【第15話】『 約束 』
16.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第15話〉『 約束 』
あれはいつだったか。
クラス変えで一緒になって、席が隣同士のお前に俺はいつも絡んで行って、その長い髪の毛を女みたいって言ってイジリまくってたよな。
俺のつまんねーギャグ聞いても、お前だけは笑ってくれた。
俺がバカなことしてても、お前は俺に付き合ってくれた。
俺が不良になった時なんて、僕もなりたい!なんて言ってくれたっけ。
あれさ、全部俺の為だったんだろ?
お前はいつもそうだよなぁ。人の事ばーっかり考えて、興味が無い事にまで首突っ込んで。
そんなお前だから、俺は親友になりたいと思ったんだぜ?
たまたま席が近くてさ、たまたまお前だった訳だけど、ちさとッチじゃなきゃ親友にはならなかったよ。
だから、思ってたんだ。
俺、
お前の前でずっとカッコつけてようって。
◇
僕の顔には、べっとりとした孝徳の血が着いた。
孝徳の腹部には、バケモノから生える2本の大きな触手が貫通していた。
そして、その触手が孝徳の胴体を引き裂いた。
ベチャッと音を立てて、孝徳の体は地面に転がった。
するとそのまま、時の崩壊の影響で粒子化してしまい、孝徳の体は消えて行った。
その様子を僕は最後まで見ていた。
「‥‥あ、あぁ、たかのりぃいいいいいいいい!!!」
義也がそう言って近づこうとする。
しかし、大きく振り上げた触手によって、義也の体は椎菜達の場所まで飛ばされてしまった。
バビュンッ!!
大きな音を立てながら木に直撃する義也
その勢いから、義也はぐったりとしている。
「‥‥ぁあ、ああ‥‥‥」
全く声にならない。言葉に出来ない。
僕は体から力がスーッと抜けていくのを感じた。
「‥‥あぁあぁあぁ!!!」
心に穴が空いたような痛みが、僕の体を刺激する。
すると次第に触手は僕の体から離れ、バケモノは僕の元から居なくなった。
僕はそのまま地に伏した。
「‥‥たか‥‥のり‥‥。」
体から力が入らない。うつ伏せの状態で、なんとか目線を上げる。
「‥‥たかのり‥‥!!」
掠れた声で名前を呼ぶも、その声はどこにも届かなかった。
僕は左手で地面を掴んで這いつくばりながら、少しずつ、少しずつ、孝徳が消滅してしまった場所へ向かう。
ズル、ズル、ズル
右手は折れて使い物にならない。体は力が入らない。脳は何も考えてくれない。
ただ、目の前に居たはずの孝徳の姿を追って、僕はひたすらに這いて行った。
灰はまだ“そこ”にあった。
「いやぁぁぉぁあ!やめてぇええええ!!もうやめてぇぇええええ!!!離して!殺さないで!!もうやめて。やめてぇやぁぁぁああああ!!」
僕の目線の先で、また見たくもない光景が目に映った。
さっきまでぐったりしていた義也が、マヤちゃんを庇ってバケモノに背中を食われていたのだ。
義也はギュッとマヤの事を抱きしめ、背中からバケモノに食いちぎられている。
バキッバキバキッバキバキバキ
骨が少しずつ砕けていくような音が聞こえる。
「お願いやぁああ!!!お願い。アタシを離してよ!!よしや、死なんといてぇぇえ!!」
少しずつ義也が小さく変わっていく。
それでも義也はギュッとマヤの事を掴んだままだった。
「‥‥なぁ、義也??ウチの事離して?なんでやの?やめてや。ウチを1人にせんといてや!!」
義也の目は徐々に光を失って行った。
ここからでも僕の目にはその状況がよく見えた。
「‥‥マヤ、俺のこと‥‥恨んでいいから‥‥。」
義也はそう言ってマヤにぐったりと寄りかかった。
そして義也もまた、少しずつ灰になっていく。
パラパラと、消えていく。
「‥‥‥次また会えたら‥‥今度こそお前を守れるくらい‥‥強い男に‥‥。」
そう言い残すと、義也はゆっくりと目を閉じた。
ポロポロと体が消えてゆく。
義也の涙がマヤの肩に当たった。
そのまま義也は動かなくなってしまった。
「‥‥なぁ、冗談やろ‥‥?またいつもみたいにアタシを揶揄ってるだけなんやろ‥‥?」
義也は何も言わず、
少しずつ、少しずつ、灰へと変わってゆく。
「‥‥ねぇ、しいなちゃん。よしや、冷たいんやけど。何でこんなに軽いん‥‥?」
義也が消えていく姿を見て、僕は強く胸を押さえた。
それは、痛みと言うより苦しみに近い。
「‥‥ぁあ、ぁぁ、ああ!!」
僕は義也の元まで這いながら急いだ。
口に泥が入り込もうとも、折れた右腕が痛もうとも、2人の元まで走った。
「‥よしあ‥‥‥‥!!」
待ってよ。行かないでよ。直ぐそっちに行くから。
僕の声も届かぬまま、義也の体はパラパラと消えていく。
「あぁ、ああ‥‥‥」
行くな。行くなよ。僕ら友達だろう?
ごめんな。僕は全部悪いんだ。孝徳も義也も僕のせいでこうなったんだ。
ボヤけた目の先に、マヤちゃんとケタケタ笑うバケモノの姿が見えていた。
マヤちゃんは最後まで義也を抱きしめている。優しく頭を撫でながら、しっかりと包み込んでいた。
そして遂に義也の体は完全に消滅してしまった。
粒子となった義也の体は空へと散っていく。
それはまるで天に帰っていくかのように。
マヤの前には酷く傲慢なバケモノが今も尚、ケタケタと存在している。
しかしマヤちゃんは義也の粒子を目で追うように天を仰いでいた。
そして涙と共に、満面の笑顔で言い放った。
「 おおきに 」
その声を最後に、マヤの胸をバケモノが貫通した。
血と共に鳴り響くその様子が、僕の心にまた大きな穴を開けた。
そしてマヤも、涙を流しながら消滅して行った。
たった一瞬のうちに、3人の友達がこの世を去った。
僕が何としても守りたかった人、何としても救いたかった人、それら全て一瞬でこぼれ落ちて行った。
マヤの体は、灰になると天高く舞い上がり、星空に消えて行った。
そしてバケモノは、
マヤの体が完全に消えてしまうと、這いつくばる僕の方を振り向いて言った。
「分かルか?選択とは遅けレば遅いダけ失う物が多いンだ。お前が悩んでる間に、もう最後の1人になッてしまったぞ?分カるか?」
僕はバケモノの言葉を聞き、ただ絶望していた。
「さァ、今度こそちゃんト聞こうじャ無いか。お前の選択を。最後にハ誰が残っテいる?1人ぼっチにハなりたく無イだろう?お前にとっての大切な人だト言う事は分かっテいる。」
そう言ってバケモノは徐々に僕の方へと近づいて来る。
その足取りはゆっくりで、遂に僕はバケモノに殺されてしまうのだと思った。
もういっその事、殺して欲しいとも思った。
ようやく解放されて1人になれる。もう何もかもがどうでもいいような気さえしていた。
そんな僕の前に、バケモノはニヤけた顔をしながら僕を見下ろしている。
「俺様ト契約を結ぶキになったか?」
バケモノは僕にそう問いかけた。
僕はもう心底どうでもいいと思っていた。
その契約に応じてもいいと思っていた。
ははは、無様だなぁ。僕。
死ねばいいのに。僕だけが消えちゃえば良かったのに。
あぁ、ごめん。皆んな。
僕はバケモノに手を伸ばそうとした。
バッ!!!!!!!
その時だった。
僕の前に1人の少女が大きく手を広げて立ち塞がった。
いつもの制服姿に小さく髪を後ろで2つに括っていて、なにより似合わない赤い花の髪飾りを付けていた。
その少女は僕の幼馴染みだった。
彼女は何も言わず、バケモノの事を真っ直ぐに見て、その手を大きく広げ、ただその場に立っていた。
バケモノは地に伏した僕から目線を上げて、椎菜の真っ直ぐな顔を見ていた。
するとその表情を見るなり、また嘲り笑った。
「なんダお前は?俺様ガ怖いノカ?震えているナ、小娘。ソんナに怖がっテいるのに俺様の前に立ツのは何故だ?弱っちぃニンゲン風情が。」
椎菜の体も時の崩壊によって徐々に崩れ始めている。
もう世界のどこを探しても、人が生きている場所はこの場所だけの状態だった。
僕がほんの少し前を向くと、消して強くは無い椎菜の後ろ姿が目に入ってきた。
「‥‥しいな、もう、いいよ。僕のことは‥‥‥」
僕は声にならない程弱々しい声で椎菜に言った。
しかし、椎菜は黙ったまま、その場から離れない。
「‥‥しいな、もういいんだってば。そんな所に居たら危ないよ‥‥‥。」
僕がまた同じ声で椎菜に言うと、
今度は椎菜がクルッと僕の方へ振り向いた。
その顔は、決して弱くは無かった。
まるでお日様のように綺麗でキラキラと輝いていた。
「‥‥しい‥‥な‥‥‥?」
「知束くん、私、あなたと友達になれて良かったと思うの。」
「‥‥なにを、言ってるの‥‥?」
「あなたに出会えたから、私は前を向けたんだよ。あなたに会えたから、私の人生は輝いたんだよ。あなたが居たから、私の見る世界はカラフルになったんだよ!」
そう言って椎菜は、いつも教室で見せてくれたような笑顔を僕に見せた。
「‥‥‥え‥‥?」
そして椎菜は、少し
「 最後に約束 」
彼女はそう言って真っ直ぐに僕を見た。
「どうか精一杯生きてください。そして、ちゃんと誰かを好きになって。泣きたい時は我慢しないで。私達みたいな人を助けてあげて。そして今度こそちゃんと幸せになってね。ありがとう。」
彼女の顔には笑顔が
そして目からは涙が
その顔を見て、僕の目から涙が流れた。
椎菜は最後、僕にニッコリと笑って立ち上がった。
そして後ろを振り向き、バケモノに向かって大きな声で言い放った。
「私の大切な人を傷つけないで!」
「ケケケケケケケケケ‥‥‥勇まシいじゃなイか、小娘。人間の分際デいい気になルなよ?」
「知束くんは絶対に貴方なんか選ばない。私は私が死んでも知束くんを守る。」
「デは、堪能するとシヨう、小娘。殺してやろう。ケタケタ。」
◇
知束君、本当は、あなたには伝えたい事があるんです。
公園で泣いていた私に、優しくしてくれたあの日から。
あなたと一緒に泣いたあの日から。
ずっとあなたに恋焦がれていました。
でもね、言えないよ。こんな事。
だって君は、いつも1人で全て抱えたまま、ドコか遠くへ行ってしまうんだもん。
そして、誰にも弱い所を見せないの。
でもね、私はいつか君にいっぱい泣いて欲しいの。
こんなの可笑しいよね。好きな人には笑顔でいて欲しいはずなのに、知束君には、昔の私みたいにわんわん泣いて欲しい。
泣いて、泣き疲れて、目が赤くなったら、またいつでも戻っておいで。
その時は、今度こそ、ちゃんと伝えるから。
「大好き」って———。
◇
僕は何度も叫んだ。何度も声を枯らしながら、何度も涙を流しながら。
折れた腕で、立ち上がろうともした。
しかし体は言うことを聞かず、使い果たされた喉は完全に潰れていた。
「やめろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そして最後に、バケモノは椎菜の胸を突き破った。
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