱雑に放り投げる。薄気味悪い緑色の汁が、洞穴の中で飛び散る。


 エドワールが立ち去ろうと、一歩後ろに下がった瞬間。


 ゴブリンたちが一斉に立ち上がり、鬼気迫る勢いで、こちらに走り込んできた。


 マズい。どうやら自分は、敵と認識されたらしい。

 残り少ない体力を振り絞って、逃げる、逃げる、逃げる!

 

 ドタドタと騒々しい足音を立てて、数百数千のゴブリンたちが、背後に追ってくる。

 捕まれば最後、ドラゴンみたく丸焼きにされてしまうのがオチ。まさに、命がけの鬼ごっこだ。

 

 徐々にその距離が縮まってきた。洞窟の通路は狭いゆえ一歩通行である。一度通った道は、もう引き返せない。

 このままでは追いつかれてしまう。

 

 なにか、この窮地を脱する方法は。

 

 ピキン! 脳裏に電撃が走る。これだ、これしか方法はない。

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