【第4話】『 溢れ出す想い 』






 ⒌花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第4話〉『 溢れる想い 』






 施設のフロントには、義也、マヤ、孝徳の3人が、椎菜の事を待っていた。


 そして面会が終わった椎菜が、エレベーターを降りて3人と合流する。


 椎菜は暗い顔をして、3人の元へやって来た。


「ちゃんと伝えられたのか?ちさとっちに愛の告白。」


「んもぉ~、タカノリはデリカシーが無いんやから黙っときーや!!」


 茶化した様子で聞く孝徳にマヤが反論した。それに対して孝徳も反発する。


「んだとぉ?!俺だって気つかってるし!」


「‥はぁ、椎菜ちゃん、こんなアホほっといてアタシらだけで行きましょ」


「やっぱ、マヤちー冷てぇ!」


 そう言いながら4人はフロントを出て、研究施設の近くにある公園へと向かった。


 空は少しずつ暗くなっている。


「ベンチあるから、そこで話さね?」


「んじゃ、メンズは立っといてな?」


「はぁ?!なんでだよ!」


「だってベンチ1つしか無いんやし。レディーファーストや」


「だったら仕方ないか。」


「それでええんかい。」


 そう言って、ベンチには椎菜とマヤの2人が座り、義也と孝徳は2人の前で立っていた。


 公園には、噴水や滑り台などの遊具が寂しそうに置かれている。


 時刻は19:14。公園の中には錆びれた時計も置かれていた。

 夏の日差しはまだ残っており、ベンチの側で屯う4人の事を夕日が優しく照らしていた。


 しかし椎菜は、相変わらず暗い表情をしながら黙っていた。


「んで?どうだったんだよ。アイツ」


 沈黙に耐えられなかった孝徳が椎菜に問いかけた。だが、椎菜は何も答えず、ただ下を向いたままだった。


「なぁ孝徳、俺と一緒にジュース買いに行かね?」


「ジュース?なんで?」


「いいからちょっと俺について来い。」


「ちょ、お前、腕引っ張んなって!!」


 義也はそう言って、少し強引に孝徳の腕を掴み、公園のトイレの裏にある自動販売機まで引っ張っていった。


「んだよヨッシー、椎菜ちゃんの告白の答えが気になんないのか?」


「うるせーなー、何かあったに決まってるだろ?お前もう少しアイツの表情見てやれよ」


 義也は気づいていた。面会室から戻ってきた椎菜の様子がおかしい事に。

 孝徳は義也の言葉を聞いて、ようやく理解した。


「‥‥‥なにかって、チサトっちが椎菜ちゃんの告白をOKしない訳無いだろ?」


「俺にも分からん。でも、あんな顔の椎菜は今まで見た事がない。」


 義也は、デリケートな話は女子同士の方がいいと判断して、孝徳とあの場から離脱したのだ。


 きっと“何か”があったのだろう。それで無くとも、椎菜の心情的に、複雑な事があったのだろう。

 義也はそう思い、椎菜の事をマヤに託したのだ。


「とにかく、少しここで待ってようぜ。後はマヤがなんとかしてくれる。」


「なんとかって、そんな無責任な‥。」


 ベンチに取り残された2人の間には、沈黙が続いていた。マヤも、椎菜の変化には気づいていた。


 元々は今日、椎菜の背中を押す意味も込めて、彼らを2人きりにしたのだ。


 しかし、戻ってきた椎菜は、赤嶺知束アカミネチサトに思いを告げられた顔はしていなかった。その顔は、絶望感とも、失望感とも違っていた。


 マヤは沈黙の中、椎菜に優しく問いかける。


「椎菜ちゃん、どうかしたん?」

 

 マヤが椎菜に問いかけるも、椎菜はなにも反応しなかった。

 

「何かあったんやったらアタシになんでも言ってええんやで?椎菜ちゃん、1人で抱え込んじゃダメやで‥‥?」


 椎菜の横顔を見ながら、マヤはゆっくりと椎菜に語りかける。


 すると椎菜の目からポロポロと涙が溢れてきた。


「‥‥‥知束チサトくん。別れ際にね、私に無理しないでって言ってくれたの。本当は、彼が1番辛いはずなのに。私、知束チサトくんに会えてとっても嬉しかった。でも、とっても苦しかった。なんでかな、凄く苦しい。」


 そう言って椎菜は自分の手首を強く握った。そんな椎菜の手をマヤの手が優しく包み込んだ。


「なんで、知束チサトくんが辛い思いをしないといけないの?知束チサトくんいつも頑張ってるのに。部活も勉強も、誰も見てない所で努力してるのに。神様は、なんでこんなイジワルをするの‥‥‥?」


 空には少しずつ星が浮かび始める。まるで椎菜を見下ろしているかのように光っている。


「こんなのあんまりだよ。知束チサトくんは、とってもいい人なんだよ。 知束チサトくんは優しくて、キラキラしてて、本当は私なんかじゃ釣り合わないくらい素敵な人なの。 さっき知束チサトくん言ってた、退院したらまた皆んなで遊びたいって。100点満点の笑顔で私に語りかけるんだよ。次は何しようかなって‥‥‥。」


 マヤの手に椎菜の涙が溢れ落ちる。そしてマヤはギュッと椎菜の事を抱きしめた。


「‥‥‥しいなちゃん。」


 日が沈み始め、徐々に電灯の方が明るくなっていく。その電灯がベンチに座る2人を照らしていた。


 自動販売機に居た義也と孝徳が、2人に見つからない場所で会話を聞いている。


「‥‥‥ヤダよぉ、知束くんに会いたいよぉ。ずっと一緒にいてあげたいよぉ。早く知束チサトくんを助けてあげてよ。」


 椎菜はマヤの服をギュッと掴み沢山の涙を流した。

 マヤの目からも涙が溢れ出した。そして力強く、そして優しく、椎名の事を抱きしめる。


「椎菜ちゃん、溜め込んでたモン全部吐いて。じゃないとアンタが救われへん。」


 マヤがそう言うと椎菜の感情が更に溢れ出した。

 椎菜はマヤの胸の中で大きな声を上げながら泣いた。

 知束チサトくん、知束チサトくん、と何度も名前を呼びながら、何度も息を切らしながら、声が枯れるまで泣いた。


 背中|越しに聞いていた孝徳と義也も、その声を聞いて涙を抑えようとしていた。


 1番辛くて痛い思いをしているのは、赤嶺知束アカミネチサト本人だ。

 それなのに知束チサトは友人の前で決して弱い所を見せなかった。


「クソッ。チサトっちのくせに、椎菜ちゃん泣かせやがって‥‥‥。」

 

 孝徳がボソッと呟いた。

 そんな様子を横で義也は見ていた。

 

「なぁ、ヨッシー。俺決めたぜ、余計なお世話でもなんでもいい。俺に出来る事は全部やってやる。ちさとっちが退院したら、ゼッテー幸せになってもらう。文句あるか?!」


 孝徳が立ち上がってそう言った。

 いつもヘラヘラしてて、不器用で、バカな奴だと思っていた孝徳が、今は誰よりも男らしく、真剣な顔をしていた。


「文句なんかねーよ‥‥‥。いいぜ?やってやるよ。知束と椎菜の為だ、なんだってやってやる!」


 そう言って2人は手を取り合いながら立ち上がった。


 夕日は最後の輝きを見せて沈んでいく。

 美しく、多くの光と共に。


 地平線の向こう側、もうビルに隠れてよく見えない。


 これは、赤嶺知束アカミネチサトの知らない場所での出来事だ。



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