第3話 ダンジョンは危険の味

 グウと腹が鳴る。固有スキル〈大食い〉が発動してしまったのだ。

 

 曲がりくねった洞窟の道を歩み始めて、まだ一時間も経っていない。それなのに、こんなにも腹が減ってしまうのだ。

 

 燃費の悪い体。パーティーの食料を過剰に消費するだけの役立たず。

 

 ああ、魔術師カエサルの固有スキル〈氷界針山〉みたく、範囲攻撃で敵を凍らせることができれば。聖女クレナの〈後方援助〉みたく、味方に強力なバフをかけられれば。剣士ハンスの〈鬼気斬撃〉みたく、圧倒的な機動力と威力を兼ね備えた攻撃を繰り出すことができれば。

 

 どうしてあの女神は、〈大食い〉だなんて、とてつもなく不利な固有スキルを自分に授けたのか。悔やんでも悔やみきれない思いが、モヤモヤと胸に広がる。

 

 そんなことをぼんやり考えながら、足場の悪い岩道をフラフラと歩いていると。


「グアァァアアア!」


 突然、空を切り裂く稲妻のような轟音が、鼓膜を貫いた。マズい。この近くにモンスターがいる。


 今、モンスターと遭遇して、戦闘が始まってしまえば、こちらに勝ち目はない。かといって、一本道ゆえに、逃げ場所や隠れる場所もない。


 視線の先に、ユラユラと不気味に揺れ動く、巨大な影が現れた。あの形は……よりによって、ドラゴンではないか。


 中級ダンジョンで出現する、厄介な強敵。火・水・風等の多彩な魔法を操り、広範囲のブレスを放つ、レベルの割に討伐が困難とされる、最も出会いたくないモンスターだ。


 現に今回の攻略でも、パーティーメンバーはあらかじめ対ドラゴン用の装備を用意するなど、とりわけ注意を払っていたのだ。


 さて、どうする。


「グアァァアアア!」


 ふたたび耳をつんざく咆哮。必死に頭を働かせて、この窮地を脱する方法を考える。

 ドシン、ドシン。巨人のような足音が、ジリジリとこちらに迫ってくる。

 

 すると、ふと視界の隅に、布地の薄い甲冑と、鉄製のシンプルなヘルメットが落ちているのが見えた。

 

 ……これだっ! 

 ドロップしたものの誰にとっても不必要で、ダンジョンの道端に捨てられた装備が、運よく残されていたのだ。

 

 急いで駆け寄ると、装備に手を触れてステータスを確認する。



【幻惑の羽衣】

レアリティ:D

防御力+20


~特殊効果~

戦闘中、一回限り敵の攻撃を無効化することができる。


【賢者の兜】

レアリティ:D

防御力+20


~特殊効果~

時折、敵の攻撃の威力を半減することがある。



 悪くないじゃないか! 

 

 レアリティは低く、防御力の数値も低いが、特殊効果がかなり使えそうである。

 装備して戦闘中、上手に特殊効果を発動することができれば、格上のドラゴン相手でも、なんとか逃げ切ることができるかもしれない。

 

 さっそく、なんの特殊効果もない【冒険者の服】を脱ぎ捨て、【幻惑の羽衣】と【賢者の兜】を身につける。

 

 すると、どこからともなく、ブーブーと警報音のような音が鳴り響いた。突如として、視界の中央に、警告文が表示される、


・注意 

推奨レベルに達していないため、この装備は使えません。


〈推奨レベル、25以上〉


 チクショウ! 自分はレベルが低すぎて、レアリティDの装備すらも、身に着けることができないのだ。

 

 そうこうしているうちに、例のドラゴンが、目と鼻の先にまでやって来た。

 成人男性五人分の身長はゆうに超えているであろう、その巨体は、全身を鋼鉄よりも硬い鱗で覆っている。

 素手で殴ってもビクともしないことはおろか、どんな兵器の攻撃をも弾き返してしまうに違いない。

 

 エドワールは、ゴミ同然の装備を放り投げると、なにをすることもできないまま、ただダンジョンの洞窟の隅で、息を潜めた。

 

 ドラゴンの頭部が、ゆっくりと眼前に近づいてくる。声を押し殺すように、手で口をふさぐ。

 

 二つの鼻の穴から噴き出された、炎のように熱い吐息が、顔全体にかかる。

 鋭利な牙の隙間から、金をも溶かす強力な酸性の唾液が、ドロドロと垂れ流れてくる。

 

 こちらの存在を気づかれ、戦闘が発生すれば、一巻の終わり。

 我慢しろ。我慢して気配を消して、何事もなく立ち去るのを、ただひたすらに待つんだ。


「グエェェアアアア!」


 ゲップみたいな咆哮を間近に浴びて、髪の毛が逆立ち、ザーッと鳥肌が立つ。


 するとドラゴンは、クルっと顔を別の方へむけて、長い尻尾を蛇のようにうならせながら、ドス、ドスと移動を始めた。

 

 ドラゴンの注意が、完全に逸れた。

 

 今だ! エドワールは、弾かれたように立ち上がると、死に物狂いで走り出す。

 

 非常に聴力が発達しているドラゴンは、今の物音で、こちらに気づいたに違いない。

 素早さの基礎値が5では、全力疾走するドラゴンに逃げ切れるかどうか、かなり怪しいところである。

 ゆえに、減速は決して許されない。背後は振り返らない。足がもつれて転べば、即刻ゲームオーバー。

 

 休みなく走り続け、ついに体力が限界を迎えた。ゼエゼエと息を切らして、膝に手をつく。

 

 恐る恐る、背後を確認する。

 

 ……いない。どうやら、ドラゴンを振り切ったようだ。

 

 安堵の余り、その場で倒れ込んでしまう。

 

 ああ、自分のレベルがもっと高ければ。強力な固有スキルを持っていれば。パーティーから追放などされずに済んだのに。中級ダンジョンのドラゴンなどに怯えず、一人でも堂々とダンジョン内を闊歩することができたのに。

 

 ぐう。ああ、腹が減った。また、あの固有スキルが発動したらしかった。

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