第6話 異世界単位と統一言語

 リスナーさんのコメントにより、彼らの言う「オランダ人」という種族の平均182センチという数字は異世界の人類においては長身の部類に入るそうです。アマルガムの人類はというと、男性はだいたいシーベットと同じか少し低いくらいだったので170~175くらいだと思います。女性はそこからさらに拳ひとつ分は小さかったような気がするので、160~165でしょうか。男性と比較すると、女性の身長はバラつきが多いような気がしましたね。そう思うと、オランダ人という種族はかなりの長身なのでしょう。

 ダークエルフの女性の平均身長はシーベットよりやや高めなので仮に180くらいだとして、男性は人間の女性とほぼ同じくらいですね。他の種族から見た男性ダークエルフは「童顔」と称されることもしばしばです。時折「そんなにでもないだろう」と言い張る男性ダークエルフが人間の街に行くと「関所で子供と間違えられた」と口々に言うくらいなので、相当なのでしょう。


「ずるいなぁアイヴィー、こんなにも楽しいことがあるなんて、どうしてもっと早く教えてくれなかったんだい?」

「いえ、シーベットにもちゃんと教えましたよ。異世界配信を始めるにあたって、ケットの次に教えたのはあなたじゃないですか」

「え、そうだったかな。いや、でも確かに聞いたような覚えがあるような無いような……」


 彼女はとても全体的に大雑把なハルピュイアには珍しく、聡明かつ知的な女性ですが、自分にとって興味のない分野の話題に対しては話半分なこともしばしばです。

 わたしが異世界配信を始めた当初も、彼女はこれに然したる興味もないようでしたが、それでも頻繁に遊びに来ている以上、どうしても話題のひとつふたつに異世界配信のそれが挙がるのも無理からぬことといいますか、最初こそ「あーはいはい」だったものが「へーそうなんだ」となり、だんだん「それでそれで?」となって抑えきれなくなった結果が、今この状況です。


『ちなみに郵便はがきは約3グラム』『1000グラムで1キログラム』『生まれたばかりの人間の子供の平均体重がだいたい3000グラム(=3キログラム)』

「新しい単位だ。なるほど、さっきのセンチは長さで、このグラムというものは重さを表すんだね」

「つまり郵便はがき1000枚分が、あちらの世界の生まれたての子供とほぼ同じということですね。成人男性の平均身長にそこまで顕著な差はなさそうなので、おそらくこちらの世界の人間の子供もその程度でしょう。さすがに子供を攫うわけにもいきませんから、ひとまず秤で郵便はがき10枚分と同じ重さのものを探しましょう」

「持った感じ、10ミロコイン4枚くらいあれば同じじゃないか?」

「試してみましょうか」


 わたしは引き出しの中に入れていたコイン袋から10ミロコイン4枚と郵便はがき10枚をそれぞれ魔秤まばかりに乗せますが……コインがほんの少し重いようですね。

 やや逡巡して、わたしは10ミロコインをひとつ取り除いて、1ミロコインを3枚乗せました。これでもコインが少し重いですね。では1ミロコインを1つ取り除いたら……。


「32ミロ、ですね」

「面白い結果だ。アイヴィー、お金は後で補填するから、このコインを魔法で合成してひとつの金属にしてくれないか」

「いえ、わたしとしても興味深いアイテムになりそうですから、お金は結構です。シーベット、そこの杖置きから金属製の短い杖をとってください」

『えっ』『魔法演出きになる』『そういえば魔女だったなこのダークエルフ』『ダークエルフアピールはあったけど魔女アピールなかったなそういや』


 あれ、そうでしたっけ。まぁ魔女って職業の名前ですし、お仕事についてお話をするのはあんまり気が向きませんから、アピールする気は最初からありませんでしたが。

 そういえば異世界には魔法という技術は存在しないんでしたっけ。ならちょうどいいかもしれませんね。この部屋、昼でも全体的に薄暗いので視覚的に少し不安もありますが。


「金属加工の魔法は眩しいので、みなさん画面から少し離れて見ていてくださいねー」


 そう言ってシーベットから金属加工用の短杖ワンドを受け取ると、その先端を10ミロコイン3つと1ミロコイン2つに向けながら呪文を唱えます。


「精霊のいざない、時のはこび、星のこえ。魔導のひらめきにより、蔦の魔女が命じる。営みの金貨よ、ひとかたまりの魔石となれ!」

 

 わたしはそう告げると、杖の周囲にわずかな電光が走り、そしてその先端から放たれた光がコインへと注がれ……眩しさが晴れた時、そこには小さなキューブが落ちていました。

 呆然と困惑と驚愕が入り乱れるリスナーさんたちのコメントをひとまず横に置き、わたしは先ほどの魔秤まばかりを再びカメラの映る場所に戻し、そこに10枚の郵便はがきと今できたばかりのキューブを置きました。その結果は――。


「これで30グラムぴったりですね」

『めちゃくちゃ派手な溶接で草』『いや今の規模の熱量で溶接したら溶けるからギリ魔法』『よしんば残ったとして30グラムじゃなくなるから魔法』

「あっ、魔法って信じてくださるんですね。これでやっとわたしがダークエルフだということも……」

『最近の3DCGってすげーな』『超美麗3Dは伊達じゃないな』『このCG技術がこのダークエルフの個人製作ってマ?』『もうそういう会社に就職しろ』

「あっはい、なんとなくそういう流れかなって思いましたよ」


 シーベットが「3Dってなんだい?」と聞いてくるので、それについては後で実際に何かしらの動画を見ながら説明することにしましょう。

 まさか魔法を使ってもまだ信じてくれないとは……。あちらの人間のみなさんはよっぽど3DCGに多大な信頼を寄せていらっしゃるようですね……。


「彼らはなぜこんなにも頑なにダークエルフの存在を信じないんだ?」

「彼らの世界には人間以外の種族が存在しないそうですから。ダークエルフという概念はあるそうですが、架空の存在なのだそうです」

「へぇ。私たちからすればたったひとつの種族だけで繁栄した世界という方が気にはなるけれどね。まぁひとまず種族戦争がなさそうで何よりだよ」

『種族戦争はないけど人類同士で戦争してるよ』『戦争はあるんだよなぁ』『やはり人類は愚か』『全ての人類が戦争のない世界を願ってるのに戦争のない時代は未だに来てないんだ』

「さすがに愚かすぎる。え、嘘だよね? 何かのジョークだろう? なんで単独の種族しかないのに同じ種族同士で争う必要があるんだい?」

『なんでやろなぁ』『同じ星に生まれた同じ種族なのは確かなんだよな』『まぁ国によって多少の差はあれど倫理観に大差ないのは確か』『だけどなぜか戦争は起きるんだよな』


 そういえばリスナーさんたちの世界ではアマルガム統一語が使われるよりも前のアマルガムのように、人種や民族によって使用する言語が異なるんでしたね。言語と宗教は密接ですから、宗教戦争の一端を異言語が担っている点は大きいかと思います。実際、アマルガムでも言語の統一化に際して大規模な種族戦争があったわけですし。

 

「人類いっぺん滅ぼして統一言語与えて作り直した方がよくない?」

「こらこら、リスナーさんを脅さない」

『ヒェッ』『実はバベルの塔っていう言い伝えがあってだな』『統一言語自体は昔あったんじゃないかって話は聞く』『迷信みたいな感じで昔はあったんじゃないかって言われてる』

「昔はあって今はバラバラになったの? なんで?」

『バカが神様に近付こうとバカでかい塔を作った』『不敬にも自分に近付く人間にキレた神が塔を壊した影響で統一言語もなくなった』『神すぐキレる』『神そういうとこある』


 なるほど、そこから言語の違いが宗教の多様化に繋がり、多様化によって宗教戦争が勃発して民族戦争に繋がるわけですね。やっぱりアマルガム統一語を提唱した人は紛れもなく偉業を成し得たと言って差し支えないでしょう。惜しむらくは、それが誰によるものかを知る手段がどの遺跡やダンジョンにも残っていないことですが。

 

「はぁ……神の気位が高いのはどの世界も同じなんですねぇ」

「こっちの神も全体的にプライド高いの多いね。先日も彼らの里の上を飛んでいただけで「俺たちの頭上を飛ぶな」って怒鳴られたよ」

『神って異種族としてカウントされてたんか』『神がプライド高いだけの単なる異種族なの笑う』『一気に格落ちしてて草』『地続きに神の里あるの面白すぎる』


 いや、彼らも一応それなりに強い力を持つ種族なのは確かなんですよ。

 リスナーさんたちの言うそれのように天から全ての人を見下ろすみたいなことはできませんし、そも人類全員を敵に回してもなお絶大な力でそれらを沈黙させるような能力は持っていませんが。ていうかそんなの存在したらアマルガムなんてとっくに何度か滅んでますよ。むしろなんでリスナーさんの世界の人類はそんな神がいるのに今に至るまで存続しているんですか?


「よく人類続いてるね」

『まぁ神なんて所詮は空想の存在だし』『熱心な宗教家でもなければ信じてない』『架空の存在である点はダークエルフと同じ』

「え、じゃあ結局なんで統一言語はなくなったんだい?」

『さっきも言った通り統一言語が本当にあったかどうかも疑わしい』『統一言語自体が迷信』『神はいないし塔の痕跡もないから統一言語も創作だと言われてる』

「えぇ……人類の発想力と想像力ってすごいな……」


 まぁ、アマルガムでもその点において人間に勝てる種族はそうそういませんからね。

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