【第12話】『 希望の訪れ 』






 13.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第12話〉『 希望の訪れ 』






 僕は髪が泥だらけになるほど深く頭を下げた。

 そんな僕の姿を、白衣を着た男は淡色の目で見ていた。


「わからない。」


 男は僕を見てそう言った。


「不快、不愉快。理解し難い。君は君を利用していた男に頭を下げるのか?」


 男はゆっくりと前へ進み、踏みしめるように僕の頭の前で止まった。


「わからない。これまで君の事は全て調べ上げてきた。しかし、全くもって理解に苦しむ。これだけ利用されてきて、これだけ裏切られて、それでも僕に頼み込む意味が分からない。」


 そう言って男は、少し屈んで僕の髪をギュッと鷲掴みにする。

 そして勢いよく僕の頭を地面から引き剥がした。


 ガシャン、パリン


 その瞬間、僕の手足を拘束していた鎖が緩み、擦れた音が鳴り響いた。

 ハッと気がつくと、男は僕の首を絞めていて、そのまま強い力で持ち上げ始めた。


「なぁ、教えてくれよ。君って本当は何を考えているんだ?ほら言ってくれよ。首が無くなる前に。さぁ」


 僕の喉は、男の手によって引き裂けそうなくらい締め付けられていた。


「さぁ、言えよ。声なら出せるだろう?さっきみたいに教えてくれよ。君の心ってやつを!!」


「ガハッ‥‥‥」


 声を上げようにも、意識が飛びそうなほど苦しい。文字通り手も足も出ない状況だ。

 恐らく、このまま首と一緒に血管を圧迫され続けたら、3分もしないうちに死んでしまうだろう。


 段々思考速度が遅くなっていく。

 目線の片隅で、白髪の少女は悲しそうな顔をしながら僕を眺めている。


 あぁ、僕の命はここまでなのか。


「さぁ言ってごらん?君は自分の口で説明できるだろう?!」


 男が僕の顔を覗き込むように言うと、ほんの少しだけ力を緩めた。

 しかし、息が出来ない事には変わりはない。


「‥‥どうして‥‥‥‥?」


「なに?」


「ガハッ‥‥‥どう‥‥して‥‥‥貴方は‥‥わからないの‥‥?」


「なんだと?」


「‥‥だって、友達を‥‥救いたいと‥‥‥思うのは‥‥‥当然の‥‥事じゃないか‥‥。」


「”友達を救いたい”だと?」


 男はさっきよりも倍の力で締め上げた。

 そろそろ血管が破裂しそうだ。頭を支える骨も折れてしまいそうな程痛い。


「グッ‥‥ハッ‥‥‥」


 喉が潰れる。遂に僕は死んでしまうのだろう。


 覚悟はできている。


 そう思った瞬間、誰かが大きく叫んだ。


「シェファナス、お願いやめて!」


 そう叫んだのは、白髪の少女だった。

ゆっくりと男は少女の方へ振り向く。そして鋭い眼差しで少女を睨みつけた。


「ニヒル?お前は僕を裏切るのか?心臓を握り潰されたいか?」


 男は少女に向けてそう言った。

 しかし少女も男に反論する。


「その子は、あのお方に捧げる大切な器なんでしょ?喉が潰れたら復元するのに時間がかかるわ。」


「そうか。それもそうだな。お前にしてはいい案だ。ではさっさと殺してくれ。お前の権能の力で。」


 そう言って男は、僕の首から手を離した。

 その反動で僕の体から一気に力が抜けた。そして数秒間咳き込み、大きく酸素を吸い込んだ。


「ガハッ‥‥ガハッ‥‥ハァハァ‥‥‥」


 僕の体から大量の汗が流れた。

 それはまるで長距離を走った時と同じくらいの量の汗と、息の荒さだった。


 もう体力がほとんど残っていない。

 首を絞められるのが、こんなにも辛い状態だったなんて考えてもいなかった。


「‥‥‥ヒューヒュー‥‥‥フゥー‥‥フゥー」


 少しずつ、僕の呼吸は正常へと戻っていく。

 すると今度は、白髪の少女が僕の方へと歩いてくる。


 ザッ、ザッ、ザッ


 彼女の瞳は、僕の右目と同じようにピンク色をしていた。

 まるで宝石のような彼女の瞳を見て、僕の脳裏にある言葉が浮かんだ。


『ボクはキミを信じる。きっと守ってくれる。それがボクの権能なのだから。』


 それは、赤い目を持つ少年の言葉。

 1週間前、僕の部屋に現れた謎の少年のセリフ。


 なぜ、そんな記憶があるのか?

 

 そしてあれは一体どう言う意味なんだろう‥‥?


「ねぇ、あなたは、死ぬのが怖くないの?」


 白髪の少女が僕に問いかけた。


「‥‥怖いよ。凄く痛いし、凄く怖い。」


「でもあなたは、さっきから死ぬ人の顔をしていない。」


「‥‥どういう意味?」


「意味?分からないわ。でも貴方は自分の命より他のことを考えているでしょ?」


「そうだね。そうかも知れない。」


「どうして、笑っているの?」


「きっと、その通りだからだよ。君の言っている事が当たっているから、僕の顔は綻ぶんだ。」


「あなた名前は?」


 少女の質問に、僕は少し顔を上げて答えた。


「僕は知束。ただの知束さ。」


「フフフ、可笑しいね。君は、」


 そう言って今度は、クスクスっと笑って、僕の長い髪の毛に触れた。

 後ろではあの男が腕を組みながら僕らを見ていた。


「時間がない。最後に、言い残した事はある?」


 少女は真面目な顔でそう言った。


「そうだね。なら君に一言だけ。」


「わたしに?」


「そう、君に。」


 少女は少し驚いた表情のまま僕の事を見つめた。


「‥‥えっと‥‥はい。」


「君はとても綺麗だね。」


「‥‥‥え?なんで‥‥そんな事‥‥‥‥?」


「意味なんてないさ。意味なんて。ただ君がまるで天使のように美しいと思っただけさ。」


「‥‥‥‥」


 白い少女は黙ったままずっと僕のことを見つめていた。

 そして遂に僕の人生は幕を閉じる。いよいよ僕はこの子に殺されるだろう。


 大丈夫、痛いのは一瞬だ。


 それに辛い事ならこれまでも沢山あったじゃないか。

 ようやく右目の痛みから解放されるんだ。

 

 後はさっきの僕のお願いが届いていたらいいな。

 

 ワガママでもいい。自分勝手でもいい。ただアイツらには生きていて欲しいんだ。

 そんなのただのエゴでしか無くて、余計にアイツらを苦しめてしまうかも知れない。


 それでも僕は同じ事を思い、同じ事を願うだろう。


 本当にありがとう。

 

 そして、


 さようなら———。


 












「勝手に諦めてんじゃねぇよ!!ちさと!!!」


 どこからか僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。それも聞き覚えのある。友達の声だ。


「‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥‥‥。」


 息を切らしながらその場に現れたのは義也だった。

 その後ろには、同じく息を切らした孝徳達の姿もあった。


 どうやら1番足の速い義也が先に着いたようだ。


「よぅ、ちさと‥‥元気か?俺達、外で会うのは久しぶりだよな。なんで死人みたいな顔してやがんだ?ばかやろう。」


 義也は息を切らした様子で僕に言った。その姿は紛れもなく義也だった。


 大会でも、練習でも、いつも僕の心を騒つかせる。僕のライバルがそこには居た。


「‥‥‥おーい!!ちさとっち‥‥俺が来たからにはもう大丈夫だ!!ゼェゼェ」


「‥‥‥‥タカノリ‥‥アンタ‥全然体力ないんやから‥‥。」


「ハァ‥ハァ‥‥今カッコつけてんだから後にしろよ。そーゆーの。」


「ちさと君、今すぐ助けてあげるから!!」


 義也に続くように孝徳、マヤ、椎菜も次々に声を上げた。


 そこには、いつもの皆んなの姿があった。

 どうしようもないくらいワガママで諦めの悪い奴ら。僕にとってはイケイケな大切な友達。

 

「皆んな‥‥どうして、こんな所に。」


 僕がそう言うと、白衣を着た男が皆んなの事を一瞬だけ睨みつけ、ジワジワと近づいてくる。


 そして白髪の少女は僕から距離を取るように下がっていった。


「おやおや、君達、ここは子供の遊び場じゃないよ。終末を見届ける最後の砦なのだから。」

 

 男は少し止まって義也達にそう言った。

 そして少女が、申し訳なさそうに男に謙る形で頭を下げた。


「‥‥シェファナスさん。ご、ごめんなさい。私、あの子を殺せなかった‥‥‥‥。」


「うるさい。喋るな。無能な奴の言葉なんて聞きたくない。」


「‥‥‥‥本当にごめんなさい。」


「いいからあのガキ共を始末して来い。今度命令に背いたら、貴様を八つ裂きにしてやる。絶対に殺してやる。いいか?わかったな?!」


「‥‥は、はい。」


「ったく。これだから人間は嫌いなんだ!!」


 そう言って男は少女を右足で3回蹴飛ばした。

 少女はされるがままに声も出さず、ただ膝を抱えて丸まっているだけだった。


「....うぅ....うぅぅぅ........」


 そんな彼らの事を義也達は痛そうな顔をしながら見ていた。まるで人を見る目をしていなかった。


 そして今度は、義也が他の全員に指示を出し始める。


「よし、椎菜とマヤの2人はどうにか工夫して知束を縛るくさりを解いてやってくれ。上手くいけば知束を自由にしてやれるかも知れない。」


 義也は指を差しながら椎菜とマヤに指示を出す。

 それに対して椎菜が義也に問いかけた。


「義也くんはどうするの?」


 不安と恐怖に体を震わせながら、僕の為にこうして集まってくれている皆んな。


 きっとここに来るまで、多くの物を見てきただろうに。


 世界がチリのようになって消えてしまうなんて、誰が想像つくだろう。


 まさかこんな事になるなんて。


「俺と孝徳は少しでも時間を稼ぐ。あの2人の注意を引きつけて隙を見てここから逃げよう。」


「えぇ?!俺も?!」


「当たり前だろ!こーゆー時に男が前に出なくてどーすんだよ!!」


「いや、ムリムリムリムリムリ!!だってあの人達、銃とか持ってたらどうすんだよ!このまま行くと俺たち死亡が確定演出なんですけど!!」


「意味が分からん事を言うな!それにお前俺より喧嘩強いだろ?もしもの時は俺が相手を抑えるから、その隙に逃げればいい。」


「うるせぇ!!イヤなもんはイヤなんじゃい!!」


「‥ッ‥‥そんなんだからお前、彼女できねぇんだよ。」


「今それ関係ないねぇだろ!!」


「大いに関係あるわ!友達のピンチだって言うのにお前なんだよビビりやがって!!」


「友達助ける前にこっちが死ぬっつーの!!」


 どうやら義也と孝徳が喧嘩しているようだ。

 相変わらずと微笑むべきなのか、こんな時に何してんだって突っ込むべきなのか、僕には全然分からない。


「あんたらええ加減にせいや?!今ケンカしてる場合とちゃうやろ!!タカノリはいちいちグズってへんとシャキッとせんかい!!男やろ?!」


 痺れを切らしたマヤちゃんが2人の前に立ち大きく怒鳴った。

 するとさっきまで我主張われしゅちょうしていた2人が一瞬で小さくなったように感じる。


「す、すまん。」「‥‥さ、さーせん。」


 2人を叱る姿はまさにお母さんのようである。


「とーにーかーく、ちさとっちの事はアタシらに任せといて。絶対に助けてみせたるから。せやからアンタもたまにはカッコええ所見せや。皆んなで協力せなあかんねん!」


 マヤは孝徳の目に訴えかけた。

 それに対して孝徳は目を逸らし、少しだけ顔を下に向けた。


「‥‥‥俺はお前らの事も心配だけどな。」


 孝徳が小さな声で呟いた。


「なんか言うた?!」


「なんでもねーよ!皆んなで協力すんだろ?わぁったよ。仕方ねぇな。じゃあ全員俺に約束しろ!!無茶だけはすんな。」


 そう言って孝徳と義也は男の元へとゆっくり近づいて行き、マヤと椎菜は僕を縛る鎖を外し始めた。


 よく見ると、皆んな体の所々ところどころが少しずつ粒子化しているようだった。


 彼らも世界と同じように消えかかっているのだ。



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