第9話 子育てゲームに撃沈するダークエルフ

「ここのところ友人が立て続けに遊びに来てくれていましたが、今日は久しぶりのソロ配信です。対戦よろしくお願いします」

『今日はシーベットちゃんいないのか』『【悲報】スコックちゃんくん不在』『むしろ最近のオフ凸率がおかしかったんや』『コラボという拘束具を失った獣』

「まぁ本当はあともう一人、ヴェアウルフのお友達がいて、だいたい四人でよく遊んだりしているんですが、彼はこういうの興味ありませんからね」

『なんだその羨ましいヴェアウルフ』『美少女3人に囲まれる人狼』『なんでや男女比半々やろ』『そうだスコックちゃんくん男の子だった』『美少女に性別は関係ないから……』


 最近はこういうネットミーム、ちょっと理解しましたよ。あれですよね、ネット界隈のみなさんって見た目が可愛い女の子なら基本的に男女とか関係なく「美少女」認定しますよね。

 男の娘という文化については個人的にも少し興味が湧いたので少し掘り下げて調べてみました。元々は見た目が中性的な男性を差す言葉であって、自ら好んで女装をする方は「女装男子」として区別されていたそうですね。今では女装が似合っていればそれも男の娘として認定されるそうですが、わたしは少しばかり原理主義なところがありますので、わたしの中で男の娘というのは「自ら望んで女装するわけではなく、普段は男女どちらにも捉えられる中性的な外見をしていて、女装させられたりすると女の子にしか見えない」が個人的定義です。異論はいくらでも受け付けますが。

 というか、調べていけばいくほどスコックさんが男の娘として認定されることには少々違和感を覚えるんですよね。彼、確かに自分から女装をするタイプではありませんが、普段から女性にしか見えないので……。こういうのは普段は中性的だからこそ「男」の娘だと思うんですよ。普段から女の子に見えている男性は「こんなに可愛い子が男の子なはずがない」系のジャンルなのでは? いえ、それを的確かつ簡潔に表す言語がまだネット界隈にないからこそ「男の娘」と同一視されているのかもしれません。あるいは、自ら望んで女装をする可愛い男性を「女装男子」、自ら女装しようとしない可愛い男性が「男の娘」というのが正しいのかもしれません。

 いえ、それでもこう……わたしとしては男の娘は「中性的」がひとつの大きな要素といいますか、重要なウェイトを担っている気がしているんですよねぇ……。


「スコックさんが可愛らしいのはひとまず横に置いておきまして、今日はこちらのゲームをやっていきましょう」

『ギャルゲーかよ!』『しかも男の娘モノじゃねーか!』『ぜんぜん横に置けてなくて草』『男の娘にドハマりするダークエルフ』『スコックちゃんくん逃げて超逃げて』

「ご安心ください、全年齢向けですし、仮に年齢制限があってもわたし1260歳なので問題ありません」

『年齢制限あったらお前は大丈夫でも垢BANは不可避だろ』『ま、まぁ普通に泣けるギャルゲーとしては有名タイトルだから……』『恋愛なしで育成メインだしな』『CERO:B』


 CEROは確か年齢制限でしたっけ? Bは確か12歳以上だったはずなので、わたしからすれば全年齢みたいなものです。

 だってわたしが普段やってるあのカードゲームでさえCERO:Bですよ。あれに年齢制限かかる要素なんて……いやまぁ可愛いモンスターいっぱい居ましたね。あれのせいですか?

 待ってください、可愛いモンスターでダメなら可愛い人間なんてもっとダメじゃないですか。えぇ……人間のみなさん、もしかしてとても清純でいらっしゃいます……?


「……まぁ垢BANされたらその時はその時で、みなさん念仏を唱えてください」

『このゲーム肌色でないからへーきへーき』『むしろ幼少時代から青年時代までの成長に泣くことになるからそっちの心配しろ』『厚手のタオルを用意しておけ』

「そうですねぇ、泣けるといいですねぇ。まぁさすがにゲームで泣くほど若々しい感情は持ち合わせて――」





「うぅっ……! 人間ってなんでこんなにも尊いんですかぁ……! ほんのちょっと前まで四足歩行だったじゃないですかぁ……! 目を放せばすぐに転んだり怪我したり病気になるような弱くて儚い存在じゃないですかぁ……! そんな矮小な存在がどうしてこんな悲しいことやつらいことに直面して、いっぱい挫折とか悔しいこともいっぱい体験して……絶望しても他の人をどんなに口汚く罵ってもいい状況なのに、なんでこんなに強く優しく育ってるんですかぁ……!? 人間の成長って本当にこんなに早いんですか!? 20歳30歳なんてまだ赤ちゃんじゃないですか! いくら体が成長しても、20や30でなんでこんなに素晴らしい大人になれるんですかぁ……!」

『これもうタオルべしょべしょだろ』『長命種みんなこうなるに1万スパチャ賭けるわ』『人間の成長譚はダークエルフには劇薬すぎたか』『やっぱ泣きの名作だわこのゲーム』


 二時間後。ゲームのエンディング画面で最初からラストまでの流れをアルバムをめくるような演出で、ただでさえボロボロの涙腺に死体蹴りレベルのオーバーキルを受けたところで、わたしは言葉を詰まらせながらも全体の感想を必死にまとめて口にしました。が、果たして本当にまとめになっているかは、今の情緒では把握できません。

 素晴らしいゲームでした……。男の娘育成ゲームと聞いた当初は、てっきり可愛い男の子と仲良く遊ぶくらいのイメージだったんですが、これ育成対象のビジュアルが男の娘というだけの至極真っ当な育成ゲームでした。主人公は父親・母親を選べますが、それぞれ辿る道のりは違えどエンディングは共通でBAD、GOOD、TRUEの3パターン。今回はGOODルートでしたが、選択を誤ればこの子はきっと……考えたくもありません!

 

 いやもう本当に、幼い頃はこの子が立っちしたり「ママ」って呼んでくれるだけでも本気で一喜一憂したんですよ! なのに小学校に上がってごはんの好き嫌いができたり、仲良しのお友達ができていっぱいお勉強して、ごはんの食器並べをしてくれたりお皿洗いを手伝ってくれたり……まだ一桁ですよ!? まだ一桁の子供が、「ママのお手伝いする!」ってちっちゃいお手てで必死にお皿を拭いてくれて……まだ大人に守られながらいっぱい甘やかされてればいい歳じゃないですか! なのに自分からこんなこと言うんですよ! 人間の子供ってすぐ成長する……。長命種は人間の子供の成長を見てもまだ「人間はアイデアはすごいし面白いけど、やっぱ脆弱で矮小だからなー」とか言ってるんですか!? ぶっ飛ばしますよ!?


 中学校に上がってからはあんまり「ママ」って言ってくれなくなって、ちょっと素っ気ない時期もあったけど母の日にはカーネーション? という赤い花をくれて、あちらの世界では赤いカーネーションは「母への愛」という意味があるそうで……それを聞いた時のわたしの情緒! もうこの赤い花ひとつあればこの子がどんなに素っ気ない態度をとっていても一生愛していくと心に決めました! この子の根っこの部分に母親としてのわたしがほんのちょっとでも残っているのなら、それだけで嬉しく思えました! 長命種! 聞いてますか! 長命種すぐ独立するくせに、独立するまでの母親の愛情を当然として受け止めて感謝すらしないのどうかと思いますよ! ……わたし今度ちょっと実家に行ってきます。


 そして高校生! 初めて恋人ができたんですよね! この恋人さんもまた、とても優しくこの子を想ってくれていて……こんな子に想われるような子に育てられたのかという自分への誇らしさと、こんな恋人に愛され幸せになってくれた我が子への喜びと、こうして少しずつ別れが近付いていくのだという一抹の寂しさが入り混じって、またしても情緒が音を立てて崩れました。このゲーム、プレイヤーの情緒を感慨と感動で殴ってくるので時々深呼吸しないと心がもちません。


 そして大人になった我が子は晴れて恋人とゴールイン。結婚式で母への感謝を……ああああああ思い出したらまた泣けてきました! このゲームの製作者は何考えてるんですか! こんなの泣かないプレイヤーいませんよ! こういうの情緒への暴力で有罪判決にならないんですか!? 少なくともこれで泣かないような存在であるならそれは人の心を持ち合わせてないので魔法でぶっ飛ばしても罪に問われませんよね!


 そして結婚式を終えて我が子が家を出てエンディング……このエンディングでページをめくっていく手が、ゲーム開始当初の幼い我が子を撫でていた頃の手よりもシワが増えていて……プレイヤーが操るこの母親もまた立派な人間でした……! あなたプレイヤーキャラクターはやり遂げたんです! このゲーム、最初に父親か母親を選べるのなんでだろうって思ったんですけど、これつまり必ず「どちらか」しかいないってことですよね! ようはこの母親ってシングルマザーなんですよ! メインは育成なので描写されてませんけど、きっと愛しい人を喪って、シングルに対する偏見もあったはずです! ご近所付き合いとか親御さん同士の交流にはトラブルだってなかったわけではないでしょう! もし我が子が悪い友達を作ってしまったらとか、そうでなくてもグレてしまって道を踏み外さないかとか、色んな不安とか恐怖を伴って、それでもこの人はやり遂げたんです! 自分の子を立派に育てきったんです!


「あの……ぐすっ、これ友達シーベットにもやらせていいですか……? 彼女に限ったことではないんですけど、長命種はみんながみんな人間のことを嫌ってるわけではないんですけど、やっぱり短命種に対して少々の驕りのようなものがあって……。シーベットも人間の発想力には一定以上の評価をしているんですが、それ以外だと少し高慢なところもあって……」

『いいんじゃない?』『次はバスタオルを用意しておけ』『長命種が人間のモンペになっちまう~』『こっちはともかく向こうの世界の人間に対する好感度がやばいことになりそう』

「誰ですかこのゲーム始める時にギャルゲーとかって言った人! これは育成ゲームです! まごうことなく! 一人の我が子を一人前になるまで育て上げる育成ゲームです! そしてその我が子を育て上げた主人公の人生の物語なんですよぉ……!」

『わかりみが深い』『育成ゲームであり人生』『まぁ恋愛要素ないし異性云々って感情は湧かないからギャルゲーではないわな』『次は父親設定でやってみ。それはそれで死ぬほど泣ける』


 わたしの情緒のライフはすでに0なんですが、さらに畳みかけるつもりですか?

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