第12話 不意打ちの惨劇
「んー、でも四人集まったからってやることないよねぇ。いつものんびりおしゃべりしてるだけだし」
「それはそれで、というやつさ。元々、お茶会の様子を映すという前振りはしているのだろう? なら彼らも実のある話なんて求めていないはずだ、いつも通りでいこう」
「世間話、というやつだな。とはいえ、おれも最近は、これといって、変化がない。せいぜい、新人の、警備兵の指導に、あたっている、くらいだ」
「わたしも、配信以外ではあまり変化は……せいぜい、グラム単位を導入したところ薬の研究がかなり進んだくらいでしょうか」
あー、と声を揃えるみなさんの感心の声があまりにも薄い。感心だけでなく関心も薄い話題でしょうし、致し方ないといえばそれまでです。
途中、「街の男の子が教会にお祈りに来てくれるようになったよ」と告げると同時、本人を除いた3人がみな「あー」と視線を逸らしたのは、また別の理由かもしれませんが。
スコックさん、実は街の子供たちの初恋ハンターなんですよね。主に男の子の。いや……気持ちはわかりますよ、スコックさんみたいな外見お淑やかな清楚系美少女がお祈りを捧げる姿は誰の目から見ても「美」そのものですし、子供たちが遊んでほしいと頼んだら優しげな微笑みを湛えながら構ってくれますし、泣いてる子がいたらすぐに駆けつけて癒しの祈りを掛けて助けてくれる……そんな人が身近にいたら恋も已む無しと言えるでしょう。そして時を経て勇気ある少年がスコックさんにその恋心を告げ、彼から「真実」を告げられた者の末路を、わたしとシーベットとファングさんは知っています。
(また性癖の壊れる少年がひとり増えるんですね……)
(かわいそうに、もうまともな性癖を持てないだろうね)
(その少年が、また変な、性癖に、目覚めないと、いいが……)
リスナーのみなさんもうっすらと感づいているようで、『あっ……』『あーぁ』『残念だが当然』『誰だってそーなる、俺だってそーなる』という哀れみと同調の交じり合ったコメントがちらりと視界に入ります。スコックさん、自分が女性的な外見である自覚はあるようなんですが、本人は別に女装がしたいわけでも男性に好かれたいわけでもないんですよね……。単にご本人の容姿に合った服装や髪形が女性的だというだけで。
とにかく、この流れはまずいというのは共通の見解であるはず。わたしがシーベットに「あなたは?」と振ると、彼女はすぐに乗っかってくださいました。
「私は最近、一発で納得のいくマカロンが作れるようになったよ」
「シンプルにすごいの来ましたね……」
「もう司書辞めてプロになれるでしょそれは」
マカロン……あのシンプルな外観からは想像できない「難易度詐欺」として有名です。
確かに手順は少ないんですけど、ひび割れのない膨らんだ生地を作るのには熟練の技が必要で、その道のプロでも失敗率の高い「難易度の暴力」みたいなお菓子です。
あれを一発で成功させるためにひたすら修行を続けると、いつしか「メレンゲ」という単語を聞いた途端ひやり嫌な汗が伝うとシーベットは言います。
『マカロンを一発で……!?』『あのマカロンを!?』『うっっっそでしょ』『女子力の無差別暴行事件』『え、マカロンてそんなに難しいの?』『プロでも土下座で教えを乞うレベル』
「ああ、マカロンってそっちの世界にもあるんですね。そしてそっちの世界でも難しいんですね……」
『聞いて驚け、アイヴィーの世界には単位が無い』『えっ分量は!?』『一応グラムは認知してたろ』『計量する器具が秤しかない』『うっっっっそでしょ』『初めて女子力に怯えた』
「ちなみに
『うっっっっっそでしょ』『パティシエールになるべくして生まれた逸材では?』『全世界の菓子職人が羨望に唇を噛み締める才能の塊』『趣味に留めるのが惜しすぎる』
魔秤も使っていない、という言葉を聞いた瞬間、わたしとスコックさんが同時にシーベットへと振り向きました。
お菓子作りは料理と違って分量第一。分量を守らない者にお菓子を作ること能わず。それがお菓子作りに対する共通認識です。しかし魔秤は精度こそ悪くはありませんが、秤という性質上どうしても手間が増えますから、お菓子作りが好きな方でもその手間を嫌う方はそれなりに多いようです。
そしてその手間をカットして、完全に目分量でお菓子作りをしているのがシーベットでした。目分量といっても、彼女の指先の感覚や目測は並外れた精度を誇り、おそらくリスナーさんたちの世界でいうところの「1グラム」ほどの差があれば、彼女は特に何も考えないまま「こっちが重くてこっちが軽い」と分別するでしょう。
「このままではシーベットがお菓子作りの狂気に染まった悲しきモンスターに成り果ててしまいます、ファングさん他に何か話題ありませんか?」
「……アイヴィーの、冒険譚でも、話せば、いいのか?」
「ファングさん、まだ命は惜しいでしょうに……残念です。あなたは良き仲間でした」
「待て、魔法杖を出すな。別にいいだろう、ここにいる、仲間はみな、大なり小なり、知っていることだ」
「リスナーさんは一切なにも知らないんですよ!!」
えっ、というお三方の声が揃いました。そして――シーベットの意地の悪い笑みがこちらを捉えます。
「よし、じゃあ今からアイヴィーの冒険譚あるいは武勇伝を時系列に関係なく思いついたやつから話す会をしようか!」
『冒険譚?』『アイヴィーの武勇伝is何』『黒歴史発表会はじまったな』『異世界冒険譚とか絶対おもろいやーつ』『絶対誰かが時系列順にまとめるという確信がある』
とにかくこの三人の中では一番わたしをいじり倒すことに躊躇が無いシーベットを止めようとするわたしですが、普段は司書に落ち着いているとはいえ仮にもハルピュイア。森の奥でのんびり薬屋を営みながら日々まったりと配信活動に勤しんでいるだけのダークエルフが腕力で敵うはずもなく、「まぁまぁ」と笑いながらわたしの両手の自由を奪い、着席させました。
「えっ、いいの? アイヴィーちゃん隠してたんじゃ……」
「リスナーくんたちにはアイヴィーのことを心から愛してもらいたいだろう? そのためにはアイヴィーがひた隠しにしていたところも愛してもらわなければ、そう思わないかい?」
「スコックさんを言葉巧みに騙そうとしないでください!」
「なら、まずはおれから、いかせてもらおうか……」
「なんでファングさんはいつになくやる気なんですかぁ!」
いやわかってますよ! この中でわたしと一緒に冒険してたのファングさんだけですからね! 一番わたしの「冒険譚」を間近で見てましたもんね!
あぁ……わたしの平穏な「穏やかでのんびりしたお姉さんダークエルフ」像は今日でさよならするんですね……。ありがとう今日までのわたし。よろしくやんちゃ時代のわたし。
「まずは、やっぱり、アレだろう。『ドラゴン殺しの蔦』」
『待って?』『ツタ?』『ツタって植物の蔦?』『なんで蔦がドラゴン殺してるんですかね……』
「あれ以降、アイヴィーの二つ名が、『蔦の魔女』に、なったくらい、有名な武勇伝、だからな」
「ドラゴンの体を蔦で巻き付けるところまでは私でも想像できたんだけどね」
「まさかドラゴンの首を絞めつけて切り落とすとはさすがに思わなかったよ……」
『ヒェッ』『絞め殺すとかなまっちょろいこと考えてすんませんでした』『蔦で?』『そうはならんやろ』『なっとるやろがい!』『蔦って丈夫なんだなぁ』『子供泣くわそんなん』
「あーあー! 聞こえません聞こえません聞こえませーん!!」
いいじゃないですか蔦でドラゴン殺すくらい! 炎のブレス? 効きませんよ耐火属性のエンチャントつけてるんですから! 引き千切られる? 対ゴーレム捕縛用の蔦ですから靭性は鋼鉄を上回りますよ! 咬み千切られる? ドラゴンの牙がボロボロになりましたが!? だってわたしダークエルフですよ!? ダークエルフの木属性魔法を突破できる種族がいるんなら見てみたいですね!!
「アレとかは? あのダンジョンに一歩も入らないまま最深部の宝箱を取り出して開錠したやつ」
「あぁ、探査魔法かけて全エリアをマッピングして蔦をダンジョン全域に浸食させて宝という宝を全部取り出した上にミミックだけ返して最終的に入り口も蔦まみれにして封鎖したっていう……」
「安全策! 安全策をとっただけです! 入り口を封鎖したのもミミックしかないあのダンジョンに入って犠牲にならないようにという心遣いのつもりなんです!」
『ダンジョンの外から攻略されるとかいうダンジョン製作者の天敵にしてダンジョン攻略者の恥晒し』『後年もし誰かが「蔦に封印されたダンジョン」とか言って入ったら事件では?』『なるほど大惨事じゃねーの』
い、一応あの蔦ドラゴン退治にも使用したのと同じ……いえ、同じじゃないですね。あの時の蔦は確か魔力消費が勿体ないかと思って近くにあった植物の蔦を成長させて……あああああまずいです! まずいですよこれは! すぐにでもちゃんとした蔦で封印してこないとリスナーさんの言う通りになりかねません!
「アイヴィーさん、すごい汗だよ?」
「アイヴィー? どうした、お前の蔦が、並の冒険者に、突破されるはずが、ないだろう。落ち着け」
「……アイヴィー。君まさか……」
シーベット、後であのダンジョンまで付き合ってくれませんか……。
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