【第21話】『 目覚めと憂鬱 』








 22.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第21話〉『 目覚めと憂鬱 』








 僕が目を覚ますと、そこには見慣れない天井があった。

 その部屋はとても薄暗く、光が届かない異質な空間。唯一、小さな窓から外の光がチラつくだけだった。


「‥‥‥ここ‥は‥‥?」


 目を覚ました瞬間、僕の頭の中には“あの時の様子”が何度もリピートされていた。


「‥‥そうだ‥‥イヤだ‥‥はぁはぁ。椎菜‥孝徳‥マヤちゃん‥‥義也‥‥。」

 

 その時、僕は理解してしまった。

 アレは全て現実で、夢や幻ではない事に。


 すると大きくガチャッ!と音を立てながら、誰かがこの部屋の中に入ってくる。


 それと同時に、外の光が僕のいる部屋を照らした。


 その光は僕には眩しくて、すかさず自分の腕で顔を隠してしまった。

 そこから、貫禄のある男の声が聞こえてきた。


「よくやった。褒めてやる。人間にしては大したものだ。」


 僕はその声に聞き覚えがあった。

 その声は、確かあの時。山の上で、目隠しをされた状態の僕に語りかけてきた声だ。


「お前なら正しい選択が出来ると信じていた。俺の名はソロモン。天界を統治する王だ。」


 その男は、逆光の中から現れた。

 僕のいる薄暗い部屋にゆっくりと入ってきて、その姿を露わにした。

 

 彼は確かに王と呼ばれるだけの容姿をしている。

 金色の鎧を纏い、薄く白い生地のマントをヒラヒラとさせていた。


 そして彼の顔立ちもまた、王と呼ばれるほどの気品のある顔立ちをしていた。

 金髪の長い髪に、少し長い眉毛。青い瞳孔に、ヨーロッパ系の高い鼻立ち。


「お前がもたらした奇跡は、唯一“時の崩壊”を防ぐ防衛手段となった。お前はあの時無意識だったのだろうが、お前の権能の力により時の崩壊は止まり、パラレルワールドは救われたのだ。」


「‥‥‥‥‥」


 僕はなにも言葉が出なかった。

 なぜなら僕は、1番大切な友人を守ることが出来ず、皆んな死んでしまったのだから。


「‥‥あの、ソロモンさん。権能ってなんですか。」


 絶望した目でそう質問した僕に、ソロモンは遠慮のない口調で答えた。


「権能とは、神に与えられた権利を己の能力として行使する物だ。神々から受け与えられた神の権限を利用して、自身の能力へと変換する。それが権能だ。権能には様々な種類がある。」


「‥‥じゃあ、僕の権能って‥‥?」


「お前の権能は“時の権能”。この世の全ての時間を操る力だ。我々はその力を求めていた。時の崩壊の抑止力にする為に。かれこれ800年間も。」


「‥‥時間を‥‥あやつる?」


「そうだ。お前は、この世のありとあらゆる時間を操り変えることが出来る。それは神の力と等しい能力だ。」


「‥‥だったら、時間を戻せば、また椎菜達に会えるんですか‥‥‥?」


 僕は痩せ爛れた顔で、ソロモンと名乗る男を凝視しながら問いかけた。


 ほんの少し、ほんの少しだけ、希望を持って。


 しかし、ソロモンは僕の期待などお構いなしに答えた。


「いいや、それはない。時の崩壊で消えた物は、どんな魔法を使っても復元させる事はかなわない。例え神から与えられた権能だろうと。」


「‥‥そんな‥‥。」


 僕はその場に座り込んだ。

 そんな僕の気持ちなんて気にせず、ソロモンは僕の顔を上へ向けさせて言った。


「お前はもう失ったのだ。これ以上過去を振り返る必要もない。死んだ人間に囚われるな。さっさと前を向き直せ。」


「‥‥‥は?」


 僕はソロモンの言葉を聞いて怒りの感情が全身から湧いて出た。

 心の奥底から今の言葉を許せないと感じた。その心は考えるよりも先に、ソロモンへと向かって行った。

 

「あんたに何がわかるんだよ!友達も故郷も失った僕の気持ちが、あんた分かるのかよ?!」


 僕はソロモンに飛びついた。

 しかしソロモンは、意に介さない様子で僕に揺らされるだけだった。


「言ってみろよ。目の前で友達が死んだんだよ?!少しずつ小さくなって、最後は灰も残らなかったんだ。僕の手の中で、だんだん軽くなっていったんだ。今もその感覚がずっと残ってる。あんたなんかに分かるのか?!!!」


 僕は涙を流しながら、ソロモンが身に纏っている鎧を掴んでいた。

 ソロモンは鋭い目つきのまま、僕の弱りきった目をじっと見ていた。


 僕の心からは、溜め込んでいた感情が全て溢れ出した。


「大切な人が、生きてて欲しかった人が、一瞬で殺されたんだ。ゴミみたいに、握り潰されたんだ。誰も僕らを助けてくれなかった。何も出来なかった。こんな残酷な世界で、前なんて向ける訳ないじゃないか‥‥‥。」


 僕はソロモンの足元に崩れた。

 気がつくとまた、悲しみと後悔に僕の体は支配されていた。

 何度も息を切らしながら、胸を強く押さえながら。僕は暗い部屋の中で、ただ涙を流し続けていた。

 

「‥‥うぅ‥‥うぅうぅ‥‥‥。」


 ソロモンは鋭い目つきで僕を見下ろしていた。

 そして彼は薄いマントを揺らしながら後ろを振り向き、最後に言葉を残して部屋から立ち去った。


「お前に少しでも期待した俺が間違っていたらしい。お前はこの部屋でずっと泣いていろ。赤ん坊のように。」


 ソロモンがそう言い残すと、ドアを強くガシャン!と締めた。また僕を暗闇の中に1人にした。


 また僕は真っ暗な部屋に閉じ込められてしまった。


「‥‥うぅ‥‥うぅ‥‥‥」


 薄暗い部屋の中で、ただ涙を流す事しか出来なかった。

 どれだけ押えても溢れ出てしまう。


 誰もいない部屋の真ん中で、僕は大きな声を出して泣いていた。

 時々声を荒げては、自分の皮膚に噛み付いて、自分を傷つけていた。

 しかし、その度に思い出すのは、かつて一緒に時間を過ごした友達の顔だった。


 こんな事をしていても、皆んなが帰って来る事は無い。

 自分を傷つけた所で、何も解決はしない。




「生きていても、苦しいだけだ。」




 そんな事を小声で呟きながら、僕は壊れた心でずっと壁を見つめていた。

 小さな窓から心細い光がチラチラと映り込む中、僕は1人で膝を抱えていた。




 誰もいないし、誰も声をかけない。




 僕の目の下には、大きなクマが出来ていた。ずっとみんなの名前を呼んでいた。

 答えてくれるはずもない。しかし、ずっと頭から離れない。




 そんな生活が1ヶ月も続いた。





 

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