第13話 恋愛クソボケダークエルフ

『アイヴィーもしかしてやべーやつでは?』『ガチ英雄譚で草も生えない』『英雄譚と黒歴史は紙一重なんやなって』『本人的には「やんちゃ」の範疇なのがまたね』


 その後、結局ほぼ全ての黒歴史が赤裸々に語られ、わたしが隠蔽してきたこれまでの全てが白日の下となったわけですが、なぜかリスナーさんの反応がそんなに悪くないのはなんでですか……? え、今の間違いなく黒歴史ですよね? 少なくともシーベットとファングさんはこれをわたしの黒歴史と認定した上で喋ってるわけですよね? スコックさんも苦笑いしてるくらいには言い逃れできませんよこれ。なんでリスナーのみなさんちょっと楽しそうなんですか? 他人の不幸ほど楽しいものはないとかそういうアレでしょうか。


「おや? 存外リスナーのみんなには印象は悪くないようだよ?」

『まぁ俺らの世界そういうのだいたい作り話だし』『体験録がそのまま英雄譚になるのはシンプルにすげーなって』『一期一会の冒険譚ってのもいいよね』

「まぁ英雄譚はともかく、冒険はそんなに珍しいことかなぁ。僕は教会にいなくちゃいけないから無理だけど、シーベットさんも誰かを連れだって冒険したことくらいあるよね?」

「もちろん。見聞を広め、自らを省みるという意味でも、冒険を経ずして真の意味で大人にはなれないよ。特に、こんな誰も近寄らない森に住んでいると殊更にね」

『テレビやパソコンの弊害かぁ』『足を動かすことなく情報を得られるからね』『移動も車や電車で楽々だしなぁ』『自分の足で遠出して何かしたり見てみたいってなかなか思えないよな』


 あー、確かにわたしも元々あまり積極的に外に出るタイプじゃありませんでしたけど、このパソコンを手に入れてから出不精が加速した気がしますねぇ。

 ただ、まぁ……なるほど。テレビや電車というのはあまりよくわかりませんが、リスナーさんの世界には情報収集端末や長距離移動手段がありふれている、ということですね。それなら確かに、冒険に出ずとも見聞というか、情報を得ることは可能でしょう。もっとも、情報を得ることと見聞を広げるということが常に同じかどうかは、少々物申したい気もしますが、敢えて言う必要もないでしょうからやめておきます。

 まぁ簡単に言うと画面越しに得た情報は実際に体感した経験に勝ることがない、という意味です。言いませんけどね。


「冒険、楽しいですよ。旅を共にする仲間がいれば楽しさも心強さも万倍です。ねぇ、わたしの黒歴史を誰よりも率先して晒し上げたファングさん?」

「…………」

『ファングてゃんを脅すな』『尻尾を丸めてるファングたそ可愛い』『なんでムキムキ筋肉だるまがこんなに可愛いんだクソッ』『新しい扉を開いた気がする』『閉じろ』


 みなさんファングさんに甘くありませんかね。いえシーベットとスコックさんにも甘いですね。なんでわたしにだけ厳しいんですか?

 よその子と自分ちの子が一緒にいたらよその子には甘くなるのと同じ? それは……はい、そうですね。


『黒歴史と呼ぶにはあまりにもカッコいいからセーフ』『むしろアイヴィーすげーなってなってるからセーフ』『ファングたその怯えた表情かわいい』『スコックちゃんくんにも怯えてほしい』

「カッコいい、ですか……? わたしとしては色んな方に迷惑をかけてた頃ですから、あまり語りたくは……待ってください今すごく邪悪なコメントありませんでしたか?」

『前々からたまに言葉遣いが崩れてるなと思ったら元ヤンだったからか』『あーなるほど』『基本は尊敬語と謙譲語が混ざってるだけなのに、たまに変になるのはそのせいか』

「……けっこう前からキャラ作りはバレていたようだね、アイヴィー。こればかりはさすがに本気で同情す――んふっ、同情するよ」

「は? 今もしかして笑いました? ……ここだと物が壊れるので表に出ましょうか」

「アイヴィーさん! 素! 素が出てる!」





「いやぁ……今日は本当に散々でしたね……」

「主に君がね」

「原因の5割がいけしゃあしゃあと……」

「よせ、ケンカは、よくない」

「残りの5割がいけしゃあしゃあと!」


 配信終了後、みんなでお茶会の片付けをしながら今日の惨劇っぷりを振り返って、シーベットとファングさんの追い打ちがわたしの背を刺しました。

 もうわたしの心のオアシスはスコックさんだけです。わたしが「スコックさん!」と泣きつくようにハグをすると、彼は困ったような笑顔でわたしの背中をぽんぽんして……えっ、なんですかこの母の抱擁を受けている感じ! なるほどぉ……時たまコメント欄に見かける「オギャる」「バブみ」「ママみ」というのはこういうことだったんですね。これが……これがママみ……!

 こちらの世界にない言語の大半は、彼らがネット界隈で勝手に作った造語だということですが、もしやこれらの言語もそれにあたるのでしょうか。だとすれば、彼らの世界は感情や感覚の言語化がとても秀でていると言っていいかもしれません。やはり人間の発想力は偉大ですね。


「スコック、あまりアイヴィーを甘やかさないでくれないか」

「いやー、でもまぁ惚れた弱みもあるしねぇ」

「ほう。まだ、諦めて、いなかったのか。意外と、強かだな」

「まぁ少なくとも絶交されないうちは諦めないよ」


 実はわたし、100年くらい前からずっとスコックさんに求婚されてるんですよね。

 まぁアマルガムにおいて異種族婚というのはさほど珍しいものではないですし、長命種が多いので年齢の差はあまり気にしていないんですが、今のところスコックさんを異性として愛せるかどうかというと、友達として仲良くしているだけでも十分に楽しいので「もう少し様子を見てからでいいですか?」と言って100年くらい経ってたりします。

 いや、10年や20年ならともかく100年も待たせるな、というシーベットたちの意見は尤もなんですが、当時のスコックさんまだ800歳ちょっとなんですよね。人間で言うところの13歳くらい。いくら長命種で情緒も実年齢相応に大人で、年齢差が恋愛に影響がないとはいっても、さすがに見た目が幼すぎてそういう目で見れなかったんです。それに、わたし的にはこの距離感もだいぶ居心地がいいんですよ。

 スコックさんに対して不義理だとは思ったので、本人にも「もし他の異性に興味が移ったのならいつでもそちらに行って構いませんので」と断ってはいるんですけど、本人からは「うーん、僕としてはアイヴィーさんしかいないんだけどなぁ」と苦笑いされただけでした。のちにそれを聞いたファングさんには思い切り殴られましたけど。なんでぇ……?


「絶交だなんてそんな。スコックさんのことはちゃんと好きですよー?」

「じゃあ僕と結婚してくれる?」

「うーん、それはもうちょっとお友達として一緒に過ごしながら考えましょうか」

「そっかぁ」


 なんですか、シーベック。その「本気で言ってる?」「ダークエルフの教えはどうなってるんだ教えは!」「この恋愛カスがよ……」みたいな目は。

 

「アイヴィー、お前は、そろそろ、スコックに愛想を、尽かされても、文句を、言えないぞ」

「う、うーん……それはさすがに堪えますねぇ。まだ恋愛的な目は向けられませんけど、スコックさんのことは普通にお友達として大好きですからねぇ……」

「ン゙ッ……!」

「ああ、君それでクリティカルヒット受けるくらいにはベタ惚れしてるんだね……」


 うーん……確かに問題を先延ばしにするだけして、こちらから歩み寄る態度さえ見せないというのは不義理に不義理を重ねている気もしないではありませんね。

 しかし友情と恋愛の差とは……? 友達と恋人の差とは……? わたし、そもそも婚姻を行うまでは清い身でいるつもりですし、友達のままでもスコックさんのことはだいぶ特別扱いしているつもりですよ。少なくとも、仕事に関係なく家に入れるのはここにいる三人だけですからね。つまり、シーベットとファングさんよりもさらに特別な存在? いえ、特別とは何も上位互換という意味ではなく、カテゴリを別分類にする、という意味も含まれるのでは? つまり「友達」フォルダとは別の「恋人」フォルダを作るということ? だとして、やはりその境界というかフォルダを分けるための基準のようなものがほしいです。


「……わかりました、スコックさん、ちょっとこっちに来てください」

「え? うん」

「こうすれば少しは歩み寄ったことになりますか?」

「え?」


 210センチのわたしと160センチのスコックさんの身長差は50センチ。ハグというよりも「抱え込む」だとか「覆いかぶさる」という表現に近いようにも思えますが、これがわたしなりのハグ。恋愛に疎いわたしが導き出した、わたしからスコックさんへの友愛とは異なる親愛を示す最大の表現方法です。


「わたしからスコックさんへの愛は、今のところこの程度ですが……それでもよろしいでしょうか?」

「か……過剰供給で、す……」

「スコック!?」

「君はさぁ! 0か100しか出せないのかなぁ!? とりあえずスコックくんがもう限界だから離れてあげて!」


 あれぇ? やっぱりこうじゃないんですかね。ハグしていたスコックさんを解放したら、いつの間にか目を回していましたし……うーん、難しいですねぇ。

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