第11話 かわいいものには囲まれろ

「今日はお友達がいっぱい来ますよ」

『やったぜ』『それを待ってた』『こういうのでいいんだよこういうので』『ダークエルフの交友関係は割と真面目に気になる』『いっぱいってことは複数くるんか』

「今日はいつも一緒に遊んでる三人が来てくれますね。例のヴェアウルフさんもいらっしゃいますけど、内気な方なのであまりいじめちゃダメですよ」

『人狼ニキ陰キャなんか……』『美少女に囲まれる陰キャ人狼は草』『スコックちゃんくんは少女じゃない定期』『敬称が困惑しとるんよ』


 今日は久しぶりにこれといってゲームをするわけでもなくシンプルな雑談配信。ただ、ここ最近このチャンネルが異世界から配信していることを何割かのリスナーさんが信じてくれるようになっていて、以前よりも会話がいくらか噛み合うようにはなりましたね。どうやらこのチャンネルが異世界から配信しているらしい、というのはSNSを中心に情報が出回っているようで、初見リスナーの中にも「異世界配信と聞いて」と、最初からこの枠が配信であるという理解がある状態で来てくれる方もいます。

 ただ、その影響なのか最近では元々少なかったゲーム配信の同接がさらに数を減らしていて、こういった雑談配信や友人たちとのコラボ配信の人気が高まっています。

 おそらく、先ほどコメントの中にもあった通り「異種族の交友関係」というのが彼らの興味を引いているのかもしれませんが、わたし自身としては基本的にのんびりゲームをしながらみなさんとおしゃべりしたいんですけどね。友人たちとも4人でまったりしたいですから、あまり配信を意識してもらいたくありませんし。


「ただ、単にお茶会の様子だけを流しても退屈でしょうし、ミニゲームというか、こんなものを用意しましたよ」

『なにそれ』『箱?』『めっちゃ複雑なパズルみたいな形してる』『コ○リバコとかじゃないよね? 違うよね? 信じていいよね?』『おいやめろ』

「おや、アレをご存知の方がいるんですね。ご安心ください、これはアレとは別……とも言い切れませんね。これは『アレ』を作る前段階の何もされていない普通のパズルボックスです」

『おっと急にホラー案件きたな?』『胸糞前日譚やめろ』『なんでそんなものがあるんですか』『それだとまるで後日『アレ』が製造されるみたいな言い方だけど……』


 どうでしょうねぇ。製造方法が共通かどうかはわかりませんが、コメントの中にはいくつか『胸糞』の二文字が見えているので、たぶん製造方法も同じだと思いますけどね。

 とはいえ、もちろんわたしが『アレ』を作るわけじゃありませんよ。少なくとも女性が作るわけないじゃないですかあんなもの。


「そうは言いますけど、これも魔女のお仕事ですからね。薬を売ったり占いをしたりだけじゃないんですよ。おまじないは「お呪い」と書くように、目的がどうあれ一種の『のろい』であることには違いないんですからね。なので呪具やその材料を売るのもわたしのお仕事というわけです。今回の場合、呪具を完成させてしまうとわたしにも危害が及ぶ上に、製造方法が倫理的にアウトすぎるので木箱パズルだけ作って木箱パズルとわたしのを切ってそれを売るということになっています」

『そうだこいつ魔女だった』『そういえば魔女って呪術とか普通にやるもんだったわ』『異世界特有とはいえこれもビジネスだから俺らは何も言えないよな』『少なくともパズルの時点では倫理的にも全然セーフだし』

「まぁたまに倫理的にも少しまずい呪具とかも作りますが」

『やっぱクソ魔女じゃねーか!』『うーんこの鬼畜ダークエルフ』『ちなみにどんな?』『おいやめろ聞くなそんなもん』『これだから魔女ってやつはよォ!』


 リスナーさんの世界にも魔法の概念はあるそうですが、なぜか魔女に対する風当たりというか、悪印象が強いのはどういうことなんですか……?

 魔法少女、でしたっけ? あれも年若いだけの魔女だと思うんですが、あれが人気でどうして魔女は不人気なんです?


「わたしこれでも魔女の中ではだいぶ品行方正な方……おっと、ようやく誰か来たようなので、少し席を外させてもらいますね」

『いてらー』『最初は誰かな』『スコックくんは早そう』『少なくとも最後ではないという信頼感がある』


 わたしが玄関のドアを開けると、そこには誰もが期待した通りのスコックさんと――、


「こんにちは、アイヴィーさん。今日もお邪魔するね?」

「ひさしぶり、だな、アイヴィー。これは、みやげの、赤胡桃ウォルナッツだ。手ごろな、大きさのものを、選んでおいた」

「スコックさんもファングさんも、いつも時間通りで助かります。シーベットは……まぁ、そのうち来ますから先に上がっていてください」


 210センチのわたしをゆうに超える長身のファングさん。彼はこの森の警備兵をしていて、祈り手として森と街の境目にある教会に勤めているスコックさんとは大の親友です。

 元々、わたしとシーベット、スコックさんとファングさんが親しかったのですが、かつての『やんちゃ』に付き合って共に旅をしてくれた一人がファングさんでした。つまり、スコックさんとわたしはファングさん経由で知り合ったことになるわけですね。そこからわたしもシーベットを紹介して、ここ100年くらいは四人で行動することが多くなりつつあります。


「はい、みなさん待望のスコックさんと、スコックさんの親友でわたしたち四人組いちばんの力持ち、ヴェアウルフのファングさんですよー」

『でっか……』『アイヴィーが小さく見えるとかいう視覚バグ』『ヒェッ』『デカくてムキムキな褐色のイケメンとかいう属性のカロリー過多』『陰キャとか嘘じゃん!』『アイヴィーは内気としか言ってないんだよなぁ』

「異世界のみんな、こんにちはー。スコック・ドレイシーですよぉ」

「ファング・ヴィークだ。アイヴィーが、いつも、世話になっている。今日は、おれも、失礼する」

『マジで何センチあるんだこのヴェアウルフ』『少なくともアイヴィー(210センチ)以上』『230くらいあるだろこれ』


 コメントのみなさんが気にしていたので、試しに以前作ったリボンを使ってお二人の身長を計算してみました。

 

「ファングさんが230弱で、スコックさんは160センチぴったりですね」

「センチって何?」

「異世界の単位のひとつで、長さや大きさを測定する際に用いるものだそうです」


 そう言ってリボンを片付け、コメントへの返事をお二人……特にスコックさんに任せて、わたしはお茶の用意を始めました。

 シーベットとスコックさんはわたしと同じように紅茶を嗜むのですが、ファングさんはあまりお茶の渋みが得意ではないそうで、もっぱらノンシュガーのコピオです。

 いやぁ……やんちゃ時代はわたしも少々あれでしたので、ファングさん一人のためにコピオを用意するのは手間に感じていましたが、今となってみればこれはこれで楽しいものです。

 

「まぁアマルガムだと身長差とかいちいち気にしてたらやってられないけどね。ウェアウルフのみんなは特に長身が多いし」

「ウサギ型の、獣人種は、逆に小柄で愛らしい外見を、しているからな。この二種が、並ぶと、どうしても、その身長差に、視線が向く」

『まぁそれはそう』『ファングさんの喋り口調けっこう特徴的だな』『区切り多いけど聞き取りやすくて助かる』『さてはファングさん結構かわいいキャラだな?』


 待て、というファングさんの困惑と動揺が入り混じった声が聞こえますが、昨日から準備していたチョコレートケーキの仕上げと切り分けをしなければいけないので、助け舟はスコックさんにお任せしましょう。


「かわいい、というのは、スコックの、ことでは、ないのか。少なくとも、おれは、今まで、言われたことが、ない」

『デカくて筋肉ムキムキなのに可愛い』『俺はノーマル、俺はノーマル……』『狼耳ミミと尻尾がすでに可愛い』『尻尾のモフみがすごい』『巨漢萌え、そういうのもあるのか』

「ファングさんの尻尾、ウェアウルフの中でも特にお手入れが行き届いてるというか、毛ヅヤもいいし毛量も多いから手触りがすごくいいんだよ」

「以前、スコックが、くれた洗毛剤を、買い続けている。おかげで、子供を中心に、人間との交流にも、役立っている。感謝する」

『人間の子供はモフモフが好き』『異世界でも人間はモフモフには抗えない』『モフりてぇ……!』『洗髪剤じゃなく洗毛剤なのか』『獣人の必需品なんかな』


 今度はリスナーさんたちの世界には『洗毛剤』がないということにお二人が驚いているようですが、確かに人間しかいないのなら洗髪剤はあっても洗毛剤はなさそうですね。あれは獣人特有の尻尾を洗うためのものですし。ハルピュイアは……雑な人だと洗髪剤で翼を洗うそうですが、そうでなければ洗羽剤を使いますし、これはシーベットの反応も気になりますね。

 そういう意味では、ダークエルフのわたしは長い耳や真っ白な肌くらいしか人間と変わりませんし、そういった不便がないのは有難いことです。


「遅れてすまないアイヴィー! 間に合ったかい!?」

「ノックも呼び鈴も鳴らさず突入してきていること以外は大丈夫ですよ」

『シーベットちゃんキター!』『全員集合?』『ファングさんも最初びっくりしたけどかわいいからヨシ!』『なんだこのかわいい空間は』『アイヴィー許せんな』

「スコックさん、ファングさん。お二人のお茶とお菓子の準備ができ……えっ、どういう流れですかこれ。なんでわたしに矛先が向いてるんです?」


 これ、配信後のSNSに地獄のような炎上リプライが飛んできてたりしませんか? 大丈夫ですか?

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