【第6話】『 予言 』

 





⒎花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第6話〉『 予言 』






 研究施設ではずっと警報音が鳴り響いていた。なぜなら、被検体a06“アカミネチサト”の意識が完全に無くなったからだ。


 ドクター達は慌てた様子で防護服を着用し、赤嶺知束アカミネチサトの部屋へと入って行った。


 するとそこには、うつ伏せの状態で倒れている被検体a06赤嶺知束と、一冊の本が置かれてあった。


「赤嶺君、赤嶺知束君!!しっかりしなさい!!」


 ドクター達は必死に彼を起こそうとするが、全く反応が無い。


「被検体Aの06番を発見いたしました。このままアクアリウムへ連れて行きます。」


 防護服を着用した1人のドクターがそう言うと、赤嶺知束の体を担ぎ上げ、そのまま研究室へと連れて行った。


「様子はどうだ?」


「ええ、全く反応は有りません。彼の体は死んでいるように冷たいです。体温は異常な程に低く、心拍数はほとんどありません。」


「そうか、ならやむを得ない。彼を連れて来たら作業に取り掛かれ。」


「分かりました。」


 ドクター達はそのまま知束を連れて行った。


 同時刻、研究施設の上空には、黒いローブを着た謎の集団が宙に浮きながら絨毯じゅうたんの上に立っていた。


 彼らは全員、顔に布を巻いており、そこにはそれぞれ違う文字が記されていた。


「萩」「薺」「椿」「薊」「天」「茨」「藤」「鬼」「蓬」


 月明かりに照らされ、彼らの中心にいる「天」が世界に向けて言い放った。


「《 カタストロフィ《時よ滅べ》 》」






 ◇






 ドクター達は“被検体a06アカミネチサト”を大きな水槽の様な装置が置かれている部屋へと連れてきた。


 そこはまるでSF映画に出てくるような真っ暗な部屋に、多くの医療機材やライトが設置かれている。

 

 部屋の奥の方には、青色に光るアクアリウムがあり、それを稼働させる為の装置やモニターが幾つも動いていた。

 

 そしてドクター達は意識の無い赤嶺知束にAEDを施し、バイタル反応を確認する。しかし、全く反応は無い。


 科学者達は一同に何が起きているのかを議論し始めるが、結論は出なかった。


「彼に脈拍は無く、数値で言えば死んでいる状態とも言えます。しかし、彼にはまだ息がある。これは一体どう言う事でしょうか?」


 真っ白な白衣を着た科学者達は、完全に理解が追いつかなくなっていた。


 すると、そんなドクターの中の1人が、他の科学者達にこう告げた。


「諦めるな、この子を生かすも殺すも我々次第だ‥‥。この子をアクアリウムに移せ、私が赤嶺くんの治療をする。」


 そう言って赤嶺の体は、服を着たまま透明な謎の液体が入ったプールの中に入れられる。


 アクアリウムとは、正面から見ると縦に長い長方形、上から見ると円の形をしている水槽のような装置だ。


 そして、そのアクアリウムの前に立っていたのは、1週間前に知束に声をかけたあのドクターである。


「機材チェックを怠るな!彼に精神安定剤を打ち込め、何としても彼のバイタルを正常値に戻すぞ!」


 彼の名前は“雛川修ヒナカワシュウ”、明医大のゴッドハンドと呼ばれている名医の1人だ。


 そんな彼が尽力を尽くすこのプロジェクトには、赤嶺知束の知らない多くの理由がある。


「まさかこんな日が来るとは‥‥。」


 そう言って雛川ドクターは、青色にライトアップされたアクアリウムを眺めていた。

 

 知束はそのアクアリウムの中で、腕や首筋に沢山の管が通されている。そこから赤嶺のバイタルや血圧を測定しているのだ。

 

 その姿はとても痛々しく、右目は半分だけ開いており、ピンク色に光沢している。


「雛川ドクター、彼の正体は一体なんですか?」


 1人の新人ドクターが雛川に問いかけた。そして雛川は、このプロジェクトの真実を語り始めた。


「3ヶ月前、彼の体を調べた時の事を覚えているか?」


「はい。第一回身体調査ですよね?」


「その時、彼の体には何の変化もなく、健康体である事がわかった。右目に関しても異常は無く、むしろ平均より視力が高いはずの数値だった。」


「はい、当時は我々の間でも議論の対象となりました。」


「だが、もう一つ分かった事がある。それは、彼の体は“”と言う事だ。」


「成長が止まっている?どう言う事ですか?」


 疑問を抱く新人ドクターに、雛川は、これまでの数値や結果をホワイトボードに書き出して説明し始める。


「本来なら、思春期を迎えた子供の体は第二次成長期と呼ばれる段階にある。子供の体から大人の体へ成長する為に体細胞分裂を繰り返し、少しずつ変化していくはずなんだ。しかし、彼の体のDNAはある日を境に細胞分裂を一切していない。」


「細胞分裂をしていない?!じゃあどうやって彼の体は健康を維持しているのですか?」


「恐らくだが、彼のDNAに問題があると思われる。近代ではゲノム編集技術があるくらいだ。しかし、彼は身に覚えが無いと言っている。」


「そんな、じゃあ彼の病気とは?」


「我々にもまだ決定的な事は何も分かっていない。しかし、彼の唾液や血液から採取したDNAを調べた結果、ある日を境に彼のDNAは変化したようだ。」


 そう言って雛川は他のドクター達にパソコンのモニター見るように指示した。


「コレを見てくれ、彼のDNAの染色体と、一般的な人の染色体を比較した物だ。彼の染色体は、明らかに我々が持つXY染色体とは異なる。コレは明らかに稀なケースだ。仮に彼の持つ染色体をHと名付けよう。このH染色体を持った人間はこれまで人類史の中には存在しない。つまり、彼は細胞単位で進化を遂げた存在か、はたまた人間では無いかのどちらかだ。」


 雛川はドクター達に説明した。

 そして、知束の様子を眺めながら、また同じ口調で語り始めた。


「3ヶ月前、とある預言者が私の元にやってきてこう告げた。」


『異界より来たりし悪魔の再臨に気をつけよ。薄桃色の目を持った少年の肉体を巡って、魔物はこの地へやってくる。多くの災いと共に。2028年8月25日土曜日、無常の天災により、この世界は消えてしまうであろう。しかし、少年の選択次第では、この世界に再び平安が訪れるであろう。』


「その少年こそが赤嶺知束。日本で生まれ育ち、普通の高校生として生活する少年の正体だ。」


 それを聞き、ドクター達の感じる空気が一変した。

 悪魔などと科学的ではない単語を、あの雛川ドクターが言うわけがない。

 しかし、そんな雛川ドクターの今の言葉に、彼らは底の見えない恐怖を覚えていた。


「‥‥‥世界が消えてしまうと言うのは、一体どう言う事なのでしょうか?」


 また新人のドクターが、恐る恐る雛川に問いかけた。

 しかし、雛川は眉間に皺を寄せ、数秒間口を濁した。


「教えてください。その預言者の言う無常の天災とは一体何ですか?」


 彼らは、覚悟を決めた様子で、また雛川に問いかけた。

 その表情を目にした雛川は、まるで死者の演説を始めたかの様に語り始めた。


「預言者曰く、世界は少しずつ散りとなって消えていくらしい。我々の肉体も、この世の全ての物質も、全てが粒子と化し、何もない、無の状態へと変わってしまうのだ。」


 ドクター達は言葉を失った。その場には、ただ緊張感のみが漂っている。


 そして雛川は付け足すように言葉を並べた。


「こんな話、ただのコジツケか作り話だと思っていた。だがそうも言ってられないのかも知れない。各国のトップ達はこの予言を信じなかった。日本もその一つだ。もちろん私もこの話を信じてはいなかった。だが、現に今、薄桃色の目を持つ少年がココにいるのは事実だ。」


 雛川は再び、被検体a06に目をやった。その目線を追って、他のドクター達もアクアリウムの中にいる被検体a06を見上げた。


「もし、本当に今日が世界の終わりだと言うのなら。これまでの3ヶ月間、我々に出来る事は少なからずあったはずだ。だが過去を悔いる時間も、もう今となっては残されていないのかも知れない。」


「我々に出来る事はもう何も無いと言う事でしょうか?」


 新人ドクターは少し怯えた様子で雛川に問いかけた。


「いいや、我々に出来る事ならまだあるさ。彼を守ればいい。彼の意識がある内は、きっと大丈夫なはずだ。急いで作業に取り掛かろう。」


 その言葉を聞き、彼らはほんの少しの希望を見出みいだした。

 雛川率いるドクターチームは各国の首相や権力者達に現状を電話で伝え、赤嶺知束の意識を取り戻す為に尽力を尽くした。



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