第2話 異世界配信はじめました

 わたしがパソコンを手に入れてからしばらく……数字にするとおよそ20年ほどが経過したでしょうか。

 最初はおっかなびっくり触っていたにもすっかり慣れて、良くも悪くもインターネットに馴染んでいました。

 何度かケットが様子見に来ては、異世界配信を促してきましたが……それ本当にやらなきゃダメですか? これ、なんとなくブラウジングしているだけで十分すぎるくらい楽しいですし、配信サイトもいくつか見てきましたけど、何も私がクリエイターサイドに行かなくても十二分に楽しそうなコンテンツは満ち溢れているわけですから、わたしはリスナーサイドで居ても問題ないのでは? ――みたいなことを言ってみたのですが、インターネットという手段に限られるとはいえ、異世界に接続可能なこの機械は間違いなく現代文明の技術を超越した存在であり、わたしが異世界配信に積極的でないのなら、この世界アマルガムの未来のためにも国に寄贈した方がよいと言われてしまいました。

 確かに、わたしがこれを好き放題に触っていられるのは、これを見つけたのがわたしで、ケット含めコイラン山のコボルト族がわたしに恩義を感じてくれているからだというのは理解してます。してますけど……配信業、楽しそう以上に大変そうなんですよね。特にVtuberとか見るのは大好きですし、長いこと続けている人を尊敬しますけど、なりたくはないですね。男性は女性に比べて伸びませんし、女性は伸びる代わりに厄介ファンの割合がひどいことになってそうですし。もしやるなら現実のビジュアルでやった方がよさそうです。Vなんて絶対やりません!


「――と思っていた時期がわたしにもあったんですよ……」

『それが今では立派なVtuberになって……』『さすがのフラグ回収』『っぱVだよなぁ!』『Vからは逃げられない、みんな知ってるね?』


 はい、そこからさらに10年が経過した今現在、わたしはとうとう立派な個人勢Vtuber(8年目)になっていました。

 いや、待ってください。厳密に言えばわたしは今でもVtuberではありません。だってLIVE2Dも3Dモデルも一切使ってません。ありのままの現実の姿を映していますから。ではなぜ、わたしはyoutuberではなくVtuberと呼ばれるようになってしまったのか。それは――わたしが「異世界には人間しかいない」ということをすっかりしっかり忘れてしまっていたからです。一応、自己弁護させていただきますと、この世界にも人間は多数存在しています。しかし、わたしのようなダークエルフや、コボルトの他にも様々な種族が互いに協力し合って生きているのが、このアマルガムという世界です。なので、たった一種類の種族しか存在しない世界など、それこそ空想の世界ですので、ついうっかり……。


「ああ、もう! とにかくわたしにもそんな初々しい時代があった、というだけの話です。ほら、ゲームの続きやっていきますよ!」

『どうして……』『せっかく無慈悲な現実から逃げてたのに』『なんでそういうことするの』『対戦相手くん泣いちゃうよ』【もう泣いてる(\500)】

「あっ、対戦相手さん? 来てくれてたんですね、ありがとうございます。対ありでした」

『対戦相手ニキ来た途端にトドメ指されてて草』『このダークエルフちょっと脳筋すぎんか?』『妨害を全部剥がしてから一撃必殺の火力ぶちこむのは合理的には違いないから……』

 

 散々なこと言われてますねぇ……。いや、でも始めたての頃はともかく、かれこれ2年くらいやってますからねこのゲーム。環境はころころ変わりますけど、何がその環境を支配していて、その環境の支配者に刺さるものが何かということを見抜く目があるのなら、あとは定石を覚えてルートを理解してプレイングミスさえしなければいいだけです。

 アマルガムにおいて、人間は「短命で力が弱いが、発想力という点では他の追随を許さない」とまで言われています。事実、人間よりも賢く、知能の高い種族は様々いますが、こと「発想力」という点では彼らに一歩後れを取ることも事実です。我々ダークエルフもとりわけ知能の高い種族とは言われますが、特に「理解力」「適応力」「論理構築力」が高い代わりに、「発想力」はそれほどでもありません。しばしば、「この世で最も優秀な作品とは、人間が思いつき、ダークエルフがまとめ、コボルトが造ったものである」と言われるほどです。まぁ逆に「この世で最もおぞましい作品とは、ダークエルフがおもいつき、コボルトがまとめ、人間が造ったものである」とも言われていますが。なんですか、ダークエルフの発想の何がおぞましいというのですか。そんなに2100年前にダークエルフが発案した「次元破砕弩砲ペネトレイター」がダメだったとでもいうんですか! あれだって完成してたら歴史に名を残す発明だったじゃないですか!

 ――と、ともかく、ダークエルフではこのゲームを作れないでしょう。これは人間の発想力があってこそのものです。しかし、こうして「既にできているもの」に対する理解力や適応力という点でダークエルフが負けることなどそうそうありません。それこそ、かつての祖が袂を別ったというエルフ族でさえ、この分野においては素直に我々を認めているのですから。

 

「今の試合、あちらの先手から始まり、初動も含め要となる部分をしっかり止められたのが最後まで影響しましたね。おそらく、あの初動を通していれば最低でも2妨害1除去くらいは構えられていたはずです。こちらにもいくつか返すプランはありましたが……除去を躱す術がありませんので、最終的な並びがかなり杜撰になっていたと思います」

『強すぎてリアクション薄いから伸びないけどプレイヤーとしてめちゃくちゃ参考になる』『ゲーム配信者として伸びないけどプレイヤーとしては一流なんだよな……』

「恐れ入ります」

『今のを誉め言葉と受け取る時点で生粋のプレイヤー』『配信者としてそれでええんか』『ストイックすぎる……』『さすが82時間ぶっ通しゲーム配信した女だ、面構えが違う』


 そうそう、こうして配信者として活動するようになって知ったことですが、どうやら異世界の人間はかなりショートスリーパーな方が多いようです。

 アマルガムにおける人間の平均睡眠時間は、日が沈み切ってから翌日の朝日が昇るまでですから……あちらの時間に合わせると9~10時間ほどでしょうか。それに対し、あちらの世界の方々は「健康的な平均睡眠時間は8時間だけど、8時間も寝てる人なんてあんまりいない」らしいです。もちろんもっと寝るという人もいるでしょうし、もしかすると3~5時間ほどしか寝ないという人もいるかもしれませんが、それでも多くの場合において、9~10時間を超えて寝ている方というのはほとんどいないようでした。


 それにしても、一日という単位の中に、さらに24分割された時間と、それをさらに60分割したものが存在するというのは面白く、とても合理的かつ便利な考え方だと思います。こちらは「一日」以下の区切りはありませんから。どうやら向こうではそういう「単位」がかなり細かく決まっているようで、時間、距離、重さ、長さ……あらゆるものに「単位」という方法で一定の基準が設けられているというのは、かなりの違和感と興味が湧きますね。

 一年は基本的に365日で、4年に一回だけ366日になるのだと聞いた時はびっくりしました。なんで一日増えるのかと問うと、一日は厳密には24時間とほんの少しの時間があるらしく、普段はその「ほんの少しの時間」を無視して数えていて、4年経つとそれが丸一日分になるので4年に一回だけ366日になるのだと聞いた時は唖然としました。

 彼らは自分の世界に当たり前のように流れ続ける「時間」に疑念を持ち、それが常に一定ではないのではないかと考え、それを検証して是正するだけでなく、それが日常の生活を揺るがすことのないよう「1日を追加する」という誰もが受け入れやすい方法で「世界と生活を馴染ませる」ことに成功したのでしょう。アマルガムと違い、魔法という技術がない世界で。


「わたし、寝ない時は一か月くらい起きてますからねぇ……」

『そうだこの人ダークエルフだった』『時間感覚おかしいんよ』『そういや冬眠するんだっけ?』『1260歳って実際のところ人間換算いくつなん?』『60で割ればいいらしい』

「120歳くらいまでよちよち歩きですし、第二次性徴期がだいたい600歳くらいで来ますからね。そちらの世界の方に聞いた感じでは、60で割ってちょうどくらいだと思いますよ」

『桁がおかしい』『ああ、なら人間の60倍だわ』『二次性徴期の計算合わんくない?』『女子は8~12歳くらいからくるぞ』『女子は早いからね……』

 

 つまり、1260歳のわたしは人間でいうところの21歳。これはリスナーのみなさんとの交流で初めて知ったことのひとつでした。さっき言った通り、アマルガムにも人間はいますが、彼らと年齢の話題が出ることはあまり多くありません。なぜなら、寿命の異なる種族がいっぱいいるからです。加えて、そんな中でも特に短命な人間は、瞬く間に世代交代を行いますから、彼らの生涯で他の種族の成長を実感できる者などそう多くありません。加え、異世界の彼らとは違い、医療科学が発展していないこちらの世界での人間の平均寿命は男性が59歳、女性が67歳。その時間がわたしにとってどれだけ短い時間なのか、敢えて言う必要もないでしょう。

 

「あ、みなさんやっとわたしがダークエルフだって信じてくれたんですね?」

『っていう設定でしょ?』『大丈夫、わかってるよ(大嘘)』『よくできた設定だよな』『さすが設定厨』『その練り込み具合、誉れ高い』『誉れは浜で死んだだろ、いい加減にしろ』


 あーこれですよ! 本当に疑り深いのどうにかなりませんか異世界人! わたしが何度「見た通りの姿です」って言っても「超美麗3D技術もここまで来たか」「まるで本物みたいだ」「よくできた3Dモデルだなぁ」とか言って全然信じてくれないんですよ! わたしは一度もVtuberを名乗ってないのに「ダークエルフが実在するわけない」という理由でV扱いです! この長い耳も! エルフの女性が憎々しげに羨む雪のように白い肌も! ぜーんぶ本物だって言ってるのに信じてくれないのはどうかと思いますよ!


「みなさんゲームの話はなんでも素直に聞いてくれるのに、なんでわたしがダークエルフだってことだけは頑なに信じないんですか……?」

『現実にいたら信じるよ』『実際に見たら信じるよ』『加工なしの映像で見たら信じるよ』

「じゃあ信じてくださいよ!!」

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