【第8話】『 静かな夜 』
⒐花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第8話〉『 静かな夜 』
「知束くんを、殺すんですか?」
人の声が静まり返ったその部屋に、また警報音のみが鳴り響いている。
椎菜達の目の前に居るのは、高校で楽しく笑い合った赤嶺知束の、代わり果てた姿だった。
真っ白な肌に色が変色した髪の毛、目は半開きで片方は異様に輝いている。
大きなアクアリウムの中で両足を抱えた状態の赤嶺知束が、涙を浮かべてそこには居た。
「なんだよ、お前、その姿‥‥。」
「あれ。ホントに、ちさとっちなのか?!」
「こんなん、酷すぎるで。」
学生達は声に出して絶望していた。
そして椎菜は、アクアリウムの中で眠っている知束を真っ直ぐに見ていた。
「ちさと‥‥くん‥‥?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
椎菜が知束の名前を呼んだ瞬間、また大きな地震がその研究施設を襲った。
今度の地震は、さっきの地震とは比べ物にならない程の大きな音を立てた。
その地震により、アクアリウムの電源が切れ、パネルや証明などの全ての機材が倒れた。
マグニチュード6強くらいはある大きな地震に、全てのドクター達は恐れを露にしていた。
「もはや一刻の猶予は無い!直ちににこの場から去り、離脱しろ!!」
若いドクターがその場にいる全員に指示を出した。
それを聞いたドクター達は、研究施設から避難する為、一斉に外へ出ようとしていた。
「この研究施設を出ろ!そして軍に連絡し、奴を殺せぇ!!」
再び、若いドクターが叫んだ。
しかし更に大きな地震がその研究施設を襲った。その地震により研究施設が徐々に崩壊し始める。
「椎菜!どこだ!!」
義也、マヤ、孝徳の3人は、無事に合流する事が出来た。
しかし、椎菜の行方が分からず探し回っている様子だった。
「お前たち、そこを動くんじゃない!」
研究員の1人が義也達に叫んだ。
しかしその瞬間、その研究員は天井の下敷きとなってしまった。
3人は怯えた状態で身動きが取れない。
地震は未だに続いている。
本当にこの世の終わりの様な惨状だ。地面からは大きな唸り声が聞こえてくる。
これは余震の合図だ、ドクター達は一心不乱に逃げ回った。
研究施設からはガス爆発が起こり、火災が発生していた。
そしてマグニチュード2以上の地震が、小刻みにまだ続いている。
天井は崩れ落ち、柱は折れ曲がり、排水溝から水が溢れてくる。
そんな最悪な状況の中、義也達は椎菜を目で探していた。
ゆっくりと揺れが落ち着き、建物からはサイレンの音すら聞こえなくなった。
少しずつ地面の揺れが収まっていく。そして、研究施設の崩落も止んだ。
数秒ほどの沈黙が地震の終わりを告げる。
「‥‥‥止まった、のか‥‥?」
孝徳が上を向きながら言った。
「あぁ、どうやら俺達は、運良く生き残ったみたいだな。椎菜を探そう。マヤ立てるか?」
「うん。大丈夫やで。」
そう言いながら、3人は施設の中を歩き出した。
ほとんど煙で前が見えない。研究施設はいつ崩落してもおかしくない状況だった。
「お前ら、俺から離れるなよ」
先陣を切る義也の後ろにマヤが引っ付いている。孝徳は、椎菜と知束を必死になって探していた。
しかし、彼らの進むべき先には地獄のような状況が続いていた。
研究施設に勤務していた職員達は、他の職員達の救護で精一杯な様子だった。
急いで外へ出ようとする人、誰かを探している人、それだけでは無い。天井や壁が崩落した影響で生き埋めになってる人、もう既に死んでしまった人。
そこに居る人々は必死になって救援を叫んでいた。
そして一歩踏み出せば、夥しい量の人の血で満ち溢れていた。
瓦礫で潰れた人、火災に巻き込まれた人、逃げ遅れたドクター達の酷く無残な姿が並んでいる。
「マヤ、俺の後ろから離れんなよ。」
「うん。」
施設の中は真っ暗で、所々半壊している。
3人は、施設内のどこを探しても椎菜と知束を見つけられなかった。
そして3人は手分けして瓦礫の解体を始めた。
少しずつ、少しずつ、瓦礫をどかして行く。
手を擦りむきながら、大量の汗をかきながら、大切な友人の為に重たいコンクリートを退かし続けた。
しかし、どこを探しても新たな死体が見つかるだけで、椎菜や知束の姿は見つからなかった。
せめて小さな手がかりさえ見つかってくれれば。
そんな事を考えていると、何処からか物音が聞こえてきた。
ガタンッ!!
その音のする方へ3人は一斉に顔を向ける。そして3人とも少しの希望を見出した。
その方向に椎菜や知束がいるかも知れないと思った3人は、音がした方へと向かう。
「‥‥だ、れか。」
微かだが、人の声が聞こえる。しかし、椎菜や知束の声では無かった。
そこに居たのは、赤嶺知束を最後まで生かそうとした雛川ドクターだった。
どうやら割れたアクアリウムの破片が、彼の腹部を貫通している様子だった。
「あんた、大丈夫か?!今行くから待ってろ!!」
義也と孝徳はすぐに駆け寄り、雛川ドクターに救命処置を施そうとする。
小さなガラスの破片を一つ一つ取り除いていく。
しかし、腹部から肋にかけて突き刺さる大きなガラスの破片だけは、学生達には引き抜く事が出来なかった。
マヤは自分の着ている服をガーゼ代わりにして止血しようとするが、それも虚しく、雛川ドクターの目から徐々に光が消えていった。
「君達、私の事はいい。私の命はどうせ長くない。だから最後に話しておきたい事がある。」
雛川ドクターはそう言って、最後の力を振り絞り、ゆっくりと丁寧な口調で語たり始めた。
「君達の学友をこの施設で研究していて、分かったことがある。それは、ただの私の妄想かも知れない。現実的では無いし、科学的でも無い。だが、恐らく彼は、身体的変化をもたらす何者かと接触した唯一の存在だと私は思う。彼の遺伝子やDNAは、ある日を境に変化した事が我々の研究で分かった。それを説明する為には、いわゆる未知との遭遇が無ければ説明できないはずなんだ。彼の体の変化は、突然変異による物だと言う科学者も居たが、私は何者かによって彼の体が急激に変化した“遺伝子操作説”を唱えている。」
雛川ドクターの話を、3人は真摯に聞いていた。
そしてドクターは続けて言った。
「そして私は兼ねてより、このプロジェクトを企画した製薬会社に疑問を持っていた。恐らくだが、今回の件には悪魔を呼び起こしたい裏組織が関与しているはずだ。誰かが世界の破滅を招いたに違いない。だが、そんな事を言っても、もう遅いのかも知れないな。見てみろ。私の体は、死亡した同胞達と同じように粒子化している。どうやらこの現象は、死に近い人間から発症するようだ。」
そう言うと、雛川ドクターは3回ほど吐血した。
彼の命が長くないのは明らかだった。その現状に、雛川はフッと笑って見せた。
「赤嶺知束くん。あの少年は、いつも夢を見ているようだった。私は彼の姿をずっと見ていたよ。いつも君達の話を聞かせてくれた。病気が治ったら、また皆んなと行きたい場所があるんだって、言ってたっけなぁ。口癖みたいに、絶対に学校復帰するんだっていつも息巻いていた。そんな話をするのが時々楽しくて、つい時間を忘れて聞いてたっけ。治してやりたかったなぁ。君達の元に返してやりたかったなぁ。こんな不甲斐ないドクターで、ほんとうに申し訳ない。」
雛川ドクターの腹部の出血は尋常じゃない程の量だった。そして彼の後悔の気持ちがその血と共に溢れ出した。
「私は、彼を救う事も、守る事も出来なかった。子供1人救えない私が、科学者なはずがない。何の為に生きてきたんだろう。何の為に学んで来たのだろう。結局私は、世界を滅亡に追いやった、マッドサイエンティストだったのかも知れない。」
雛川ドクターの目から一欠片の涙が溢れた。
そんな雛川に、3人の学生達は明るい声で告げた。
「そんな事ないよ。あなたは俺達の大切な友達を今日まで生かしてくれたじゃんか。俺はあなたに感謝してるんですよ。あなたの事、マッドサイエンティストだなんて俺達は1ミリも思っちゃいないよ。」
「そうだ、俺もヨッシーと同じだ。だから謝ってんじゃねぇよ!むしろ俺達は、チサトっちの病気を担当してくれたのアンタで良かったと思ってるからさ。」
「そうやで。ずっとずっと私らが見てない所で、私らの大切な友達救ってくれて、ほんまおおきに。苦しいはずやのに頑張って話してくれて、ほんまにほんまに、おおきに。」
そして3人は、雛川ドクターの肩に手を置いた。
彼らの悲壮的な表情を目の当たりにして、雛川ドクターは少しだけ動揺していた。
そして、彼らの言葉を聞いて、雛川ドクターは少しだけ悟ったのだった。
この子達が知束君の友人か。
彼が言ってた通り、優しい子達じゃないか。
あぁ、本当に、この子達の元へ返してやりたかったなぁ。
すまんなぁ、私に力がなくて。
本当に、ありがたい話だ。
雛川ドクターはそっと目を閉じた。
その表情に後悔の感情は一切無く、少しだけ嬉しそうな顔をしていた。
窓から輝く月明かりが雛川を照らし、また研究施設に静けさを残して、彼は召される様に息を引き取った。
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