第18話 ダークエルフが気付いたもの

「あ、そういえば明日からしばらく会えなくなるかも」

「おや、そうなんですね。……あれ? でもしばらく教会のイベントなんて何もなかったと思うんですが、なんのお仕事ですか?」

「いや、宝物院で管理してた宝具のひとつがなんかわかんないけど覚醒しちゃって、王都に報告と正規所持者の登録とそれに併せて宝具を管理するための修行をして洗礼を受けて昇格できたら聖地を巡礼して重要な教会ぜんぶにご挨拶しなきゃいけないからなぁ」

「……どのくらいかかるんですか?」

「……5年くらい?」



 ◆



「はい集合! みなさん集合です!! はいはい寝てないで起きてくださいおーきーてー!」

『起きてる』『こんな時間に枠とりやがって』『非常識な時間に枠とるな毎秒放送しろ』『キャラ崩壊どうした』『いつものスカした態度はどうした』『その可愛い言葉遣いをやめろ』

「寝言みたいなコメントは見なかったことにしますが今から寝てる場合じゃない告知をします」

『だから起きてんだわ』『朝4時に通知きてPCつけたこっちの身にもなれ』『急に素に戻るな』『告知って何?』『マイナスなやつはやめてくれ頼む』『杞憂民が湧き始めてる』


 杞憂民さん的には当たらずとも遠からずという報告にわたしも二の足を踏んでいるというか、このことを知ったの昨日の夕方くらいなんですけど、そこから今に至るまでの記憶がほぼないです。たぶんごはんは食べました。お風呂もたぶん入りました。寝……てないですねおそらく。でも記憶はないんですよ、こわいですね。


「あんまり引っ張るつもりもありませんし、別にわたしも卒業しないのでパパッと言いますね」

『はよ言え』『卒業じゃないならええわ、おやすみ』『よーし二度寝だ』

「スコックさんと五年くらい会えなくなりました」

『ええええええええ!?』『待て待て待て待て!』『急に焼夷弾を落とすのやめろ』『ダークエルフと違って人間は心臓がひとつしかないんですよ!?』『予備の心臓を用意するまで待てや!!』


 手のひら高速回転させるリスナーさんたちを無視して、わたしはスコックさんから聞いたままを説明することにしました。あとダークエルフだって心臓はひとつです。

 以前、スコックさんの多忙ぶりはお話していたと思うので、具体的にスコックさんがどんなお仕事をしているのか、という前振りもしたのち、宝物院に収められていた宝具がスコックさんに反応して覚醒してしまったこと、アマルガムでは宝具には「正規所持者」と呼ばれる宝具に選ばれた上で王からその宝具を管理する責務を任される役職があること、そのためには一定以上の立場が必要であること、今のスコックさんではその立場にないため、仮の正規所持者として祈り手の修行を経て「聖祈者」と呼ばれる祈り手の上位職にならなければいけないこと、その修行や手続きにかなりの長期間を要することを、余すことなく。


「ちなみにご本人は「5年くらいで帰ってこれるから平気」みたいな感じで言ってましたけど、普通この手順で宝具の正規所持者になるなら20年かかります。平均20年の最短5年とかじゃなく、最短20年です」

『有能がすぎる』『スコックちゃんくんさてはバチバチに有能だな?』『有能じゃなきゃ教会の宝物院の管理を任されないだろ』『むしろなんで今までヒラだったのか不思議なレベル』

「うーん、祈り手って本来は階級とかないんですよ。教会の管理者としての牧師さんはいますけど、みんな平等なんですよね。あくまで祈り手としての力量に差があるだけで、聖祈者になっても立場的には他の祈り手や信者のみなさんと同じです。ただ、できることや許されることが多くなるので、頼られることが多くなるだけですね」

『給料そのまま責任と仕事だけ増えるやつだ』『クソブラックじゃん』『そもそも給料とかあるの?』『祈り手がこっちのシスターとかと同じなら無い』『クソブラックじゃん!!』

 

 ないですね、お給料。以前スコックさんに聞いた話では、教会が運営する託児園で得たお金を使って生活必需品を供給されるので、お金は一切稼げないそうです。

 しかも祈り手は自分の力でお金を得ることを禁じられているので、修行を兼ねて冒険に出る際はその旨を仲間たちに告げて、仲間たちの助けになることで食事や衣服をもらうそうです。

 

『悲しいことは間違いなく悲しいんだけど、ちゃんと戻って来てくれるならそんなに悲観しなくてもよくない?』『確かに、アイヴィーにしてはわかりやすく狼狽えてるな』

「え、わたしそんなに薄情な人間だと思われてるんですか? わたしだって大事な友達と5年も会えなくなれば悲しみも傷付きもしますよ」

『でもダークエルフ的に5年ってそんなに長くなくない?』『こないだ1年ちょいかかるアニメ視聴を「ほんの1年」みたいに言ってなかった?』『5年も割とすぐでは?』

「え、あ……確かに? ほんとですね。考えてみれば5年……けっこうあっという間ですね。なんでわたしあんなに狼狽えてたんでしょうか。冷静に考えたらファングさんとか特に何があったわけでもなく1年くらい会わない時期とか普通にあるはずなんですけどね。ほんの5年スコックさんと……会え、会えなく……いや無理です。シーベットやファングさんなら大丈夫なんですけどね。なんでスコックさんだとダメなんですかね。あれぇ……?」


 スコックさんが多忙なことはとっくにわかっていたことですし、宝物院の管理をしている以上、正規所持者云々を抜きにしても危険かつ重要な仕事ですので、多少なり会えなくなる期間ができるかもしれないというのは予想できていたこと。事実、他の教会などでは宝物院を管理していた祈り手が暴走した宝具によって重傷を負う事故などもありましたし、逆に宝具に魅了され祈り手としての力を全て剥奪され教会を追放された人もいます。

 そういう意味では、スコックさんの真摯な働きを見ていた宝具が彼を選んだというのは、スコックさんにとっても名誉なことで、王室の許しを得られればアマルガムに数人しかいない「正規所持者」であり霊宝教会にとっても歴史上18人目の「聖祈者」が生まれるというのは素晴らしいことのはず。なのに、どうしてわたしはそれを素直に喜べないのでしょうか。

 友人が名誉ある称号を賜り、国や教会でなく多くの人々から慕われる立場となるために必要な手順と期間。ならばわたしがすべきことは、彼の帰りを待ちながら、5年後の彼に「おかえりなさい」を言う準備をしておくべきなのでは? もしこれがシーベットやファングさんなら、わたしはそうできたはずですし、彼らもスコックさんと同じくらい大事なお友達です。なのにどうしてスコックさんだけが……?


『おっと?』『もしや?』『え、もしかしてアイヴィー……』『いやまだはやい』『アイヴィーってもしかして……』『そこまで言っておいてなんで「あれぇ?」になるんだ』

「おや、なんだかいきなりコメントの流れが速くなりましたね。ちょっと遡りますね。……え? みなさん何かお気付きになることでも?」

『どうしよう、言うべきか?』『確かに無自覚勢の素質はある』『これが鈍感ダークエルフですか』『クソボケがよ……』


 リスナーさんたちの間で困惑と混乱が渦巻いているようですが、わたしとしては何が何やらです。


「ともあれ、スコックさん明日には教会を発って王都に向かうそうなので、今日は午後からお見送りにいかなければならないので、こんな時間に配信しているわけです」

『明日!?』『クッソ急で草も生えない』『これ今の内に言った方がよくない?』『最終確認くらいはしておいた方がいいかもしれん』『アイヴィー気付いてくれ……』

「先ほどからコメントの一部がとても不穏なのですが、わたし何か気付いていないことでも? ……特に背後に気配とかはありませんが、そういうのではなく?」


 しばしコメント欄が爆速で流れていくのを目で追いながら、いくつかのコメントがスーパーチャットで送られてきました。


【アイヴィーにとってのスコックくんって?(\1000)】【なんで他の二人はいいのにスコックちゃんくんはダメなのかちゃんと考えて(\500)】【スコックくんのこと一回ちゃんと考えてみて(\2000)】

「わたしにとってのスコックさん、ですか。そうですねぇ……遡ってみると、ファングさんからスコックさんを紹介された時、彼の第一声には本当にびっくりしましたね」

『普通に自己紹介とかじゃないの』『アイヴィーが驚くレベルの第一声とか何言ったんや』『「うおっ、でっか……」とか?』『それは言われ慣れてるだろ』

「具体的な内容は伏せますが、まさか会って早々に求婚されるとか思わないじゃないですか」

『んんんんんんんん!?』『待って? 本当に待って?』『スコックくんさては勇者だな?』『ひと目惚れ……ってコト!?』『これには宝具もニッコリ』『でもこいつ今のところスコックちゃんくんを「お友達」リスト入りしてるんだぞ』『これには宝具もガッカリ』

 

 いや当時のスコックさん人間換算13歳ですからね。いくら年齢差を気にしない長命種でもさすがにまだ子供だったスコックさんのプロポーズを受け入れてたら魔女とか以前に悪女ですよ! 絶対よからぬこと考えてるじゃないですかそんなの! というかスコックさん未だに未成年ですからね。ウサギ型獣人種の成人年齢は960歳ですから。いや婚姻自体は900からできますしスコックさんギリギリ900超えてますけど。

 

「さすがにお断りしましたよ。当時まだスコックさん800歳にもなってない子供でしたし、きっと他にいいお相手が見つかるでしょうから」

『800歳未満って子供なのか……?』『ま、まぁ人間換算で子供なんでしょ……』『年齢のことはともかく、人並みの常識があれば確かに子供のプロポーズを本気にはできんわな』

「まぁ求婚自体は今も保留中というか、未だに続いているんですけど」

『ダークエルフすぐ爆弾落とす』『隙あらば爆撃するのやめろ』『情報の多段爆撃』『情報の供給過多で心の中のカプ厨が死にそう』『まだ死んでなかったのか、俺はもう死んだぞ』


 いや、それに関してはスコックさんに言ってくださいよ。わたしは何度か諦めるように諭しましたよ。


「で、わたしとしてもなんのお返しもなくスコックさんの求婚をスルーし続けるのはさすがに不義理だと思って先日ちょっとハグしてみたんですけど」

『展開が早すぎて感情が追い付かない』『なんでそれで付き合ってないの』『ハグまでいったならちゃんと責任もって付き合ってさしあげろ』『身長差50cmのハグ……?』『それもうハグというか覆いかぶさってるレベルでは?』『好きな人にいきなり全身を包まれるようなハグをされたスコックちゃんくんの情緒どうなったの』

「なんか「過剰供給です……」って言って倒れましたよ」

『ス、スコックちゃんくーん!?』『残当』『それはそう』『誰だってそーなる、俺だってそーなる』『黙ってりゃ顔面偏差値100億の幸薄系おっとりお姉さんダークエルフだもんなこいつ』


 おっと? まるで口を開けば幸薄系おっとりお姉さんダークエルフではなくなるかのような物言いがコメント欄をチラつきましたが、わたしは今なおバッチリ立派に幸薄系おっとりお姉さんダークエルフですよ? この色白美肌を見てくださいこのピチピチ色白ハリツヤパーフェクト美肌を! ……すみません色白なのは種族的なアレなのでダークエルフマウントでした反省します。


「でもなんというんでしょうね。ファングさんとはまぁ当然ですけどハグなんてしようとも思いませんし、シーベットには軽いジョーク感覚でしても特にこれといってなんの感想も湧かなかったんですけど、スコックさんの時はなんというか、こう……妙にちょっと身構えたというか、少しの気恥ずかしさと安心感を得たような気がしないでもありませんね」

『そこまで言語化できてなんで気付けねーかなこいつなぁ!』『自覚できたとこまでしか言語化がアンロックされないシステムでも搭載してんのか』『このクソボケダークエルフがよ……』

「ただ、スコックさんが他の人とハグするところは想像したくないというか、彼のハグはわたしが独り占めしたい気持ちが無きにしも非ずというか……」

『その調子その調子!』『そうだそうだ行け!』『よーしよしその道で間違ってない!』『気付け! 気付けーッ!』『気振り勢ぞろぞろ湧いてきたな』


 なんでしょうね、あの想像した瞬間に胸の奥から湧き上がるもやもやというか、苛立ちと一緒に込み上げてくる寂しさと悲しさみたいなものは。

 人間の発想力と言語能力があれば、こういった感情にも何かしら表現する方法があるのかもしれませんが、それは今のわたしの辞書には載っていません。


「スコックさんには、わたしとしかハグしてほしくない……」


 ……ん?

 ……いや、待ってください。

 不意に口をついて出た言葉とはいえ、それは、つまり……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る