【第10話】『 目覚め 』







 11.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第10話〉『 目覚め 』







 ビューっと鳴り響く少し寒いくらいの風に当てられて、僕は目を覚ました。


「ここは‥‥??」


 気がつくと、ここは研究施設では無いようだ。


「何も見えない。なのに、感覚だけはある。一体僕はどうなったんだ‥‥?」


 恐らくここは、見晴らしのいい丘の上。草花が擦れる音がサワサワと聞こえてきた。


 しかし、僕の視界は真っ暗だった。

 どうやら何者かの手によって、僕の目には目隠しが施されているようだ。


 ジャリン、ジャリン


 僕が立とうとすると、後ろの方で金属が擦れる音がした。

 その音はまるで鎖の様に何かに繋がれているみたいだった。


「‥‥あれ?」


 その時、僕はようやく理解した。


 まるで体の自由が効かない。

 手足を動かそうとすると、鎖のような物が擦れる音がする。どうやら、僕の手足は体の後ろの方でまとめ上げられ、山水の畔に拘束されているようだ。

 

 なんだ??どう言う事だ??


 僕の頭の中には、数々の疑問が一瞬にして浮かび上がる。

 足だけならまだしも手や目にまで錠が施されている。


 その現状を理解すると同時に、僕の心の中には恐怖が蔓延していた。

 焦る気持ちを必死に抑え、冷静に物事を考えてみることにする。


「‥‥そっか、そうなんだ。なんで分かってしまうのだろう。これは夢では無いって。」


 独り言を呟き、僕は辺りから感じ取れる匂いや音で大体の場所を想像する。

 

 僕の肌には、久しぶりに感じる外の空気。

 しかし、拘束されている為、全く穏やかな気持ちにはなれなかった。


「‥‥‥」


 むしろ孤独と似た恐怖に支配されている。

 どうしてこんな事になったのか?僕は必死に記憶を整理する。

 

 しかし、何も思い出せない。


「‥‥‥‥」


 ずっと夢を見ていたような気がする。優しいくらい残酷な夢を。


 やはり何も思い出せなかった。

 まるでポケットの中からうっかり落としてしまったみたいに、記憶を探し求めても見つけられない。


 最後に覚えているのは、あの不思議な本の事。その本に記されていたのは誰かの日記のようだった。


「‥‥‥そうだ!」


 僕は思わず口から溢れた。


 あの本を読んだ後、僕はどうなった?

 倒れてしまった事だけは覚えている。その後の事は、はっきりと見ていたはずなのに全て忘れてしまった。


 このムズムズするような苛立ちは、きっと僕が何も分からない無知だからだろうか?


 拘束されている理由も、この状況の正体も、僕には結論づける答えが見出せなかった。


 すると何処からか声が聞こえる。

 まるで直接頭に響いているかのように。しかし、その声は耳を澄ませてみなければ聞こえない程の小さな声。


 聞き入ってみると、その声は僕へと語りかけていた。







『 約束を果たせ。 』







 まるでその声は、僕の心に語りかけているようだった。

 頭の中に直接声が聞こえてくる。なんとも不思議な感覚だ。


「‥‥‥だれ??」


 僕が問いかけると、その声は続けて言った。







『 お前はこの後、選択を強いられるであろう。しかし、その選択はサタンの罠だ。己の希望を唱えてはならない。己の正義を振り翳してはならない。決して英雄になってはならない。 』







 その声は貫禄のある男の声だ。

 まるで歴戦の英雄のような声。例えて言えば、戦国大名や中世ヨーロッパの騎兵の声。


 しかし、僕はこの声に聞き覚えがあった。

 いつの日か忘れてしまったのだが、この声に昔、助けられた気がする。


 それもまた遠い記憶の果て。今となってはもう思い出せない記憶だった。


「‥‥えいゆうに‥なってはならないって‥‥?」


 また僕の口から独り言が溢れた。


 そう言えば、さっきから声を出すことは出来るようだ。

 目や手足には錠をかけられているのに、口元には何も施されていない。


 そんな事に、今更ながら気がついた。


「だ、誰か、誰かいないのかぁー?!!!」


 僕は思わず大声で叫んだ。

 しかし、僕の声に応答はなく、風がサラサラと草花を揺らすだけだった。


「おーい!誰かいないのかー?!返事をしてくれ!!ここはどこだ?!僕はどうしてここに居るんだ??」


 僕はまた更に響く声で叫んだ。

 だが、やはり誰からも応答は無かった。

 

 声の響き具合から、ここが室内では無い事は確かだ。それに微かだが感じるこの潮風は、僕の正面から流れてくる。


 恐らくだが、ここからは遠かれど海が見えていて、ほんの少しだけ潮風を感じられる場所のはずだ。


 そして潮の匂いや風の動きから考えて、ここは“高い山の上”。そこから海が見える場所だと分かる。


 それに、僕が拘束されている場所は明らかにコンクリート製の床だ。

 僕はずっと素足で、靴も靴下も履いていないからよく分かる。




 ゴーーーーーン、ゴーーーーーン、ゴーーーーーン

 



 後ろから聞こえる風鳴りは、前から来る潮風から来ているのだろう。

 風鳴りが聞こえると言う事は建物があるに違いない。


 だとしたら、僕の予想が当たっていれば、ここはきっと山の上にある廃墟のような場所だろう。


 叫んでも誰も気付いてくれない訳だ。




「‥‥‥また、ひとりぼっちか‥‥。」




 僕はその時、一種の無気力感に苛まれた。

 すると何処からか、また小さな声が聞こえてきた。その声は、さっきの男の声とは裏腹に、とても弱々しく自信のない少女の声だった。


「‥‥ワタシのせいじゃない。ワタシのせいじゃないよ。ぜんぶ仕方なかったの。ワタシは悪くない。ワタシは悪くない‥‥」


 その声は、まるで誰かに言い訳をしているかのように近づいて来る。


「誰‥‥?!」


 僕が声の主に問いかけると、その声は驚いた様子を露わにしていた。そして怯えながら答えた。


「わ、ワタシはニヒル。あなたを殺す悪魔。」


「あくま‥?」


「そ、そうだよ?あなたが生きていたらダメなの。だから仕方ないの。」


「どういうこと?どうしてダメなの?僕が何かしたの?」


「んーん。何もしてない。でも殺すの。あなたの存在がダメなの。」


「どうして?」


「だって、あなたは傲慢で過激で欲深いから。この先多くの人を不幸にしてしまう。だから殺すの。」


「‥‥‥」


 この子が言っている意味が全く分からない。

 突然すぎる状況に、僕の頭はパンク仕掛けているのだ。


 すると少女は僕の耳元まで来て小さく呟いた。




「でも大丈夫だよ?あなたと一緒に こ の 世 界 もなくなるから。」




 少女はまるでごく当たり前の事のように言った。


「‥‥‥せ、世界が無くなる?それってどういう事?」


 僕は少女に問いかける。

 すると少女は、また当然の事のように話し始める。


「この異孵世界はもう“時の崩壊”を始めている。だから、あなたは1人では死なない。この世界の皆んなと一緒に安心して死ねるの。」


 流石に冗談がすぎる。

 時の崩壊?皆んなと死ねる??全くもって意味がわからない。


「待ってくれ!さっきから一体何を言っているの?!そんな事起こるはずがないよ。」


 僕は思わず少女に大きな声で怒鳴ってしまった。

 すると少女は一瞬戸惑いながらも、またゆっくりと語り始める。


「あぁ、そっか、あなたにはまだ見えていないのね。なら見せてあげる。あなたの世界が今どうなっているのかを。」


 少女がそう言い終わると、いきなりボォーっと大きな風が吹き、僕の頭から目隠しが飛ばされて行った。


「‥‥‥?!」

 

 強引に目隠しを外された為、僕は数秒間目を労っていた。


 少しずつ視界が明るく鮮明になってゆく。


 そして僕の目に映った。目の前には、まるで地獄のような光景が広がっていたのだ。


「‥‥‥これは‥‥??」


「ほら、言ったでしょう?この異孵世界はもう時の崩壊を始めている。あなたは世界と一緒に死んでしまうの。それが、あのお方からの命令だから。」


 僕の横に1人の少女が立っていた。

 白色の髪にピンク色の目を持った少女。とても虚な目をしながら、この景色を眺めている。


「コレが時の崩壊だよ。全部灰になって消えてしまうの。人も、道路も、動物さん達も。全て無くなって虚無の世界へと帰っていく。」


 まさに世界は少女の言う通りになっていた。

 人々も、街も、ビルも、全て粒子のようになって消えて行った。


 まるで灰のように。


「僕の街が‥‥。」


 思わず声を出してしまう。

 そんな僕の横顔を、少女は虚な目で眺めていた。



「こらこらニヒル、彼から目隠しを取ってはいけないよ。」



 また新しい声が聞こえた。しかし今度の声は、何処かで最近聞いたことのある声だった。


「‥あ、シェファナスさん。」


 少女にそう呼ばれて近づいて来たのは、白衣を着た若い男だった。


「‥‥あなたは、施設にいた人。」

 

 僕はこの男の事をよく知っている。

 目を治療すると持ちかけてきた製薬会社の1人で、似合わない白衣にプライドの塊とも言えるほどのブランド品を幾つもつけている。


「‥‥なんで‥‥あなたがここに‥‥??」


 僕は不思議そうに男に問いかける。

 すると男は普段とはまるで違う口調で淡々と話し始めた。


「おっと顔を覚えられているとはね?まぁいい。君もせっかくだから一緒にこの美しい世界の終わりを見ようじゃないか。」


 そう言って男は、まるでミュージカル俳優のような口調で喋り始めた。丁寧に手の動きなんかを加えて。


「どうせ死ぬとは言え、挨拶は礼儀だ。君にも一応名乗っておく事にしよう。私の名は千螺鉄線センラテッセン。またの名をシェファナス=クローバー伯爵さ。」


 男は自己紹介を済ませると、気品のあるポーズで僕に一礼した。

 しかし、目線だけはずっと僕の事を見ていた。


「お会いできて光栄だよ。あかみねちさとくん。」


 そう言って男は、ニヤリとした気持ちの悪い笑みを浮かべていた。


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