ダークエルフの異世界配信生活
espo岐阜
第1話 異世界から配信機材がやってきた
「異世界配信……?」
聞き慣れない言葉に、わたし――アイヴィー・グレンヴィルは
「はい。どうやらこの機械は撮影・記録を目的とした機材であり、特にこの複数の電子基板やコードを幾つも用いた精密な
そう饒舌に語るのは、機械の製造・分解・解析・改造に詳しいコボルト族の中でも、特に異世界技術の研究に熱心なケットというわたしの友人。実はこの機材は、わたしが住んでいる「薄闇の森」からさらに奥まった先の先、妖霊山「ヴィットレェヴ山」の麓の洞窟で見つけたものです。あの洞窟――というよりも、ヴィットレェヴ山というのが元々かなり曰くのある山であり、人間はおろかほとんどの種族は好き好んで近付いたりはしませんし、そこに落ちているものを拾おうともしません。
ではなぜ、そんな場所でこんな大量の物品を持ち帰ってしまったのかというと、実はあの山はここのところ、素行の悪い人間たちによる不法投棄が横行しており、わたしは山の怒りを買う前に止めようパトロールをしていたのですが、そこで見つけたのが
「しかし……異世界から流れ着くもの自体はたまにあるにしても、これだけの機材が全て、まるで「異世界配信」を促すかのようにひとまとめにして流れ着くというのは、何か意図的なものを感じずにはいられませんなぁ……。グレンヴィルどの、もしこれをお使いになるつもりなら、十分にご注意なさってください。我々篝火山のコボルト族一同、グレンヴィルどのには返しきれない恩を抱える身。我々の恩返しを終えるまでは、どうかご健勝で居てもらいわねば」
「いやいや……あれからもう180年近く経ちますし、わたしもコボルト族のみなさんには随分わがままを叶えていただきました。だからもう十分ですって何度も言ってるじゃないですか」
「何を言いますか。グレンヴィルどのに助けていただかなければ、この山のコボルト族は全滅でした。せめて、あの時あの場にいた全てのコボルト族が絶えるまでは、恩返しにお付き合いいただきますよ」
……コボルト族の平均年齢って3200年くらいじゃなかったかな。なんにせよ、ちょっと前までのやんちゃだった頃のことを掘り返されるのは凄く恥ずかしいし、確かにあの時に色んな種族からお礼をいただいたこともあったけれど、そもそもあれって別に誰かを助けてたわけじゃなくて、わたしたちの「やんちゃ」に邪魔だった人をやっつけてたら結果的に人助けになってただけなんですよねぇ……。やだなぁ、もう思い出したくもないよ……。
「うー……もう、わかりましたよ! でも今はまず、この機械についてもっと詳しく教えてください」
「お任せください! ではまずこちら。過去に異世界から流れ着いた物品を元に解読を試みたところ、これは「Webカメラ」と呼ばれる記録装置のようです。この丸い水晶のようなものが見たものを、こちらの「パソコン」というボックスが読み取り、この薄い投影装置……「ディスプレイ」へと表示されます」
「なるほど、これ全部コードみたいなもので繋げられるんですね」
「はい。続いてこの蛇の置物のようなものが「マイク」で、それとパソコンを中継しているのが「オーディオインターフェース」です。マイクに向かって声や音を入れることで、それがパソコンへと伝わるわけですが、その際の音量調節や雑音の処理をオーディオインターフェースで行えます」
ふんふん……映像をカメラ、音声をマイクで記録して、マイクから得た音声情報から不純物を取り除くのがオーディオインターフェース。それらから得た情報を全て統括して処理できるのがパソコン、ってことかな。じゃあこっちの小さくて四角いプレートみたいなものは……?
「それはスマートホンという装置のようですが、それだけ何に用いるものかわからず……。映像と音声を記録・撮影する装置は既にあるわけですし、それを処理するためのパソコンもきちんと動作しています。となると、そのスマートホンは一体なんのために存在しているのか……。というのも、どうやらその装置にはカメラとマイクが小型軽量化された状態でついているようなのです。しかし、その品質はパソコンに接続されているそれらには劣っており……正直、携行可能という点以外ではそれぞれの装置の劣化版としか言いようがありません」
「うーん……持ち運びやすくして、なおかつカメラとマイクの役割を単独でこなせるのは十分すごいと思うけど……そもそもこれだけの機材、普段使いするなら家の中で使うことになるだろうし、このプレート……スマートホンだっけ? これの出番はそんなに多くなさそうだよね……」
「しかし、これらの機械と同時に流れ着いているところを見るに、なんらかの役割を果たすことは間違いありません。ひとまず、これだけもう少し預からせていただいて、他の機械はお返しします。使い方や配線にご苦労なさるようでしたら、いつでもお声をかけてください」
もう持って帰っていいってことは、少なくともケットが調べた範囲では、この機械に不審な装置や情報は紛れ込んでいなかったということ。
わたしも、聡明で知られるダークエルフの中でも、ひときわ魔法や薬草の知識には自信があるし、やんちゃの名残とはいえ「蔦の魔女」なんて大層な名前をもらうくらいには知恵も経験もあるつもりですが、さすがに機械となるとコボルト以上に頼れる種族なんていないでしょうし、特に異世界技術に関してはコボルト族の中でも専門家があまり多くないです。
そんな中、ただ絶対数が少ないからではなく明確な知識と実績を称えられて「異世界技術研究家」を名乗ることを許されているケットが太鼓判を押したのですから、わたしがこれを疑う余地などありません。仮に彼の目さえも潜り抜けて何かしらの不利益が込められていたとしても、それが彼を責める理由にはならないでしょう。彼が気付けないのなら、ほとんど誰も気付けないに等しいのですから。
さて、転移魔法で送信できるのは物体だけ。形と質量を持たない「命」を運ぶ技術は、残念ながら今現在の魔法技術では編み出せていません。
ここから自宅がある「薄闇の森」まで、加速魔法と飛行魔法を用いてもかなりかかるでしょろうし、既に日が西に傾きかけている中、正直あんまり帰る気が起きません。
とはいえ、ペットであるワイアームの『ウル』に餌をあげないといけないし、何よりあの子はとても寂しがり屋で、帰りが遅くなるとわたしを探して勝手に家を飛び出してしまう困ったちゃんです。人間で言えば6歳前後くらいの知能はあるので、昨夜は今朝の分の餌も用意してお留守番を頼んでおいたけれど、もし日が落ちるまでに帰れなければ……家はおろか、森の半分くらいは燃えてしまうかもしれません。
「では、今日はこれで失礼します」
「はい、またいつでも!」
そう言ってわたしが跨るのは、多くの魔法使いが用いる杖ではなく、ケットがわたしのために作ってくれた移動用魔導機械『マギアサイクラー』です。
見た目は鉄の馬にも似た乗り物で、前後に巨大な魔導石を取り付けていて、それを動力・駆動部品として地上・水上・空中のあらゆる場所を駆け抜ける便利アイテム……かつ、最近ではこれに跨って風を切るのが半分くらい趣味になっていたりもしますね。たぶん杖で飛んだ方が速いのは間違いないんですけど、座り心地や安定感が違いますから、一概にどちらが優れているとは言い切れませんね。わたしもあんまり急ぐ用時とかは普段ありませんから、なおさらそう思います。
マギアサイクラーに跨ることしばらく。ようやく薄闇の森の上空に差し掛かりました。ここまで来れば、家まではもう一息です。
……ちょ、ちょっと飛ばしすぎた気がしなくもないです。途中、何度かハーピィの方々に驚かれていたような……いえ、見なかったことに、考えないことにしてしまいましょう。
「クァーッ!」
地上から聞こえる小さな鳴き声。視線を向けた先には、こちらに向かって急接近する小型のワイアーム……ウルの姿がありました。
おそらく今まさに家を飛び出すというところだったのでしょう。あぶないあぶない、まさに危機一髪でした。
「ウル、いくら寂しくても日が沈みきるまでは飛び出し禁止って言ったでしょう?」
「クルルル……」
「うっ、かわい……じゃなくて、そんな目をしてもダメですよ。いいですか、次からはちゃんと気を付けてくださいね!」
「クァッ!」
次から、という言葉の意味を
マギアサイクラーを庭のガレージに戻して家の自室に戻って見れば、転送用の魔法陣の上に、さっき送った機材たちが届いているのが確認できました……が、長距離移動で少し疲れてしまいましたので、これらのセッティングは明日でもいいでしょう。今日は早めにごはんとお風呂を済ませて、早々に寝てしまいたい気分です。
「クァ」
「ああ、はい。もちろんウルのごはんも用意しますから、大人しくしていてくださいね」
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