第8話 サイテー
「大人は欲張りだ」
愚痴をこぼしながら廊下を歩く涼。その手には口を結ばれたゴミ袋が握らされている。
「ついでだ。どっちでもいいから、私の代わりにゴミを捨ててきてくれないか」
ノートを受け取った伊藤は、パンを咥えながら職員室に備え付けられたゴミ箱を指差して涼と金子にそう言った。
涼は初め無視しようとしたのだが、隣の金子が「わ、わかりましたっ」と素直に受け入れるのを見て……今に至る。
伊藤から聞いたゴミ捨て場の場所を探しながら歩く。外に出て、建物に沿うように
して校舎裏へ。
「たしか、そこを曲がった先にあるって言ってたよな」
さっさと済ませて飯にありつこうと歩幅を大きくした瞬間、
「ねえ、いいでしょ。俺と付き合ってよ」
浮ついた言葉が聞こえてきて、涼は立ち止まった。
自分が立っている場所を改めて確認する。静かで、校舎からの視線も通らない、人気のない校舎裏。
先ほどまでゴミ捨て場までの道だと思っていた場所が、まるで秘密のスポットのように思えてきた。
カサカサと音を立てていたゴミ袋を慎重に運び、少しずつ角に近づいていく。
涼は野次馬根性全開で、この現場を楽しもうとしていた。
「ごめんなさい」
(————っ!)
自身に向けられたものではないのに。その声を聞いた瞬間、涼の体はビクッと跳ねた。
袋がカサッと音を立てる。
「ん……どうして?」
「どうして、とは?」
「どうしてダメなのって聞いてんの」
「あなたとそういった関係になる気が、あたしにはないからです」
「……あぁ、そう。それで? なんでその気がないわけ?」
しつこく何度も理由を尋ねる男子。
相手の女子は大きくため息をついた。
「この問答、いつまで続きますか? 早く教室に戻りたいんですけど」
彼女がそう言い放った瞬間、涼は空気がピリッとひりついたのを感じた。
「……チッ、分かったよ」
男の不服そうな舌打ちが聞こえたその直後、
「——きゃっ!」
女子の短い悲鳴が続いた。
「俺と付き合うって答えたら、今は帰らせてやるよ」
女子の腕を掴んで迫る男子。女子は掴まれているところが痛いのか、苦悶の表情を浮かべている。
告白現場から一点、修羅場となった現場。そこに、
「何やってんすか?」
割り込む男が、一人。
「は?」
「……仁科?」
突然現れた男に困惑した様子を見せる二人。だけどその色は若干異なり、男は焦っていた。
「なんか揉め事っすか?」
「いや、これはだな……」
「人間関係の拗れは第三者の介入がいいって聞きますよ。俺じゃ力不足であれば、誰か頼れるような人、先生でも呼んできますが」
「——チッ」
男は大きく舌打ちをし、掴んでいた瑞姫の腕を振り離した。そして涼の方を睨むように一瞥すると、大股でこの場を去っていった。
難が去って行く姿を見届ける涼。その隣に、すっと瑞姫が寄ってきた。
「追い払うなんて、やるじゃん仁科」
「案外小心者だっただけだろ。今更だけど、助け必要だった?」
「うーん、そうね。あともう少しで瑞姫ちゃんのパンチが飛ぶところだったかな」
「俺が助けたのはあっちだったのか」
こりゃ余計なことをしたな、とぼやくように続ける涼。
「でも、ありがと。助けてくれて」
瑞姫の顔は反対側を向いているが、確かに自分に向けられたその感謝の意に、涼は 「おう」と短く答えた。
「ところで、よかったの?」
「ん、何が?」
「あの人、軽音楽部って言ってたけど」
「軽音楽部? 何を勘違いしているのか知らないけど、俺には無縁なところだな」
「ふーん? そうなんだ」
なぜか続く会話。瑞姫は教室に帰る様子も見せず、涼は少し困惑していた。
「それにしても、キッパリ断ってたな。イケてる風だったけど、あの先輩はタイプじゃなかった?」
「正直言えば」
「これは結構こだわりがあると見た」
「失礼ね。バスケが上手な人が好きってくらいよ」
「……ふぅん。じゃあ今人気沸騰中の長瀬は?」
「長瀬くん? たしかに上手だと思うけど、顔がタイプじゃないかな」
「あるじゃないか、こだわり」
「じょーだんよ。でも、やっぱり違う」
何かあると思った。だけど、それを明かしてくれないことも分かったので、涼は「さいで」と返す。
昼下がり。校舎が作り上げた影に隠れた二人の間に、強い風が吹いた。
「ねえ、仁科」
瑞姫が控えめに名前を呼ぶ。
「今度はあたしが質問していい?」
涼の方を向き直し伺いを立てた。その声色は少し緊張しているように思える。
涼は向き合う形を取り、静かに頷いた。
「どうしてあんたは、あの試合、あんなプレイをしたの?」
曖昧な質問。だけど、涼は彼女が何の話をしているのかすぐに分かった。
一瞬、視線を落とした後、瑞姫をまっすぐ見つめ、
「勝ちたかったから」
と、涼が答えると。
「——っ」
瑞姫の表情は一気に強張った。
だけど、その表情にはいろんな色は混じっているように見える。
「さい……」
目を赤くし、何かを言おうとした瑞姫だが、途中で固まってしまった。
しばらくして、開いたままだった口を閉じ、涼に背中を向けて瑞姫は歩き始めた。
彼女の背中を見送った涼は、自身の右手にある存在を思い出した。
瑞姫が消えていった方向とは真逆の方に歩き出す。
「さい……サイ……」
進みながら、先ほどの彼女の言葉を繰り返し呟いてみる。
「サイキック……サイドステップ……」
続きを探るように、単語をいくつか口にしていく。
「サイテー」
目的地——ゴミ捨て場の前に着き、そこで立ち止まった。
涼は「うーん」と唸って、頭をガシガシと搔き。
「人の恋路を邪魔できて、サイコーな気分だ」
そんな最低な言葉を吐いて、丸くしたゴミ袋を上から投げ込んだ。
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