【第9話】『 櫻井椎菜 』

 






 10.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第9話〉『 櫻井椎菜 』







 夢を見ていた。


 幸せな夢を見ていた。


 こんな状況なのに、私の脳みそはなんて単純なんだろう。

 いつも目が覚めると、知束君の顔が真っ先に浮かんでくる。


 その度に、今日も頑張るぞ!って思うんです。


 そんな日々がずっと続いていた。もちろん明日も、同じように夢を見るのだと思っていた。


 今日が最後になるかもなんて考えてもいなかった。


 知束君と出会ったのは、10年前。


 私が小学生の時の話です。


 街灯が寂しく光る真っ暗な公園で、私がわんわんと泣いている時でした。


 彼は、いつの間にかそこに居て、気がつけば一緒に泣いてくれていました。

 そして彼は、小さな手で、私の頭を優しく撫でてくれたんです。


 あれは雪の積もる冬の日、私が1人ぼっちで泣いていた時、知束くんは声をかけたんです。


「どうして泣いているの?」


 その声はとても優しくて、彼は心配そうに私の事を見ていました。


「‥‥パパとママがケンカしてるの‥‥。」


 私が喉の痙攣(けいれん)を起こしながら答えると、彼は優しい目で言いました。


「そっか、それは大変だったね。」


「‥‥ひっぐ。でもね、わるいのはわたしなの。わたしがお勉強できないからパパとママは仲がわるくなっちゃうの。」


「そうなの?」


「‥‥だから、わたしもっともっとお勉強しないといけないの。」


「そっか。」


「‥‥うっうっ。もっといい子にしないとダメなの‥‥。」


「‥‥‥」


「‥‥パパァ、ママァ、ごめんなさい。ごめんなさい。」


 その時の私は、これまで抑え込んできた気持ちが次々に溢れ出てきました。

 すると知束君は、震える私に、彼が着ていた上着を着せてくれました。

 

 サイズが少し大きめの暖かい上着。

 

 そして泣きじゃくる私の頭を、彼の手が優しく励ましてくれました。


「‥‥ど‥‥して?」


 私が彼にそう聞くと、彼は満面の笑みで答えました。


「寒いと風邪を引くだろう?風邪を引いたらもっともっと不幸な気持ちになっちゃうだろう?だからあったかくしとかないと、君に風邪を引いてほしく無い人が困るから。」


 そう言って彼は、私の頭を不器用に撫でてくれました。暖かい手で、穏やかな顔で。


 私はその温もりに安心して、更に涙が溢れました。

 その日の公園には、私のわんわんとした小さな声が鳴り響いていたのを覚えています。






 ◇






 地震は止み、3人で手分けして施設内を探索していた俺達は、椎菜のカバンを見つけた。

 見覚えのあるクマのストラップに、この前描いていたであろう俺達の絵が入っている。


 月明かりに照らされ、ビューっと風が吹く研究室の廊下にそれはあった。


 その先をスマホのライトで照らしながら進むと、そこにはぐったりとした椎菜の姿があった。


「しいなちゃん!!」


 マヤが大声で名前を呼び、椎菜の元へと走っていく。

 どうやら息をしている様子だった。しかし、強い衝撃により、気を失っているのだろう。


「ヨッシー、チサトっちドコ探しても見つからねぇぞ!それに、街の方では大きな騒ぎが起こっているらしいぜ?さっきの地震のせいか?」


 外を探索していた孝徳が駆け足でこちらに向かってくる。

 孝徳の大きな声を聞き、椎菜が少しずつ意識を取り戻していった。


「街中パニックになってやがったぜ。なんか、この世の終わり〜みたいな事言って、夜中だって言うのにバスも電車も大渋滞だ!」


「多分雛川さんが言ってた事と関係がある気がする。とにかく、知束を探す事に集中しよう。」


 俺がそう言うと、椎菜がしっかり目を覚ました。


「‥‥しいなちゃん?しいなちゃん、起きたん?」


「おい、どうした?」


「しいなちゃんが、目覚めたみたいやねん。」


「おい、椎菜。大丈夫か?」


 俺が椎菜の元へ行き、彼女の顔色を確認した。

 すると、椎菜は少し悲しそうな顔をして、俺とマヤを見上げた。


「‥‥ちさとくんは?」


 その問いかけに、俺たちは数秒間声を詰まらせた。

 そしてマヤが椎菜の目を見て答えた。


「チサトっちはまだ見つかってへんよ。でも、まだ探したら何処かに居てるはずやから!!」


 そう言うマヤの顔は、まるで椎菜を元気付けようとしているようだった。


 その時、俺の心の中に、一つの恐怖が現れた。


 もし、知束が見つからなかったら。俺達は、どんな顔をして椎菜と接すればいい?

 仮に見つかったとしても、知束がもし、死んでいたりなんかしたら、俺達はどうすればいい。


 知束、いつもこう言う時は、お前が頼りだった。

 全く関係のない俺達を結びつけて、俺達の仲を取り持ってくれたのは、いつもお前だった。


 こんな時、俺はどうすればいい?

 

 お前が居なくなってしまうと考えただけで、俺は心が張り裂けてしまいそうな思いになる。


 きっと、椎菜はもっと辛いだろう。


 なぁ、ちさと。俺はお前のライバルとして、どうすればいいんだ?

 教えてくれよ。いつもみたいにさ。

 出て来てくれよ。頼むから。


 そんな事を考えていると、俺の後ろから声が聞こえた。


『チサトくんなら、もうココにはいないよ。でもちゃんと生きている。安心して。』


 俺達は全員、その声の主に目をやった。

 そして俺達は皆んな、その声の主に驚愕してしまった。

 

 そこには、まるで天使のように真っ白な少年が佇んでいたのだ。


「やぁ、こんにちわ。ボクは真白マシロ。今は時間がないからね。チサトくんならきっと、あの山に居るんじゃないかな?」


「あの山って?」


 俺が少年に問いかけると、彼は赤い目を見せながら、俺達に告げた。


「急いだ方がいい。街を一望できる場所に、きっと彼はいる。これぐらいしかキミ達に教えてあげられないんだ。検討を祈っているよ。」


 そう言い残すと、白い少女は姿を消してしまった。

 そして俺達の心は完全に決まっていた。一同が目を合わせると、この街を一望できる山、六甲山へと向かった。



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