第5話 コラボ配信と異世界単位

 シーベットを配信に誘った翌日。お昼ごろには来ると言っていた割に、日が昇りきってから始めた配信は既に一時間を超えていました。

 一時間と言うのは、確か一日の24分の1という意味だったはずです。リスナーさんに聞いた話によると、太陽が真上に来ている状態を「12時」と呼び、それがお昼ご飯の合図なのだそうです。我々の世界にも、太陽が昇り切ればお昼ごはんを食べる文化がありますが、彼らの時間の捉え方はとても興味を惹かれました。

 アマルガムにおける時間というものは、一日が最小単位であることは以前もお話ししましたが、より具体的に言えば「日中」か「夜」か、という考え方もあります。しかしそれを「単位」とは言いませんよね。なので「時間の捉え方」は大きく二つに分かれているということだけご理解いただければいいと思います。

 しかし、リスナーの一日をそういった区切りに当てはめた時、彼らはより具体的な分け方をしているようでした。まず太陽が昇り始めたばかりの薄明りが早朝、そこから太陽が高く昇るまでの時間を朝、登ってから太陽が濃く染まるまでの時間を昼、太陽が濃く染まってから落ちるまでを夕方、そこから朝までの時間を夜と定めていて、実際は「深夜」という考えもあるそうですが、これには「日付」「時間」という単位を用いず説明することは難しいようでした。なぜなら、わたしたちは日付の移り変わりを「人間」を基準にしているからです。彼らは夜に眠り、朝になると目を覚まします。そして彼らは起きた瞬間に「日が変わった」と認識するため、わたしたちは彼らが目が覚めた頃を日付の移り変わりとして、とても曖昧な認識をしているからです。

 その点、どうやらリスナーのみなさんはとても厳格な定義を持って一日の時間を定めているらしく、先ほどの通り太陽が真上に来ている時間を「12時」とする場合、一日の最後である「24時」というのは逆に太陽が世界の裏側に沈みきっている状態だと言います。そして、彼らはそのタイミングこそ「日替わり」の瞬間だというのですから……どうやって世界の裏側を認識しているのでしょうか。コメントの中には「もしかして天動説と地動説からか?」「相変わらず設定しっかりしてんなこのダークエルフ」「時間という概念を説明するの意外と難しいな」という困惑を表したようなものもありましたが、これはおそらくわたしよりシーベットの方が興味を持って調べてくれそうなので、今のところゴーグル検索はかけていません。


「さて……予定の友達がぜんぜん来ないまま暇つぶしの脱出ゲームも終わってしまったわけですが」

『誰だよこいつに脱出ゲーさせたやつ』『一時間で8ルート全部攻略しやがった』『友達ちゃんタスケテ……』『INT全振り配信者』『ゲーマーの鑑にして配信者の恥』

「今日も今日とて好き放題言われてますねぇ……。わたし覚えたんですよ、こういうのをプロレスって言うんですよね?」

『ノーダメージで受け続けるのをプロレスとは言わんのよ』『ドン引きリスナー見てキャッキャするな』『なんだこいつ無敵か?』『INT全振りなら精神耐久もバカ高いからな』


 INTというのは確か、ゲームのステータスのことで「知性・知恵INTELLIGENCE」の略でしたよね。おおよそのゲームにおいて、魔法攻撃力・魔法耐久力に影響があり、ゲームによっては魔法耐久力のことを「精神力」などと称することもあるそうなので、おそらくそういう意味でしょう。

 リスナーのみなさんには、相手へ伝達する言語を敢えてぼかすことで、相手が捉えるイメージを膨らませようとする傾向があるようです。これは彼らの人種すべての共通するものではなく、特に配信者へのコメントやSNSのような、いわゆる「形のないネットミーム」のようなもので、ある意味では「形式的でないネットスラング」と捉えるのが最も近しいのではないでしょうか。


「アイヴィー! 遊びにきたよー!」


 わたしがリスナーさんとの会話に戯れていると、玄関の方からはきはきとした声色でわたしを呼ぶ何者かの声が聞こえてきました。

 誰、と敢えて言うまでもなく、耳馴染みあるシーベットのそれです。


「少し、失礼しますね」

『いてらー』『いってらっしゃーい』『けっこう低い声だったな』『え、友達って男?』『いや男にしては高かっただろ』『どっちだ……?』


 わたしが足早に玄関まで迎えに行くと、声の主であるシーベットは「遅くなってすまないね」と軽く謝りながら慣れた様子で我が家に上がりました。

 わたしが敢えて案内するまでもなく、彼女が手にしていた何かしらの手土産のようなものはダイニングのテーブルに置かれ、先んじて部屋に戻ったわたしの後を追うまでもなく、数秒のタイムラグを経て無遠慮に部屋に入ってきました。

 シーベットはわたしが何度誘っても一向に冬季の同居には頷かない割に、けっこうな頻度でわたしの家に遊びにきていますし、何日か滞在することもしばしばです。

 これは長命種ならけっこうあることなんですが、数日くらいなら眠る必要もないので適当にのんびりしていたら数日、というのは彼女に限った話ではありません。


「これが例の?」

「はい。お話していた異世界配信です」

「この文字は?」

「リスナーと呼ばれる、この異世界配信を見てくださっている方の言葉です。面白いですよね、わたしたちの世界とほとんど言語体系が同じなんですよ」

「なるほど、興味深いねぇ……。いくつか聞き慣れない単語や意味のわからない言い回しもあるが、初めて見たのに言語がほぼ理解できる。不思議、の一言で片づけるのが勿体ないほどだ」


 シーベットが興味津々にコメント欄をぐいぐい覗き込むと、コメントは一気に騒がしくなりました。


『うわっ、顔がいい!』『いきなり顔面偏差値で殴るな』『イケメン女子のガチ恋距離やめろ心が乙女になる』『イケメンなのは声だけにしろ』『リアルAPP18はマズいですよ!』

「なんだい、これは? 褒められているのか貶されているのか理解に苦しむ表現だ。あるいは、遠回しに皮肉っているのか?」

「いえ、これは彼ら特有の文化で、嘲るような口調で誉め言葉をぶつけることによって、気恥ずかしさを解消しつつ相手を褒めるという理に適ったコミュニケーション手段です」

「なるほど、気恥ずかしさか……。そう思うと途端に可愛げがあるように思えてきたよ。なるほど、私の容姿は彼らの世界にも通用するということだね」


 気を付けてくださいね、シーベット。彼らは容姿に関することでは早々に見切りをつけますよ。どうやら彼ら曰く『Vtuber』というものは誰もみな容姿端麗でいらっしゃるようで、よほど個人の嗜好に突き刺さるような見た目でなければ、見た目だけで捕まえることはできません。いえ、私は「配信者」は名乗っていても「Vtuber」と名乗った覚えは一度もありませんが……少なくとも彼らの意見ではわたしはその括りに入れられてしまっているようで、おそらくは彼女も同じように受け取られているのでしょう。

 わたしも活動開始当初は外見を褒めていただくこともしばしばでしたが、そういった声は数日も続きませんでしたね。デビューから二、三日もすれば既にほぼ絶滅状態です。


「ひとまず、挨拶してみてはどうですか?」

「あぁ、そうだね。では名乗らせていただこう。私はシーベット・エクルース。アイヴィーの友人で、彼女と同じ森に暮らすフクロウのハルピュイアさ。以後よろしくね」

『ハルピュイア……ハーピィか』『フクロウのハーピィって珍しいな』『ちっちゃ……』『イケメンだけど小柄なの可愛いな』『アイヴィーちゃんより頭ひとつ以上ちっちゃい』

「……君たちの世界の平均的な身長がどの程度かわからないが、私が小柄だなんて言われたのは生まれて初めてだよ……」


 シーベットが「これでも人間の成人男性と同じか、時にはそれ以上だよ」と言うと、さっきまでとは違う騒がしさがコメントに溢れ始めました。


『え、じゃあアイヴィーでかくない?』『そういや身長不明だったな』『というか大きさ・長さの単位が無いみたいな話してたな』『一回マジで単位の話したいな』

「あー、単位の話いいですね。今日はシーベットと一緒に雑談のつもりでしたから、せっかくなのでそのお話を聞きたいですね」

「単位の話……?」


 困惑するシーベットを差し置いて、わたしとリスナーの間で話が進みます。


『まず基準になるものが欲しいな』『1円玉があればセンチ2cmグラム1gが説明できるんだけどな』

「こちらの世界とあちらの世界で共通の大きさ、という時点でかなり難しいですね……」

「これらの機械は基準にならないのかい?」

『PCやマウスはものによる』『それ自体の大きさはわかるけど、センチやメートルに直す時に説明しづらい』『リスナーから何かもらったことない?』


 貰いもの……そういえば、SNSに住所を入力してからパソコンと同じように山の麓で落ちていたことがありましたね。あれ以来、山に変なものが流れてこないように住所は削除したんですが、まだ何かしら流れ着くこともあるんですよね。熱心な方だとは思いますが、山に出向く用向きはできれば少ない方がいいので、どうしたものでしょうか。


「ファンレターならいただきましたよ。このパソコンを見つけた時と同じように例の山に散らばっていましたので、必死に周囲を探し回って、おそらく全部回収したと思います。実はわたしがファンレターの送り先をSNSから消去した理由がそれです。森の奥にあるとはいってもそれなりに距離が離れていますし、雨に塗れたり獣に踏まれたりすれば悲惨なことになりますし、送ってくださった方にも申し訳がないので、できれば今後は控えていただいて……現在はメールフォームを載せておりますので、そちらを積極的にご利用ください」

『いきなりファンレターの送り先消えたのそういう理由だったんか』『いや山て』『とりまその手紙って手元にある?』『「郵便はがき」って書いてあるやつある?』


 郵便はがき……? わたしはシーベットにも手伝ってもらいながら、いただいたファンレターを補完したケースの中身を確認し、そして――、


「あ、これかな? アイヴィー、ここに書いてあるこれ、そうじゃない?」

「これですね。郵便はがきを見つけましたけど、これのどこがどういう基準になるんでしょう?」

『郵便はがきの規格はだいたい100×148だから、横幅10センチ』『ちな1センチは10ミリ』『100センチで1メートル』『つまり郵便はがきを横に10枚並べると1メートル』

「これと同じものが10枚……ありますね。ではこの長さに合わせてリボンを切れば……これ1本が1メートルということですね」

「あと、100センチで1メートルならそれを半分に折れば50センチってことだろう? だったら50センチ、10センチ、5センチのリボンも作れるはずだよ」


 シーベットの言う通り、この長いリボンを半分にすれば50センチ。はがきの横幅に合わせた長さが10センチ、そしてそれの半分が5センチということになります。

 わたしたちは異世界の単位をこんな風に実感できることにうきうきしながら、それらのリボンを切っていき、いくつか同じ長さのものを複製しました。


「ではさっそく、シーベットの身長を量ってみましょう」

「1メートルはさすがに超えるね。2メートル……は無理がありそうだから、50センチのものを当ててみようか。……これも超えてる。じゃあここから10センチを足して……」

『だいたい175か』『175ちょい超える感じね』『でっか……』『え、じゃあアイヴィーちゃんって……』『おいやめろ』『嘘でしょ……』『175の時点でそこらの男よりデカい』

「じゃあ次はわたしですね。シーベット、お願いします」

「はいはい」


 そう言ってシーベットがリボンを当て、当然ですが1メートルはゆうに超えています。続いてさらに1メートル分のリボンを追加……超えてますね。


『2メートル超は草』『既に面白い』『人を外見で笑うのはよくないが鼻水出た』『コーヒー牛乳返して』

「うーん、だいたい2メートル10センチってところだね」

「みなさん笑っていらっしゃいますが、ダークエルフの女性は総じてシーベットより少し高いくらいの身丈ですから、わたしはたまたまちょっと大きかっただけだと思うんですよね。それはそうと、みなさんの身長はどのくらいなのでしょうか。あ、個人のという意味ではなく、人間の方の平均身長が知りたいという意味です」

『おいやめろ』『どうして……』『なぜそんな残酷な質問を……』『オランダ人男性の平均身長は182だよ』『オランダ人で勘弁してください』【これで許して(\50000)】


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