【第5話】『 賽は投げられた 』






⒍花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第5話〉『 賽は投げられた 』





 椎菜との面会を終えて、僕は差し入れされた品々を受け取っていた。


 どうやら、孝徳は本当にエ◯本を差し入れしたらしい。


 こう見えても、僕はエ◯本を嗜まない。

 なぜならネットがあるからである。いや、そもそもそんな本に興味は無い‥‥‥。まぁ、ちょっとだけある。


 いや、そんな事はどうだっていい!!


 僕はこの本を返却しようかと考えたが、せっかくなので記念に取っておく事にした。


「まったく‥なんでこんな小っ恥ずかしい気持ちにならなきゃいけないんだ‥‥。」


 そんな事を口に出しながら軽い気持ちで差し入れ物を整理している。

 すると、その中から一冊の本に目が止まった。

 その本はとても分厚く、まるで国語辞典のような重量だった。


「なんだこれ?」


 そう言いながら、僕はその本を少しだけ開いてみる事にした。


 その本は、少し汚れていて、パッと見た感じでは誰かの日記の様に感じられた。しかし、紙は脆く、カバーは付いていない。


 一体誰が差し入れたのだろう?


 僕は椅子に座り、机の上にその本を置いて、真っ白な気持ちで表紙を捲る。


 するとそこには、今まで見たことの無い言語で文章が書かれていた。どうやら、アルファベットでは無いようだ。

 アラビア語?ヒンドゥー語?いや、違う。この言語をネットで調べても一切出て来ない。僕の知らない言語だ。


「なんだこの文字、見た事ないな。クークル翻訳を使ってみるか?」


 もしかしたら、世界のどこかで、この文字が使われているのだろうか?と考えたが、明らかに調べても出て来ない。


 となると、誰かが適当な言語を作って書いたのだろうか?とも考えたが、それも考え難い。


 なぜなら、その本に書かれてある文章には、全て文法的な統一性があり、単語や文節もよく出来ている気がした。


 それに適当な言語でこの分厚い本を書く理由が見当たらない。

 見た所、コピー機や印刷の後はなかった。この本は全て手書きで書かれている。


 本当に不思議な本だ。

 そう思って僕はパラパラとページを捲った。

 しかしその本には、何ページにも渡って、知らない文字がびっしりと書かれている。


「一体なんなんだろう?この本は…。」


 しばらくその本を見ていると、あるページに一言だけ日本語で書かれてある文章を見つけた。


「あれ?ここ、日本語で書かれてある‥‥。『私はアデヌ。約束を果たす者なり。』って、なんだこれ?」


 その言葉を口に出した瞬間、急にその本が輝き、光を放ち始めた。


「うわぁ!」


 その瞬間、僕は本を手放してしまった。しかし、驚く事にその本は空中に浮遊していたのだ。


 それを見て僕は声を出して驚いた。

 さっきまで読んでいた本が急に光出し、今誰も持っていないはずの本が宙に浮かんでいるのだ。


 しかし、驚くべき事はそれだけでは無かった。

 なんと本に書かれてあった未知の文字が一斉に浮かび上がり、部屋の中を自由自在に飛び回っているのだ。


「うわー!!何が起こっているんだ‥‥‥?!」


 僕は思わず声を出して動揺した。

 すると部屋中を飛び回る文字が、次々に僕の体へと流れ込んでくる。まるで僕の体に文字が吸収されていく様だった。


 本から放たれる光は尋常じゃない程眩しく、部屋全体を覆い隠すほどの輝きである。


 そして体の中に吸収される文字と一緒に、様々な言葉や知識が頭の中に刻まれていった。


 《ア‥‥カ‥‥キ‥‥モン‥‥カリ‥ア‥‥エニ‥‥‥ロベ‥‥バ‥‥ガザ‥‥ヒ‥‥ル‥‥ラグ‥‥アイ‥‥イ‥ガー‥‥オ‥ルピ‥‥シ‥‥テ‥‥ゼラ‥‥ペチュ‥‥ジギタ‥‥フ‥‥》


 《ケ‥‥モナ‥ダ‥‥‥ヒ‥‥コ‥‥クレ‥‥アジ‥セン‥‥フ‥‥リシ‥‥ヒメ‥‥ダ‥‥カン‥‥ディ‥‥ゼニ‥‥チャ‥‥バジ‥‥ス‥‥クチ‥‥‥ム‥タイ‥‥ダ‥‥‥オイ‥‥サ‥‥アサ‥‥‥》


 僕の体の中に流れ込む言葉が、本に書かれてある内容だとすぐに分かった。

 その証拠しょうこに、さっきまで意味の分からなかった文字が、今ははっきりと頭の中で理解できる。


 その情報量は、僕の脳のストレージを完全にオーバーヒートさせるには充分すぎる程の物だった。


 《ト‥‥サル‥‥‥ケイ‥‥ハ‥‥ファ‥‥シオ‥‥ミセ‥マム‥シ‥‥ヤ‥‥サザ‥‥キ‥‥チ‥‥マ‥‥‥ホク‥‥カト‥‥シクラ‥‥リ‥‥ス‥‥ビ‥‥シラ‥‥ギン‥‥‥スケ‥‥コ‥‥ス》


 なんだこれ、一体何の事だ?

 頭の中に情報と一緒に流れ込んでくる。

 ヤケに右目が熱い。そして、体から力が出せない。


 そして僕は、一気に力が抜けて床に倒れた。しかし、情報はまだ頭の中に流れてくる。


 その情報は記憶のようで、感情の様で、エネルギーの様だった。

 そのまま僕は、何も出来ず、何も考えられない状態へと落ちていった。


 《ク‥‥ン‥‥マム‥‥サム‥‥‥ル‥‥セカ‥‥ショ‥‥‥サイ‥‥リア‥‥‥リア‥ネ‥‥‥‥ジュ‥‥‥クルシ‥‥ラ‥‥キュラス‥‥カンパ‥‥メディ‥‥‥タチ‥‥アガパ‥‥ス‥‥‥トロ‥‥‥‥ストマ‥ルド‥‥ノウ‥‥ズラ‥‥‥ラータム‥‥ファレノ‥‥‥デンド‥‥‥‥シン‥‥‥ウム‥‥ジウム‥‥‥ミペディ‥パ‥‥‥ィルム》


 ‥‥‥さっきから頭に浮かんでくるこの単語は、一体何の言葉なんだ?

 この記憶は、一体誰の物なんだ‥‥‥??

 この気持ちは、誰の気持ちなんだ‥‥‥??


「答えろ、ソロモン。お前は何を隠している?!」


 その時、僕の口が勝手に動いた。

 いや、確信があって口に出した。しかし、口に出した言葉の意味を僕は何も理解出来なかった。


「え‥‥‥?ソロモン‥‥‥。一体、何の話だ‥‥‥?」


 これまでの人生で“ソロモン”なんてワードを使った事は一度も無い。

 なぜこんな事を言ってしまったのか?と疑問に思い、僕は戸惑い続けた。


「誰かの‥‥名前だった気がするのに。誰だっけ‥‥‥?」


 その戸惑いが晴れる事は無く、僕はそのまま床で気を失った。


 最後に覚えているのは、“知らない誰か”の憐れんだ表情だった。


 薄水色の髪に、白い大きなTシャツを着た女の子が、目を閉じる瞬間まで、ずっと僕を見ている気がした。

 少し悲しそうな表情で。


 その顔を最後に僕は目を閉じた。


《 ヤクタ・アーレヤ・エスト(賽は投げられた) 》



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