第16話 サ終と奇跡とダークエルフ

「はい、こんばんは。異世界配信系ダークエルフのアイヴィーですよ。今日は久方ぶりのソロ雑談です。ここのところゲームやらリア友コラボばっかりでしたからね」

『改めて聞くとリア友コラボとか中々聞く単語じゃないな』『プレイするゲームの幅が広いのはいいことだから……』『記憶力と空間把握力が高すぎて需要に合ってないだけだからな』


 まぁ今でこそ異世界から配信していることをみなさん信じてくれるようになりましたが、少し前までは「そういうていのV」としか思われてませんでしたからね。わたしからすればVの方に声かける方がよっぽどハードルが高いですよ。何度か声をかけていただいたこともありましたが、その都度「すみませんわたしVじゃないので生身じゃないとコラボできないんですよ」とお断りするのは心が痛みましたね。たまに生身とVの映像が合成されているのもありますが、わたし別にそういうのに全然詳しくないのでわからないんですよね。今配信してるこれも拾いものをそのまま流用しているだけなので……。なんなら動画編集とかもさっぱりですよ。だからライブ配信しかしてないんです。

 

「そうですねぇ、今のところ特にどれかひとつに固執するようなゲームがない、というのもありますね。長くても2徹すればクリアできてしまうものも多いですし」

『当たり前みたいに徹夜すな』『ちゃんと寝て』『ストーリーに微塵も興味ないもんな』『スキップできるものは全部スキップするからな』『そのせいでプチ炎上したこともあったな』

「わたしが入れ込んだゲームなんてそれこそ……う、うぁ……あぁっ……リーゼぇぇぇ……!」

『あっ』『自分から地雷踏み抜いた』『未だに引き摺ってる……』『サ終はなぁ』『栄枯盛衰』『二年前はアイヴィーの推しゲーがサ終して推しVが卒業して推しアニメのライブが中止になったもんな』

「わたしが推すとそのコンテンツは終わるみたいなジンクスでもあるんでしょうか……。わたしもしや推しにとっての疫病神では……?」

『アイヴィーが珍しくヘラってる』『しょんぼりダークエルフ』『病み属性』『ちょっと男子ー! アイヴィーちゃん泣いちゃったじゃーん!』『推しアニメのライブは来年末に復活発表されたから!』


 リーゼ――正しくは『シュトリーゼ・バニッシュ』……2年前にサービス終了したブラウザゲーム「ガールズオブカンパニー」のキャラクターであり、わたしの最推しでした。

 わたしと同じダークエルフの少女で、サービス開始当初から存在するキャラクターの中では最高レベルのレアリティを誇る一人、いわゆる「初期☆5」キャラで、わたしがそのゲームを始めて最初に回した単発ガチャで出て以来、ずっとわたしのチームを引っ張ってくれた最高に心強い相棒……。それが、二年前までのお話です。

 ゲーム内での評価もそれなりに高く、プレイヤーの中にはこの子を推していた人もSNSではしばしば見かけましたが、基本性能が初期☆5の中でも飛びぬけて高かったためか、この手のゲームによくある「衣装違い」や「イベント衣装」をなかなかもらえない不遇な子ではありましたが、サービス開始から6年が経過してようやく新衣装! わたしは溜めていた石を全て溶かす意気込みでガチャに挑みましたが、たった一発の10連でお迎えに成功。そこからわたしは寝る間も惜しんで新衣装リーゼを育成したのですが……その二か月後にサービス終了が発表。6年越しの願いがようやく届いたという喜びと幸せの絶頂から急転直下、わたしは絶望の奈落へと叩き落され……発表から3か月でついにそのギロチンは振り下ろされました。


「ガルカン、本当に大好きだったんですよぉ……。実は当時、配信の裏ではそれまで使用できていた薬のひとつが副作用による死亡事故を理由に禁薬指定されてしまって、魔女や医者は大騒ぎだったんです。禁薬に変わる新薬開発のためにアマルガム中の魔女と医者が集まる大会議があったくらいで、とにかく忙しくて……休憩時間にガルカンのメイン画面を開いてリーゼの時報を聞くことだけが心の支えだったくらいなんです……」

『そういえば配信頻度が下がってた時期あったな』『リアルが忙しいことしか知らなんだ』『割とガチめに心の支えじゃん』『そういえば魔女って薬剤師みたいなもんなんだっけ』

「結局、禁薬指定されたお薬に変わる新薬の開発には二年がかりになりましたし、あの時ばかりは本気で配信業引退が脳裏を過ぎりましたよ」

『ガルカン大仕事しとるやんけ』『シュトリーゼいなかったなら辞めてたんか』『サンキューガルカン、フォーエバーガルカン』『フォーエバーだったらよかったのになぁ』『おいやめろ』


 とはいえ、リーゼがわたしと配信を繋ぎ留めてくれたと思うと、少なくともわたしのアンチが何万人増えてもわたしのファンがたったひとりでもいるなら辞める気にはなれません。

 声が出なくなっても筆談配信をします。目が見えなくなっても音声読み上げ機能を駆使してコメントを返します。耳が聞こえなくなっても動体視力で補いながらゲームをします。何がなんでも、泥をすすってもテーブルにかじりついても配信業にしがみつきますよ。それが、わたしと配信業を繋ぎ続けてくれたリーゼへの唯一の恩返しですからね。


「ちなみにサービスは終了していますが、こちらがそのゲームになります。この左上にいる銀髪の子がリーゼですね。可愛いでしょう? ふふん、わたし自慢の相棒です」

『嫁自慢はじまったな』『ガチの唯一秘書勢だったもんな……』『サービス開始から終了まで一度もメイン画面のキャラが変わらなかったからな……』『唯一秘書勢ってみんなこうなの?』


 唯一秘書勢というのは、『秘書』という特別な役職のキャラクターを最大3人まで持てるにもかかわらず、第二秘書と第三秘書を設定しないプレイヤーのことです。

 秘書設定されたキャラクターは特別な課金アイテムを用いなければ秘書を解除できないかわりに基礎ステータス上限を15%解放され、特定のイベントアイテムを使って解放されたステータスを強化できるシステムなので、基本的に秘書は3人いた方が有利なのですが、わたしを含む一部プレイヤーは推しキャラへの愛ゆえに第二・第三秘書を設定せずたったひとりの秘書と共にイベントやレイド戦に挑み、そして勝利と栄光を掴み取ってきた……掴み続けていた、のに……。


「新衣装リーゼ、もっと見ていたかったです……。綺麗だった……新緑のドレスがまるで花嫁のようで……。通常衣装のリーゼも凛としていて、新衣装とは共にした年月が違うからか、同じキャラクターにもかかわらず心強さが段違いでした。新衣装ももちろん大好きですが、わたしにとっての相棒が通常リーゼであることは今後も変わりません」

『言ってることが未亡人なんよ』『最愛の人(推し)を失ったという意味では未亡人』『そしてそこから怒涛の推し喪失ラッシュだったもんな』『この半月後に推しVがやめて、さらに二か月後に推しアニメのライブが中止になった』『地獄か?』『前世でどんな悪行積んだの?』

「推しVの方もつらかったですねぇ……。まぁわたしそのVを知ったのはチャンネル開設から一か月くらいから入ったのであまり古参ヅラはできないんですけど」

『まごうことなき古参定期』『そんなすぐやめちゃったの?』『2年半でピリオド』『ガチ古参じゃねーか』『ダークエルフ的に2年半が一瞬すぎて古参と新参の境界がわかってないんでは?』『ダークエルフの時間感覚ガバすぎでは?』


 推しアニメも……わたしは第二期から参入したファンでしたが、第二期第一話でグッと引き込まれて翌週の第二話までに第一期をすべて履修し、ファンの方の解釈やアニメスタッフのインタビュー記録からぽろっと洩れた小ネタ、監督の過去作品ネタを網羅して、第二話を見る頃にはすっかり主人公を激推ししていました。あんないい子がなんであんな痛くて苦しい思いをしながら戦い続けなきゃいけなかったのか、主人公の過去とヒロインとの共依存にも似た友情……情緒は一瞬でぐちゃぐちゃになりました。

 第五期にてアニメは終了しましたが、そこまではわたしとしても納得していました。一抹の寂しさはあれど、いっそこのままもう二度と主人公が戦わずに済む世界であれば、その作品の終わりは主人公の戦いの終わりでもあるんだろうと、わたしの中の勝手な解釈ではありますが寂しさを呑み込むことができました。

 が、第一期から第四期までアニメ終了から半年後に劇中歌ライブを行っていたため、ファンにとってはこのライブこそ真のピリオド! ライブなくしてこのアニメは終われない! と誰もがライブに向けて資金調達やうちわ製作に勤しんでいる中、リスナーさんたちの世界では空前絶後の流行り病。演者やファンの安全を重んじ、泣く泣くライブは中止。これにはファンももちろん、SNSではアニメスタッフやライブに向けて練習を重ねていた声優さんからも惜しむ声が洩れていました。


 ですが……わたしは諦めていません。

 リスナーさんのコメントの中にもあった通り、推しアニメのライブは来年末に再開を発表。

 推しVについても、極めて少数ではありますが一度辞めて復活したVの前例がないわけではありません。

 ガルカンは……サービス終了したゲームの復活は絶望的、前例もほとんど聞いたことがありませんが……リメイク作品がいずれ出るかもしれません!

 なのでわたしは絶対に――、


『アイヴィー! ガルカンの公式HP見て!!』『やばいやばい!』『タイムリーすぎんか!?』『アイヴィー早く! 早く公式HP見て!!』

「ガルカンの公式HP? 新グッズの発表でしょうか。いえ……もうサービス終了から2年も経ってるのにいまさらどうして――」



 ――『ガールズオブカンパニー復活!』



「……え?」

『おめでとうアイヴィー!』『こんなことあるんか』『サ終したゲームの復活とか激レアでは?』『開発チームの新作とかじゃなく復活だもんな』『これアイヴィー大丈夫か?』

「うそ……ほんとに? ほんとに帰ってくるんですか? ガルカンが? リーゼが? わたしの……仲間たちが? ……ほんとに?」

『涙声で草』『なかないで』『いやこれ情緒ボロボロでしょ』『まぁさすがに前のデータはなくなってるだろうが』『むしろ推しゲー復活して泣かんやつおる?』『俺だって泣く。誰だって泣く』

「……今日の配信、ここで一端切って一時間後に改めて枠を取り直していいですか? ほんとに、もう……ちょっと、無理です……っ!」

『あっ決壊した』『おつ』『気にせず情緒を整えてもろて』『一時間後の未来で待ってる』


 ……。


 …………。


 シーベットたちが今のわたしの率直な想いを聞いたら、どんな反応をするんでしょうか。

 たかだかゲームひとつ。サブカルチャーなコンテンツひとつに一喜一憂するわたしの姿は、どんな風に映るんでしょうか。

 だけど、わたしにとってあのゲームの世界は間違いなく「存在する世界」だった。リーゼと共に駆け抜けた6年間は、わたしにとって確かな冒険のひとつでした。画面ひとつぶんの境界線の向こうにあの世界は確かに存在していて、リーゼは……わたしの仲間たちはいつもわたしを待っていてくれた。共に強敵と対峙し、それを退け、ちょっとずつちょっとずつ、だけど間違いなく成長し続けた。あの世界に生きる仲間たちと、画面ひとつ隔てたわたしが共有し合う「青春」の日々だった。

 だけどその画面ひとつぶんの境界がある日いきなり閉ざされて……わたしは大事な相棒と大切な仲間たちを失った。ゲームというものへの情熱さえ、置き去りにして。


 ……そんな情熱が少しずつ、息を吹き返している。

 ちょろちょろと燻ぶる火種が、少しずつ大きくなっていくのがわかる。

 わたしの相棒が、仲間が……わたしの青春が帰ってくる!!


「来年の、夏……!」


 待ってて、リーゼ。

 待ってて、みんな。

 絶対に取り戻すから。 

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