【第3話】『 始まり 』






 ⒋花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第3話〉『 始まり 』






2018.8/25






【2018年8月25日土曜日】


 あれから1週間が経ち、検査を終えた17:30。僕は今日も、孝徳達が面会室に来るのを待っていた。


 外の季節はきっと夏なのだろう。僕はこの施設から一歩も外に出られない為、外の世界の状況が何も分からなかった。


 しかし、テレビやネットは繋がっているので、ニュースやその日のトレンドなんかはチェックする事ができた。


 おまけにここに居る間は、無料で漫画や小説が読み放題だった。と言うのも、僕がドクターに注文すれば全て買え揃えてくれるのだ。


 なので僕は、右目の痛みが酷い時以外は、ドクターに注文した漫画や小説を読んで過ごしていた。


 しかし、この施設で不可解な点が幾つかある。


 【問・その一】なぜ隔離する必要があるのだろうか?


 【問・その二】そもそも僕の目の病気は、人に移る病気なのだろうか?


 【問・その三】もしそうだとしたら、なぜ僕にその情報が回ってこないのか?


 【問・その四】そもそも僕が麻酔で眠らされている間、どんな検査をしているのだろうか?


 正直、キリがない程の疑問が頭の中に沸いていた。


 しかし、僕にはどうしようも出来ない。なぜなら、僕には知識が全く無いからだ。


 医療の知識も、病気の事も、全くと言って良いほど自分では何も分からない。


 だから僕はドクター達を信用する事に決めた。


 この病気を一刻も早く治してもらえるのなら。

 この病気が他の誰かにも発生しているのなら、僕はドクター達の研究材料になっても構わないと思ったのだ。


 そんな事を考えながら本を読んでいると、いつの間にか時間は17:56になっていた。


 考え事をしていた為、あまり本の内容が頭に入ってこなかったのだが‥‥。そろそろ孝徳達が面会に来る時間だ。

 僕は今読んでいる本のページに栞を挿して、面会室へと向かった。


 僕の部屋から面会室へのルートは1つだけである。

 部屋を出たら長い廊下をひたすら真っ直ぐに進み、エレベーターでB3から面会室のあるF1まで上がる。

 そしてF1に到着したら『Visiting room❷』と書かれた部屋に入る。


 ちなみに『Visiting room❶』は、いつもドクター達とカウンセリングや診察などをしてもらう時に使用する。


 この施設は何と言うか、病院?と言うより近未来的な刑務所のようだと思う。見た感じではだけど…。


「こんちわ~ちさとっち!!今日はいつにも増して元気そうだな!!良い事でもあったの?」


 相変わらず陽気な孝徳がガラス越しに話しかける。


「別に何も無いよ~。あれ?今日は孝徳と椎菜の2人だけ?」


 どうやら今日面会に来たのは、孝徳と椎菜の2人だけのようだ。

 まぁ、これまでずっと4人が時間を合わせて来てくれていたから、僕も心配していた所だ。

 土曜日は休日だし、1日くらい面会に来ない日があっても別に構わないのだが。1日くらい…。


「こんにちわ知束くん。今日、義也君は陸上の選手権大会に行ってるよ。マヤちゃんは義也君の応援だってさ!」


「あ~、そう言えば今日が夏最後の大会だっけ」


「そうらしいよ~!それで、義也君とマヤちゃんから手紙預かってるから、いつもの差し入れ口に入れておくね」


「うん、ありがとう!」


 こんな日常にも慣れてきた。

 慣れとは恐ろしい物で、ココに来たばかりの頃は不安と恐怖で体の震えが治らなかった。しかし、今となってはココに居る方が安心できる気がしていた。


「そーだ!ちさとっちって本好きだったよな?実は駅前の書店で、お前が好きそうな本仕入れといたからさ、良かったら読んでみろよ!」


「本当?ありがとう!」


「あ‥‥‥、えっちぃ本も入れといたから、椎菜ちゃんにはバレんなよ‥‥‥?」


 孝徳は、僕に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で言った。その顔は、何故だがめちゃくちゃドヤ顔である。

 その後ろで、椎菜が純粋そうな顔をしながら僕らを見ていた。


「タカノリくん?何をコソコソ話してるの?」


「いや~!別に~?????」


 僕は少し苦笑いを見せた。

 孝徳はいつもこんな感じなのだ。世話焼きなのか、気を遣っているのか。

 まぁコレも、孝徳なりの“優しさ”なのかも知れない。そう考えたら、コイツの不器用さも憎めない気がした。


「‥‥‥じゃあ、俺今日は先に帰っから!後は若いお二人でって事で。ほんじゃ、さいならぁああああああ!!」


 そう言って孝徳は、全力疾走で面会室を飛び出して行った。

 その後ろ姿を見て、やっぱりアイツはただのバカなんじゃないか?と思ってしまったが、気にしないでおこう。


 僕の前には、椎菜が1人でポツンと立っている。

 どうやら少し顔が赤いような気がする。夏風邪だろうか?


「アイツ意味わかんないよね~!」


「‥そ、そうだね~!」


 僕はそのまま思った事を言ってみる。しかし、椎菜の反応が少し変な気がする。


 いつもならもっと笑いながら答えてくれるのだが、その様子は少し、よそよそしかった。


 やっぱり風邪を引いているのだろうか?


「孝徳のヤツ、何考えてんだろうね~!」


「‥わ、分からないね~!」


 うん、明らかに椎菜の様子がおかしい。

 どうもさっきから目を合わせてくれない。それに椎菜の顔が異常なほど赤い。凄く熱があるみたいだ。


「椎菜、大丈夫?」


 心配になった僕は、椎菜に質問してみる。

 しかし椎菜は、オドオドした表情で「だ、大丈夫だよ~」なんて、見え見えの嘘をついていた。


 きっと、隔離されている僕に心配させまいと気を遣っているに違いない。

 そんな事を考えていると、少し間を開けて、椎菜が目を泳がしながら質問してきた。


「ねぇ、知束くん‥‥‥。知束くんは、病気が治ったら、まず何をしたい?」


「んー、そうだな。今まで考えた事無かったから、これと言ってしたい事とか無いかも」


「‥‥‥そっか。」


「強いて言うなら、皆んなで遊びに行きたい!ほら、高1の時みたいに5人ではしゃぎまくってさ!後カラオケにも行きたいな!皆んなで日帰り旅行とか楽しそうだし、そう考えたらやっぱやりたい事いっぱいあるかも!」


「‥‥‥それいい、楽しそう!」


 つい調子に乗って、やりたい事を熱く語ってしまった。しかし、椎菜はそれに乗ってくれた。

 それどころか、さっきまでとは違い、僕の目を真っ直ぐに見て話を聞いてくれる。


 思わず僕も、熱を込めて話し込んでしまった。


「後、マヤちゃん家のラーメン食べに行きたい!」


「それは私も食べたい!」


「うん、絶対行こうね!」


 そう言って椎菜は僕の他愛もない話を聞いてくれた。


 『 もしも、この病気が治ったら? 』


 『 もしも、退院する事が出来たらなら? 』


 僕はそんな事をこれまで考える暇も余裕も無かった。その反動で、今日は久しぶりにテンションが上がってしまった。


 本当は、皆んなとやりたい事が沢山あった。しかし、僕はいつの間にか忘れていたようだ。


 だからこそ、これからはちゃんとこの病気と向き合う事に決めた。少しでも早く、皆んなの元へ帰れるように。

 絶対に治して皆んなともう一度、思いっきり遊びたい!


 その日、僕の心に新しい目標が生まれた。


 そうして長々と話をしていると、面会終了のブザーが鳴った。

 そのブザー音を聞いて、椎菜は名残惜しそうに言った。


「じゃあ‥‥。また来週も来るね」


 椎菜は毎週欠かさず僕に会いに来てくれる。僕にとって、それが少し申し訳ないような、心配なような‥‥。

 とにかく、椎菜には椎菜の人生があるのだから、あまり僕の為に気を遣わせないようにしたい。


「あんまり無理しないでね。毎週来てくれるのは嬉しいけど、ほんとにたまにでいいから。無理しないでね」


「‥‥‥うん、分かった。」


 そう言って椎菜は面会室を出た。

 いつも通り椎菜の後ろ姿を見送った僕は、そのまま自分の部屋に戻るのであった。





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