【第11話】『 後悔 』
12.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第11話〉『 後悔 』
この人は確か製薬会社から派遣されてきたドクターの1人で、僕の右目の治療に一役買っている人だ。
カウンセリングも受けた事があるし、僕にとってずっと信じ続けていた人だ。
「‥‥あの、ドクターさん。僕の街が‥‥‥コレは現実なんですか?」
僕は思わず白衣を着た男に聞き入った。
すると男は、まるで受け流すかのように答えた。
「夢だと思いたいなら思えばいいだろう?屍人は黙って眺めるといい。素敵な最後じゃないか。」
「それは、どう言う‥‥?」
僕はただ何が起こっているのかが分からなかった。
この残酷な現状を目の当たりにしているせいか、体はずっと震え続け、ただただ質問する事しかできなかった。
しかし、男は僕を跳ね除けるように冷たい口調で答えた。
「君は質問したら全て答えてもらえると思っているのか?」
「‥‥‥‥」
僕は言葉が出なかった。
それどころか呼吸すら忘れて世界を眺めていた。
「んまぁ、どうせ最後なら教えてあげてもいいがね。」
男は軽くタバコを蒸しながら独り言を呟く。
そして男の口から、僕と世界の行方(ゆくえ)を教わる。
「君はね、これから我が悪魔の始祖の媒体となるんだよ。そして、この世界はね、全てが無かった事になるのだ。」
そう言って、若い男はタバコをフーっと吹かせて、消滅する世界を眺めている。
「世界が‥‥なかったことに‥‥?」
「そう、つまり君はさ、これまでずっと、
僕 に 騙 さ れ て い た の さ 。
君の右目を治してやる気なんて最初からなかったのさ。」
男はいきなりそんな事を言い始めた。
僕には理解が出来なかった。急になんの話だと思った。
しかし、何故だろう。
心の中にジワジワと込み上げてくる。頭の中が黒い何かで埋め尽くされていくような気持ちだ。
僕が騙されていたかなんて今はどうだっていいのに。
そんな事より、僕の目に映るこの光景を説明して欲しいのに。
僕は‥‥‥。
「じゃあ、あの研究は一体なんだったんですか?」
気がつけば僕の口は動いていた。
まるで悲劇の主人公みたいな口振りだった。
男は当たり前のようにケロッとした様子で答えた。
「やはり君でもそんな顔をするんだね。」
疑いたくなかった。
ずっと心の中に留めておくつもりだった。
そんな事より重要な事が、今、もっと他にあるって分かっていたはずなんだ。
でも、容易に“最悪”を想像できてしまうのは何故だろう。
「答えて下さい。あなたは何を知っているのですか?」
男はまた淡々と語り始める。
「君は本当に知りたがりだね。流石はあの実を食べた一族の末裔だ。確か知恵の実と呼ぶんだっけか」
「‥‥‥‥」
「ふっ、まぁいい。君と話すのも面白そうだ。特別に全て教えてあげよう。」
「‥‥‥‥!」
「そう身構えなくていい。答えは簡単な事だ。君があの狭い部屋に囚われていた
「‥‥‥‥?」
「僕は、名前を口にするのも烏滸がましいあのお方に、美しくて強くて素晴らしいカラダを捧げる為にこの世界へやって来たのさ。」
「‥‥‥‥‥この世界へやって来た??」
「そうだ。僕は元々パラレルワールドの存在。つまりは別世界の住人という訳だ。」
「‥‥‥‥べつせかい‥‥‥?」
「この世界に降り立った後、僕は製薬会社を操り、科学者を利用し、世界中を探し回った。そしてついに見つけたのだ!君と言う存在を!!」
「‥‥‥‥‥」
「遂に見つけたのだ、悪魔を下ろすのに適した人材を!!しかし、君のカラダが本当にあのお方に適しているか調べる必要があった。」
「‥‥‥‥‥」
「だがやはり僕の目立ては正しかった!君のカラダもココロも悪魔の器として申し分ない程の完璧な結果だった。」
男はまるでノーベル賞を獲得した学者のように誇らしげに語った。
それと同時に、先程僕の頭に浮かんだ“最悪”はただの妄想では無い事が分かっていった。
「それなら、僕だけが目的のはずでしょ?!なんで世界にまで影響を及ぼすんですか?!」
これまでずっと黙っていた僕の口から一斉に言葉が漏れた。
それはただの不平不満では無い。無力感、絶望、憎しみによって出た言葉だった。
「喚くな。吐き気がする。時の崩壊は僕達が起こした訳では無い。そもそも僕らのような下級悪魔に起こせる代物でもない。パラレルワールドに突如として現れた無情の天災。それは神にだって起こす事は叶わないとされている最上級の災いだ。」
「‥‥‥」
「だからまぁ、結果的には良かっただろう?君と一緒に世界も滅びるなら嬉しい話さ。君もそう思うだろう?」
男はそう言ってまた滅びゆく世界を眺め始めた。
彼の淡色の目にその光景が映った。
「まるで‥‥‥のようじゃ無いか‥‥‥」
男は小さな声で呟く。
僕はその男の言葉をしっかりと聞き取る事が出来なかった。
どうしてこんな事になってしまったのだろう。
どうして僕の頭は、彼の言葉が全て嘘だと疑ってくれないのだろう。
どうしても、彼の説明で辻褄が合ってしまう。
ずっと疑問に思っていた事じゃないか。
なぜ隔離されていたのか? なぜ外へ出してもらえなかったのか? なぜ何も知らされなかったのか?
それらの疑問は、全てこの男の言葉で説明がついてしまう。
僕はバカだ。大バカ野郎だ。
こんな事になると分かっていたら、研究施設なんかには行かなかった。
それでも、彼らに縋りたいと思ったのは、僕が何も知らない無知な子供だから。
そんな事を思いながら、僕もまた、滅びゆく世界をただ静かに眺めていた。
すると白髪の少女が弱々しい声で男に問いかけた。
「ねぇ、シェファナスさん。この子、殺すだけじゃないの?」
「何を言ってるんだい?ニヒル。彼はもちろん殺すさ。そしてさっきも言ったようにあのお方に彼の肉体を差し出すのさ。」
「そんなの、ワタシ聞いてないよ?」
男は少女の問いに、まるで何を言っているのか分からないような顔をして答えた。
「君に説明しても仕方がないだろう?どうせ殺す事しか出来ないのだから。」
「でも‥‥。」
「おい。お前の心臓は今誰が持っていると思う?」
「ご、ごめんなさい。」
「とにかく、早く命令をこなせ。さも無いとお前の心を破壊してやる。分かったか?」
「‥‥はい。」
そう言って彼らは何かの準備を始めた。
もう何が何だか分からない。僕はこのまま死んでしまうのだろうか?
そう思うと、僕の頭の中に椎菜達の顔が浮かんだ。これが走馬灯と言うヤツなのだろうか?
あぁ、皆んなに会いたい。こんな状況、全て夢であってほしい。
例えば、目を覚ますとここは教室で、これまでの事実が全て無かった事にならないだろうか?
ははは、そんな事、ある訳ないよな。
結局、僕はアイツらに何一つ恩返しが出来なかった。
義也とは、まだ陸上の決着付いてないし。
孝徳とは、一緒に文化祭実行委員になろう!って、約束してたっけ。
本当に今日が世界の終わりなら、最後にマヤちゃん家のラーメン食べたかったなぁ。
後、椎菜にちゃんとお礼言えばよかったな。
「‥‥‥」
風はザワザワ。街はパラパラ。星はキラキラ。
灰のように消える街は、まるで水が蒸発する姿に似ている。
人も、思いも、思い出も、全て無かった事のように飲み込まれていく。
世界の寿命は今日だった。ただそれだけの事だ。
そう思えたらどれだけ楽だろうか。
「よし、完成だ。召喚魔法は慣れないのだが、なかなか綺麗な物だ。これであのお方を呼び起こすことができる。」
男はペンキのような物を地面に垂らし、まるで円を描くように何かを描いていた。
するとまた白髪の少女が男に問いかけた。
「ねぇ、シェファナスさん。少しいいですか‥‥?」
「今度はなんだ?」
「どうしてこの子を連れ去る時に、あの施設の中で“地属性魔法”なんか使ったの?」
「あぁ、それはね。あの
彼らは呑気に会話をしながら赤いペンキで地面にお絵描きをしていた。
ははは、もはや一周回って笑えてくる。
世界は今も尚、悲壮な声を上げながら崩壊を続けている。時の崩壊と言っていたっけ?
なんでもいいや。とにかく最悪な状況には変わりはない。
誰も助けられない。誰も助からない。そんな光景がずっと目に映ったままで、希望なんてさらさら湧いて来ない。
だと言うのに彼らは目の前で仲良くお絵描きとは、まったく楽しそうな事だ。
ふざけるな
そんな彼らの後姿を、僕は桃色に変色した目で見ていた。
「ふっ‥‥‥あ、あなた達は、一体何が望みなんですか?!」
突然の僕の問いかけに、彼らは一瞬動きが止まる。
しかし、すぐにまた、白衣を着た男は僕の方を向いてミュージカル俳優を演じ始める。
「望み?そんな物はない。ただ野望と言えるほどの事では無いが、悪魔には階級がある。僕は新たな時代の皇帝となるのだ。」
白衣を着た男がそう言うと、その場には、ほんの少しだけ沈黙が続いた。
そして僕は、また彼らに問いかける。
「教えて下さい。どうして僕は、死ななければならないのですか?」
すると男は顔を
「‥‥‥なんだと?」
僕の問いかけに、白衣を着た男は顔色を変えた。彼は作業を中断し、僕を凝視したままゆっくりと近づいて来る。
しかし、僕の心のストレージはすでに限界を超えており、言葉がポロポロと口から溢れてくる。
「‥‥‥ぼ、僕はただ、アイツらと、当たり前の日常が送りたかっただけなんです。」
「‥‥‥‥」
「当たり前のように学校へ行って、当たり前のように笑って、当たり前のように喧嘩する。そんな誰もが夢見る妄想に、僕は憧れていたんです。」
「‥‥‥」
気がつけば、男は歩みを止め、拘束された状態の僕を見つめていた。
「どうしてダメなんですか?何がいけなかったんですか?僕なんかが幸せを願ったのが間違いだったのでしょうか?」
「‥‥‥‥」
「僕は、ずっと1人で生きて来ました。ずっと独りぼっちだった僕を、お父さんもお母さんも居ない僕を、ずっと側で支えてくれたのは間違いなくアイツらなんです。ぼくは、ただ、アイツらと過ごした時間を取り戻したかっただけなんだ。」
僕の目には、自然と涙が咲いていた。
しかし、不思議と僕の心は穏かだった。まるで子供が、初めて親の前でいい事をしている時のように。
「ずっと夢だった。いつか施設を出たら、また皆んなといっぱい笑い合えたらいいのにって。またあの日のように。教室に集まって他愛もない無駄話をするだけの毎日。文化祭も、体育祭も、学習発表会だって全力でやって、後は普通に卒業する。そんな日々がずっと続けばいいのにっていつも思っていました。」
僕の顔からは笑顔が零れていた。心做しか、僕の口は微笑んでいた。
「バカみたいですよね。僕って本当はとても強欲な人間で、いつもたくさんの望みを抱えてて、ずっとそれが叶えばいいのにって思ってた。ずっと、それだけを夢見ていた。」
男は黙り込んだまま、僕の独り言をじっと聞いていた。
「あぁ、そっか。今日世界って終わるんだ。そっかそっか。じゃあ仕方ないよ。うん、仕方ない。だって世界なんていつ無くなっても可笑しくないんだから。そんなの想像もつかないさ。」
この状況を受け入れた訳じゃない。変えられるなら、変えてしまいたい。
それでも、これが運命だと言うのなら、僕は甘んじて受け入れよう。
「地球最後の瞬間が来たら貴方ならどうしますか?」
どうせ拾った命だ、今更死ぬ事に恐怖はない。
ただ、一つだけ心残りがあるとすれば、やっぱりアイツらには生きていて欲しい。
「僕の答えはこうさ。ずっと感謝の気持ちでいっぱいに満たしておくのさ!!」
雲はゴロゴロ。雷はピカピカ。雨はザラザラ。
あぁ、世界がまるで、粉雪のように白く、淡雪のように溶けていく。
やっぱり僕は、後悔しながら死んでいくのだ。
「でもどうか、おねがいします。僕はどうなったって構いません。世界がどうなったって構いません。だから椎菜や皆んなを生かして下さい。」
僕は頭を地面に擦り付け、その男にお願いをした。
また僕は、彼らに縋ることを選んだのだ。
同じ過ちを繰り返す事に決めたのだ。
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