【第16話】『 時よ止まれ 』







 17.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第16話〉『 時よ止まれ 』



 





 椎菜の胸に大きな穴が空いていた。

 そして、椎菜の体はゆっくりと後ろへ倒れ込む。


 まるで時間が止まったかように、その光景が僕の目から離れなかった。

 

 僕は椎菜の飛び血を浴びながら、声に出せないほどの苦しみと悲しみに襲われた。






 

 バサッ‥‥‥







 草花が生い茂る草原で椎菜は倒れた。

 そこには、まだ小さな蕾も咲いていた。


 そして椎菜の体は、ゆっくりと消えて行った。


「‥‥はぅ‥はぁ‥あぁぁ‥ぁあ、ぁぁぁぁあ。」


 僕は地に這いつくばりながら、消えていく椎菜の元までゆっくりと向かった。


 声にならない。ただひたすらに椎菜の元へ。


「‥‥しいな‥‥しぃな‥。ごめんな。ごめん、ごめん‥‥。」


 僕は椎菜の体を、左手で抱え、折れた右腕で蓋をするように抑えた。


 椎菜の体は、徐々に灰になっていく。


 少しずつ、少しずつ、軽く、冷たく。一粒一粒の粒子が、蛍のように輝いていた。

 

 まるでしんしんと降り積もる雪のように。

 

「‥‥‥ち‥さと‥くん。」

 

 小さく、衰弱しきった様子で僕の名前を呼ぶ。


「しいな?!しいな!!」

 

 僕は椎菜に向かって大きく呼びかける。

 その呼び掛けに、彼女は微笑んで答えた。


「‥‥やっと見られた。あなたが泣いてる所‥‥‥」


「やだ、やだ。行かないで。お願い。神様、椎菜を連れて行かないで。お願いします。どうか‥‥‥。」


 椎菜の体はもうほとんど残っていない。

 僕の腕の中で、椎菜の体はボロボロに朽ち果てていく。


「‥‥あぁ、あぁ、ダメだ、止まらない‥椎菜‥‥椎菜!!」


 他の皆んなと比べて灰になる時間が早い。

 まるで一瞬のうちに体全てが跡形もなく消えてしまう。





「‥‥‥嫌だ。お願い。連れて行かないで‥‥‥。」


「‥‥えへへ‥‥ちさと君の腕まくら‥‥気持ち、いいな‥‥‥。」





 そう言い残して、椎菜は完全に消滅してしまった。


 僕の手の中には、最後まで、椎菜の熱が残っていた。

 それは砂のように、風のように。ただただ言葉にならない苦痛が僕の心を刺激する。


 その場には、ポツンっと何かが落ちた。

 それは、椎菜がつけてた赤い花の髪飾り。


 こんなオシャレな物、椎菜には似合わないと思っていた、それでも椎菜は大切そうにずっと付けていた。


 それだけを残して、彼女の魂は天へと昇っていく。






「あ‥あぁ‥ぁぁあ、ぁぁあああああああああああああああああああああああああ!!わぁぁあああああ!!わぁぁあああああああああああああああああああああ!!」






 僕は、ただ、悲しみしか無かった。

 体中の全ての血液を沸騰させて、心の空白を埋める為にその場で大きく叫んでいた。


 声を荒げて、喉を壊して。


 世界の片隅で、

 僕の心が壊れてしまったことを自覚していた。


 とうとう、

 この世界で僕は1人ぼっちになってしまったのだ。





「‥‥あぁ‥‥あぁ‥‥ああああ‥‥ああああああ‥‥ああああああああ!!」





 僕はその場で叫び散らかした。

 喉が使えないなんて知らない。体に力が入らないなんて知らない。

 

 溢れ出てくるんだから仕方がない。

 

 そんな僕の周りを、また黄緑色の光が現れて輝き始めた。

 体の中から込み上げてくるようにポツポツと、ゆっくりと光が広がってゆく。


 すると、その光と共に大きな風が吹き始める。


 その風は少しずつ大きくなり、やがて嵐のように勢いが強くなっていった。


 気がつくと、その場所には時の崩壊すら巻き込んでしまうほどの強い嵐が吹き荒れていた。







 ビューーーーーー!!!!!!!







「........なンだ?!なんナのだ?!この力は?!!!!」


 僕の頭の中には、これまで皆んなと一緒に過ごした高校生活が流れていた。


 でも皆んな、僕の事を置いて遠くに行ってしまう。

 

 僕は1人だけ取り残されて、頑張って走るんだけど、それでも追いつくことが出来ない。


 行かないで。行かないで。

 まだここに居てよ。これから、やりたい事がいっぱいあったんだ。


 僕をひとりにしないで。お願いだから、ここに戻ってきて。

 

 その感情が強くなればなるほど、僕を覆っている光は強くなっていく。





 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!





「‥‥やはり、俺様の見立テに狂いハ無かった!!お前が“時の権能”の獲得者かぁぁあアああああ!!」


 バケモノが驚いた様子で僕を見ている。


 その光は風と共に大きくなっていく。

 この場にいる全員を飲み込んでしまう程大きく、山全体を覆い隠すほど強く光った。




「‥何ダ?!なンだ、この力は‥‥。こんなの黙示録には書いていなかっタぞ?!アァ、アァ、動けなイ。よこセ。お前ノそのカラダぁ。俺様にヨコセぇぇぇえ!!あかみねちさとぉおおおお!!!」




 バケモノは大きな声を上げて僕の名前を呼んでいた。


 しかし、僕の耳には、ある一つの音だけしか聞こえなかった。

 それは、皆んなが僕の名前を呼ぶ時の声。

 その声は、気がつくと遠くなっていって、僕は1人だけ取り残されてしまう。






 あぁ、寂しいな。





 

 次第に雲は晴れ、僕が立っている場所に、太陽の光が差し込んだ。


 遂に夜は明け、誰もいない朝が来たのだ。


「..............」


 僕は地平線の向こうから太陽がゆっくりと上がるのを見ていた。椎菜の髪飾りを胸に当てながら。


 瞼を閉じると、みんなで過ごした高校生活を思い出してしまう。

 再び目を開けると、そこには何もない、虚無の世界が広がっているだけだった。


 僕はそんな世界を真っ直ぐに見ていた。

 地平線の向こう側、やはり、太陽が僕を照らしているだけで、他にはなんにもない。


 僕の生まれ育った街は、全て時の崩壊によって消えてしまったのだ。

 学校も、公園も、駅も、家も、思い出も何もかも奪っていった。


 僕の体から溢れ出るこの緑色の光は、瞬く間に街を包み込んでいく。

 次に国を、次に島を、大陸を、遂には世界全を覆い隠す程だった。


 僕の両目は、薄桃色に輝いていた。

 僕の髪の毛は、白色に変色していた。


「..............」


 そんな僕の姿を見ながら、白髪の少女はゆっくりと僕に近づいて来る。

 光に飲まれながら、風に飛ばされそうになりながら、僕の傍(そば)へと必死に向かって来る。


 僕は、目を閉じたまま、過去の記憶に縋っていた。


 椎菜達には幸せになって欲しかった。この先もずっと友達でいたかった。


 ずっと生きていて欲しかった。ずっと笑顔を見せて欲しかった。

 

 きっと、それは皆んなも同じことなんだろう。

 僕の友達は、どいつもこいつも世話焼きで、お節介で、皆んなワガママなんだ。


 そんな事を考えていても、皆んなが蘇る訳ではない。


 それでも僕は、もうちょっとだけ、皆んなの事を考えていたい。


 孝徳、

 いつも本を買ってきてくれてありがとう。

 さっきはかっこよかったよ。

 また会ったら、今度は文化祭、成功させようね。


 義也、

 ライバルになってくれてサンキュ。

 君が居たから、僕は陸上が好きになれた。

 ずっとライバルだよ。これから先も、ずっと。


 マヤちゃん、

 いつも笑顔をくれてありがとう。

 君の笑顔はいつも素敵で、僕の心に花を咲かせてくれる。

 そんな君に会えたから、僕は学校が楽しくなったんだ。


 椎菜、

 君には、伝えたい事がいっぱいあったんだ。

 本当は、ずっとずっと好きだった。

 小学生の頃から、ずっと。君に伝えたかった。

 君に痛い思いをさせてごめん。辛い経験をさせてごめん。

 今度会ったら、その時はちゃんと伝えるよ。

 

 「愛してる」って——。








 白髪の少女が、なんとか僕の元まで辿り着くと、僕の頭に彼女のオデコをピタッと付けて、小さな声で呪文を唱えた。


「どうかこの子に、神の祝福が在らんことを。」






 《 ベルフェクティアーデこの子を癒せ 》















 僕が目を開けると、そこに少女の姿は無かった。

 気がつくとそこには、黄緑色の光が世界を包み込んでいるだけだった。


 そして僕は、溢れる涙と共に、世界に向けて言い放った。


「‥‥‥眠れ、永遠とこしえに僕の中で‥‥‥」







 《 オルフィナーレ時よ止まれ 》









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