第8話 レース適正100%の獣人
「……はい、終わりましたよ。背中の皮がだいぶ元に戻ってきましたね」
「あはは、妹にこれを見られた時は泣かれたよ……」
「ノハちゃん、お兄ちゃんのスコックさんにべったりですからね」
わたしという存在が、リスナーさんの世界とは異なる場所にあることが一人の3Dモデラーさんの投稿によって本格的に疑われ始めてしばらく。
それと同日に急患として訪れていたスコックさんの状態もだいぶ良くなり、未だ背中の皮膚には歪な痕が残ってはいるものの、その完治も何年と掛かるわけではないでしょう。
スコックさんの家からわたしの家までは、そこまで遠いわけではありません。しかし、彼は人間たちの住む街からすると森の入り口付近に建てられた教会で「祈り手」としての職務がありますから、そこから直接ここに訪れようとするのなら、相応の時間を要します。それでも、仲の良い妹さんにではなく、わざわざこの家まで来てくれる理由については……思い当たる節がないわけではありません。
わたしと彼と、もっと言えば彼をこの家に連れてきたファングさんも個人的な友人関係にあるのですが、それを差し引いても彼があまり家に帰ろうとしない理由は、やはり妹のノハちゃんが原因でしょうか。彼女は実兄であるスコックさんに対して、やや偏愛的ともいえるほどの執着を見せる時があります。それは兄への恋慕、というよりも、どちらかといえば独占欲のようなものでしょうか。子供がお気に入りの人形を他人に渡そうとしないのと似たようなもので、彼女はあくまで「兄」であるスコックさんを独占したいだけで、スコックさんを男性として想い慕う様子はありませんでした。その点だけは、スコックさんも安堵していたようですが、それはそれとして他の友人と遊べる時間を制限されていることには、思うところもあるようです。
「ここのところ、毎日ここに来ていることは……」
「ああ、大丈夫。背中のためって説明したら納得してくれたから。……自宅で塗るための薬をもらったことは隠してるけど」
「……何かあっても、わたしを巻き込まないでくださいね」
「せめて弁護くらいはしてほしいなぁ……」
スコックさんの弱々しい懇願は敢えて聞き流し、清潔なコットンガーゼと包帯を巻きなおし、薬の片付けを始めます。
衣服を整え終えたスコックさんは、今日は午後休をとったようで、教会ではなくこのまま帰宅のルートを辿るつもりのようでしたが、帰った先にはノハちゃんが待っていることを思い、なかなか処置室を出ていこうとしません。わたしとしては、もうすぐ異世界配信を始めるつもりなので、あまり長居されても困りますが……彼の心労も推し測って余りあります。
「スコックさんさえよければ、一緒に異世界配信しませんか?」
「異世界配信?」
「実は少し前から、こことは別の世界の人たちと交流する手段を得まして……興味があれば、ご一緒にいかがですか?」
「へぇ、面白そうだね。アイヴィーさんのお邪魔じゃなければ、ぜひ見てみたいよ」
せっかくですから、二人で一緒に何かしましょうか。
◆
「今日は対戦ゲームをやろうと思います」
『レースゲーだ!』『特に有名なバグもないし大丈夫そう』『謎解き要素とか無いからセーフ!』『レベルでゴリ押しもできない』『やっぱレースは最高だぜ!』
「ちなみに今回、対戦相手となってくれるのはわたしの個人的な友人のスコックさんです。よろしくお願いします」
「こんにちは、アイヴィーさんの友人のスコックっていいます。みんなよろしくね」
『あれ、シーベットちゃんじゃない』『シーベットちゃん以外に友達おったんかワレ』『うさ耳美少女とはあざとい』『うさちゃんカワイイヤッター!』
あっ、やっぱり異世界の人でもスコックさんのこと女の子に見えるんですね……。
いや……ご本人はショックを受けているところ悪いんですが、その可愛らしい童顔だけでなく、腰あたりまで伸びてゆったりと波打った亜麻色の髪も、朗らかな表情も、物腰の柔らかい態度や言葉遣いも、初見ならだいたいの人は女性的な印象を受けますよ。加えて、本人は自分の外見に合った服装をしているだけのつもりかもしれませんが、たまに女性用のブラウスを着用してることもありますからね。そしてそれを着ていて違和感がないのがまた……。
「あの、僕これでも男だからね……?」
『ファッ!?』『男……男の娘……?』『リアル男の娘はじめて見た』『リアル(異世界)』『野郎が可愛くて頭がバグる』『こんな可愛い男の娘と友達とかリア充すぎんか』
「えぇ……?」
「普通、女性配信者が男性とオフコラボなんて言えば炎上は避けられないんですけど、火元は今まさに横にいるのになぜか燃える気配がありませんね……?」
何はともあれ、初期設定とチュートリアルが終わり、わたしが普段使いしている白いコントローラーを、スコックさんには予備の黒いコントローラーを渡します。
使用するマシンは四輪であったり二輪であったり様々ですが、それぞれに一長一短あり、ひと目でどれがどのように強いのかはわかりませんね。
スピードはわかります。加速ってなんですか? スピードとは違うんでしょうか。車重は……軽すぎると転倒しやすく、重すぎると加速が鈍るんですね。燃費……? ああ、これスピードが基本速度で、加速はブーストなんですね。で、燃費が低すぎると加速回数が減ると。確かにマシンによっては基本速度が高い代わりに加速回数が1回しかないものと、基本速度は普通で加速が2回できるもの、基本速度が抑えめで加速が3回できるものがありますね。キャラクターの性格は……レース運びの傾向みたいですね。プレイヤーの操作とは別に、特定の条件下でアシストを入れてくれるようですが、その条件やアシストの効果が変わるみたいです。
「最初は初期の一番シンプルなコースだよね?」
「そうですね。ひとまず平均的なスペックのマシンを使って練習から――」
「じゃあ僕はこれかな」
そう言ってスコックさんが選んだのは車重がやや軽く加速が3回使える二輪型のマシンでした。あれは……妨害を受ければ転倒しやすい上に、基本速度も低いはずですが……。
訝しげなわたしの視線に気付いたのか、スコックさんはこちらを向いてにっこりと笑うと、やや大柄なキャラクターを運転手に選び、レースが開始されました。
結果は――、
「負けた……?」
『スコックくんつっよ』『いやでも今のって……』『いや、まだマグレかもしれん』『せやせや、たまたまコースに最適なマシンを使ってただけかもしれんし』
「まずは僕の勝ちだね。じゃあ次のステージ、僕が選んでいいかい?」
「え、あ……はい……」
もしかして加速が強いのかと思ったわたしは、先ほどスコックさんが使ったものと同じマシンを選んだのですが、今度の彼はさっきとは真逆で、加速が1回しか使えない代わりに基本速度がやや速く、車重は平均的なマシンに少し重めのキャラクターを乗せ、さっきよりもかなり長めのコースを選択しました。
そんなスコックさんの様子を見て、リスナーさんたちのコメントがざわめき始めました。
『いやこれ絶対わかってるわ』『システム把握するの早いな』『アイヴィーより気付くの早いとかスコックくんさては思ってたよりヤバい子だな?』
「そうかなぁ? うーん……でもまぁ、かけっこ好きな子ならなんとなくわかるんじゃないかなぁ?」
「システム……? いや、でも機体バランスのバリエーションはあれど突出して強力なマシンなんて……」
「じゃあこの試合が終わったら説明するよ」
そう言って当たり前のようにわたしの前を駆け抜けたスコックさんの機体は、劇的な機体性能を見せつけるわけでもなくじわじわと距離を伸ばし、最終的に一着でゴールイン。途中の妨害を上手く躱す場面もありましたが、必中アイテムはしっかり当たっていましたし、そうでないものに対してであればわたしにも同じことができていたので、彼の動体視力の高さを加味したとしても、それだけがわたしに勝った要因に繋がっているわけではないでしょう。
「さて……じゃあネタを明かそっか。えーっとね、ようはこのゲーム、長距離レースなら基本速度が高くて妨害を抑えられるやや重いマシンが強いし、短距離なら加速回数が多くて立て直しが利く軽いマシンが強いんだよ。で、それだけじゃ不安な部分をキャラクターの体重とレース運びの傾向でバランスをとるんだ。たぶんね」
「距離に合ったマシンを選んでいた、ということですか? でもどうしてそれが……」
「基本速度と加速が別物ってことは、加速に回数制限がついてる時点で、使用時の最大速度が基本速度を大きく上回るってことでしょ? なら、距離の短いコースでは加速を連発した方が距離を稼ぎやすいし、タイミングよく使えば妨害をひとつ回避できる。妨害で足が止まっても車体が軽ければ立て直しも早いし、後ろから追ってくるマシンが加速2回以下なら巻き返しにせよ追われる状況にせよ勝ちの目はそうそう潰れない。……って考えたんだけど、合ってるかな?」
「じゃあ、今の長距離レースは……」
「長距離だと加速を3回打っても基本速度の差で逆転される可能性があるでしょ? だから加速は初動で打つつもりで、あとは妨害を上手く使いながらじわじわ前を狙うために基本速度の速いマシンを選んだんだ。距離があるってことはそれだけ妨害できるタイミングもされるタイミングも多いわけだから、車重とキャラクターを重くして転倒対策したよ。妨害にも何種類かあったけど、転倒が一番メジャーっぽくてロスも大きかったから、それを防いで高い基本速度を活かして少しずつ距離を稼げばいいと思ったんだよ」
『的確にシステムを把握してる』『コースとマシンの特性を一発で見抜くのヤバくない?』『何がヤバいってチュートリアル後、初レース前なんだよな』『類は友を呼ぶか……』
すごい……。
スコックさんに限らず、獣人族はフィジカルエリート集団みたいなところはありますが、特にウサギ型は脚力と聴力に秀でた種族です。そのため「逃げる」ことにおいては他の種族を圧倒すると言いますし、幼いウサギ型獣人種のメジャーな遊びはかけっことも聞き及んでいましたが、そうして得た経験がまさかこういったデジタルゲームでも活かされるとは……。
わたしも、何か薬を作ったりアイテムを合成・調合するシステムがメインとなるゲームがあれば、そういった特技が活かせるんでしょうか……。
「なるほど……。では今度はコースをランダムで選びましょう」
「いいね、じゃあ僕はどれでいこうかなぁ……」
今度、シーベットとファングさんも呼んで四人で協力プレイするのもいいかもしれませんね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます