脱落者 直樹 【マジックハンドルーム】
狭い通路の壁に木製の古びたドアが三つ。三十代のサラリーマン 直樹はどのドアに入るべきか迷っていた。すんなり進めるステージを選びたい。
【巨大ゾンビの大地】
【マジックハンドルーム】
【溶鉱炉とトロッコ】
巨大ゾンビかぁ。
怖いなぁ……
マジックハンドって何だろう?
マジシャンでも出てくるのか?
溶鉱炉は絶対ヤダ。
だって熱そう。
マジックハンドが一番イージーっぽい、そう思った直樹は【マジックハンドルーム】のドアの取っ手を回した。
室内に足を踏み入れると、スタート地点のアイズシーカーがいたあの室内に似た内装だった。
コンクリート打ちっ放しの十畳スペースの室内。四隅には白い柱。天井から垂れ落ちる長い鎖。正面の壁は張り出て、棚になっている。その隣には重厚な鉄扉が一つ。
直樹は棚に歩み寄り、何が置かれているのか確認する。
注射器が入ったシルバーとのトレイが一つ。5cm程度のムカデが入った瓶。牛革の鞭(むち)。その鞭の先端には小さな刃が施されていた。
誰もいない……
鉄扉に視線を向けた。
あの扉を開ければ、次のステージに行けるのかな? なんで何の障害物もないんだろう?
「Xモンスターのランチタイム? な~んて」くだらないことを言って一人でクスクスと笑う。
安心しきった直樹が鉄扉に向かって歩を進めた、その時。壁の四隅の白い柱から浮き上がるように頭部がないXモンスターが現れたのだ。
柱と同系色の白い肌。床に付くほど長い腕。痩身な肉体に、薄っすらと浮いた青い血管。
直樹は頭部のないXモンスターに慄然とした。息を呑んで、クリアウインドウに目を走らせる。
【Xmonster・status】
【name ホワイトシーカー】
【sex 不明】
【length 2m20cm】
【HP 3890】
【MP・1030】
【speed・★★☆☆☆】
スタート地点のアイズシーカーを思い出した直樹は、ピタリと歩を止めた。すると、ホワイトシーカーも足を止めたのだ。
やっぱり、あいつらに似てる。頭部丸ごとない。つまり目がない。音を頼りにオレを探すはずだ。
息を殺す直樹を囲んだホワイトシーカーが突然体を捩じらせ始めた。無かった頭部が徐々に盛り上がり、白い肉が輪郭を作っていく。しかしその面長の顔には、目や鼻や口のパーツはなく、のっぺら坊だった。
よし……どっちにしろ見えていない。忍び足で扉を開ける。で、次のステージに行く、と、頭の中で作戦を順序立てる。が、しかし、ホワイトシーカーが、突然、両腕を突き出し、手のひらをこちらに向けてきた。
直樹は驚愕の光景を凝視する。
「え!?」
盲目と思っていたホワイトシーカーの掌には、想像を超える大きな目玉が付いていたのだ。
その目玉で直樹の位置を確認すると、のっぺら坊だった顔に亀裂が入り、鋭い牙を持つ猛獣の口が現れた。
顔一面に広がる大きな口で咆哮した。
「グオオ――――!」
ホワイトシーカーは一斉に直樹に襲い掛かり、衣服を毟り始めた。引き千切られた布が宙を舞い、ボタンが弾け飛ぶ。
その猛襲に手も足も出ず、恐怖の悲鳴を上げた。
「うわ――――!」
身ぐるみを剥ぎ取られた直樹は、天井から垂れ下がった鎖を手首に巻きつけられ吊るされた。全体重が掛かった手首に鎖が食い込み、紫色に鬱血していく。
ガチガチと口を震わせ、ホワイトシーカーの口を見る。ねっとりとした唾液を絡んだ鋭い牙。
オレはこれからあいつらに喰われるのか!?
怖い!
怖い!
怖い!
平凡なサラリーマンの直樹は、単調すぎる人生に刺激が欲しかった。この『X』で刺激を得られたが、その代償は“死”。
オレはどんな苦痛を与えられて死ぬのだろうか?
だが、ホワイトシーカーは直樹を喰わずに、壁の四隅に戻っていった。白い柱の手前で足踏みしている。
「…………」
(何故、オレを喰わないんだ?)
異様な光景に違和感を感じていた時、ギギギーと錆びた音が聞こえた。鉄扉が開き、フードを深く被った男が室内に足を踏み入れた。
(プレイヤーか!?)
だけど、あんな奴いなかったはず……いや、オレが見過ごしていただけなのかもしれない。どう見ても人間だし、プレイヤーだ!
プレイヤーだと思った直樹は、声を張り上げた。
「助けてくれー! 鎖を外してくれー!」
男のフードの下から、鉄のチェーンをグルグル巻きにした顔が覗く。直樹はプレイヤーではなく、Xモンスターだったと愕然する。その証拠にスクリーンにはステータスが映し出されていた。
【Xmonster・status】
【name ハンド】
【sex 男】
【length 1m74cm】
【HP 9999】
【MP 9999】
【speed・★★★★★】
【intellect ★★★★★】
今まで見てきたXモンスターのステータスと違う。
intellect!?
知能!?
こいつには知能があるのか!?
それに最強レベル。
暴れても敵わない、だからホワイトシーカーは大人しくしているのか!
まるで……ラスボスじゃないか。
だけど、生還を目的としたゲームだからボスキャラは存在しないんじゃ……
オレ、ゲーマーじゃないし、普通の『X』のゲームはやったことないから、細かいストーリーがさっぱり解からない! どうなってるんだ!?
ハンドは棚の上に載ったトレイから透明の液体が入った注射器を取り、直樹に歩み寄る。
「何を打つつもりだ!」脚をじたばたさせ暴れる直樹の腕に注射針を射した。「何の薬だ!? やめてくれぇぇぇぇぇ!」
注射器の中に入っていた液体が直樹の血管を伝い、全身に流れていくと激しい動悸を感じた。
息を切らし、目を見開く。
「はぁ……はぁ……何を打ったんだ……」
顔に巻いたチェーンの間から薄ら笑いを浮かべる薄い唇が動く。
高い知能を持つXモンスター ハンドが喋った。
「アドレナリンだ。興奮するか? これでどんなプレイも気絶しない……死ぬまで楽しめ」
ハンドは注射器をトレイに戻し、牛革の鞭を手にする。腕を振り上げ、鞭を床に弾かせた直後、直樹の体に鞭を弾かせた。執拗に弾かれる鞭は床に付くことなく、何度も宙を舞う。
鞭の先端に光る鋭い刃が直樹の体を傷つける。深く抉れた傷口から血が溢れ、コンクリート製の床に血溜まりができた。
直樹は悲痛な悲鳴を上げた。
「いてえよ! おろしやがれ! ちくしょう!」
(オレはこれからどんな拷問を受けるんだ!?)
ハンドは棚に向かい、ムカデが入った小瓶を手にした。
ムカデを瓶から取り出す。
そして直樹の頬にそれを押し当てた。
無数の黒い足が蠢く感触が頬を伝う。
「何をする気だ!?」
ハンドは手にしたムカデを直樹の頬の中に押し込んだ。
血が流れることもなく、メスを使うこともなく、ムカデを皮膚の中に侵入させたのだ。
薄い皮膚の中で皮と肉を分離させて走る黒いムカデ。
暴れる度、振り子のように揺れ動く直樹。
鎖が食い込こんだ手首から血が流れた。
「やめてくれー!」
皮膚の下を走るムカデが、眼球から飛び出し、直樹の体を伝って、床へと降り立った。
「 痛い! 痛い! 痛い―――!」
無傷の状態で体内に手を侵入させる事ができるハンドは、断末魔を上げる直樹の胸の中心に手を置いた。その手は皮膚と胸骨をすり抜け、心臓に到達する。
心臓を鷲掴みにされた直樹の心拍が上がった。
「潰してくれ! そのまま握り潰してくれ!」
「あっはっはっは! 楽に死ねると思うなよ!」
その哄笑を聞いた直樹は、はっとした。
スカルの笑い声にそっくりだ。
だけど、何かが違う。
まるで一つの体に二人が入ってるような……
しかし、今はそんな事より……
苦しまされるなら即死の方がマシだ。
だから直樹は心臓を握り潰して欲しいと思ったのだ。
ハンドは心臓から手を放し、ホワイトシーカーに言った。
「飯だ」
ついに恐れていた事が現実となった。
「首を切り落してくれ! 苦しむのは嫌だー!」
ハンドが食事の合図をすると四隅にいるホワイトシーカーの足踏みが速まった。
「好きに喰え」
ホワイトシーカーが直樹に群がる。
旨そうに直樹の肉を喰らうホワイトシーカーの血に染まった口を見た瞬間、ハンドの表情が蒼ざめた。
「うえぇぇ!」嘔吐し、直樹の亡骸を見る。「……オレはウイルスに感染したモンスターだ……」
ハンドの心の中でスカルの声が響く。
<あーはっはっは! 貴様が望んだのだ。もうすぐ貴様の記憶は俺の潜在意識の深部で永遠に眠ることになるだろう>
「死んでやる!」ハンドは舌を噛もうとした。
<勝手なことは許さん。お前の身体は俺のモノ。大事なモノを守りたいのなら、大人しくしてろ>
突如、顔に巻かさった鎖が赤々と燃え、悲鳴を上げた直後、再びハンドの表情が変わった。
「もうすぐ世界は俺のモノ! オレを崇め、拝跪せよ! くっくっく……あーはっはっはっは!」
鎖から覗く冷たい目を直樹の頭部にやり、ホワイトシーカーと共に肉を喰い始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます