第7話 あとは?
初めて体育の授業があった日から数日後。
チャイムが鳴り、午前最後の授業の終わりを告げる。
教師も早く昼に入りたいのか、長引かせることなく号令をかけさせた。
堅苦しい空気から解放され、授業終わりの休憩時間は賑やかになるもの。昼休憩となればより一層そうなる。
一時間もの長い休憩時間を何に充てるかは人それぞれだ。耐えに耐えた空腹を即座に満たす者、友人と談笑を楽しむ者、勉学に打ち込む者。
そして、気になる相手に接近する者。
「こ、これ! お弁当作ったの……食べて、くれる?」
「わ、私も作ったの。よかったら、その、食べなさいよ」
教室の一角。二人の女子が可愛らしい袋に包まれた弁当箱を持って、一人の男子のもとへと向かっていた。
二人の表情は緊張しており、顔も赤い。それに対し、男の方は先ほどの授業を寝て過ごしていたせいで寝ぼけた表情を浮かべている。しかし、目の前に差し出された弁当箱を見た瞬間、目を見開いた。
「マジで!? もらうもらう! めちゃくちゃ嬉しい、ありがとな!」
普段、購買でパンを買って昼食を済ませているその男は嬉々として受け取り、満面の笑みを浮かべた。その反応だけで女子二人はたまらなく嬉しくなる。
「なんなら一緒に食べるか?」
「「え!?」」
後で感想を聞こうと思っていた二人は、そんな不意打ちな誘いにわたわたと慌てふためき。
結局、心の準備ができていないのでと断ってしまい、男のもとを離れていってしまった。
「長瀬」
以上の様子を遠目で見ていた仁科が近寄り、もらった弁当箱を開けて既に食事を始めていた長瀬に声をかけた。長瀬は箸を咥えたまま「んあ?」と反応する。
「お前がモテるのは時間の問題だと思ってたが、あの体育の時以来すごいな。誰だよ本気出したら白けさせるって言ったの。真っ赤じゃねえか」
「最後にちょっと本気出しただけで、初めからやってたら白けてただろ。それと、真っ赤はちょっと物騒だからやめないか?」
「ピンク色に染め上がってんな」
「白み足した結果不健全感増したなおい」
「間違ってないだろ。てか、色男。早く出すもん出せよ」
「なんだよ。弁当はやらねえぞ」
「俺が食べられるかよ。数学の課題ノート、昼までに集めて提出しろって伊藤が言ってただろ」
「あ、忘れてた。気にかけてくれるなんて優しいな親友!」
「集めたノートは日直が持っていくことになっていて、今日の日直は俺と金子さん。で、早くご飯食べたい空腹な俺は昼休憩が始まった瞬間に出そうって思ってたんだけど、金子さんが『まだ出していない人がいるから待ってあげよう』って」
「うわマジ金子さん神。それに対して涼、お前!」
「いいから早くよこせ。あと一緒に食べたいからゆっくり食べてろ」
「涼くんはツンデレかな? ほらよ」
長瀬の言葉に涼は顔を歪ませ、差し出されたノートをぶん取るようにして受け取った。
こうして最後のノートを手にした涼は、積み重なったノートが置いてある教壇の前で待つ金子さんのもとへ向かう。
「ごめん、お待たせ」
「問題ないよ。これで無事、クラス全員分揃ったね。よかったぁ」
「それじゃあ休憩時間も限られてることだし、遅れた分を取り返すべく早く出しちゃおう」
そう言って、涼は手に持っていたノートを山の上に置き、数冊を残して両手で持ち上げる。
「あ、あれ? わたしの分は……?」
「ごめん、金子さん。あとそれだけ持てなかったからお願い。あとドアの開け閉めも頼めるかな」
「あ、う、うん! わかった!」
残りのノートを片手で持った金子は、さっそく教室のドアを開ける。「さんきゅ〜」と礼を言って廊下に出た涼を確認すると自分も出てドアを閉め、職員室に向かう涼の隣に並んだ。
「仁科くん、ありがとね。わたしの分もたくさん持ってくれて」
「気にしないで。二人とも両手が塞がれたらドア開けるのに苦戦しそうだなって」
「ふふ、そうだねっ」
金子は同調してみせると、くすくすと笑った。
その反応に、涼はどこか気恥ずかしさを覚える。
「仁科くんって優しいよね。黒板消しも、上の方はわたしじゃ届かないだろうからって全部やってくれたし」
「適材適所なんだよこういうのは。一応、男子の平均くらいはあるので。……もっと高いやつもいるけど」
「身長、気にしてるの?」
「うん、まあ。……ねえ、金子さん。つかぬことをお聞きしてもよろしい?」
「え、え、何? どうして急にかしこまったの……?」
「やっぱり金子さんも身長が高い人の方が好み?」
「ふぇ!? わ、わたしの好み!?」
「よければ金子さんの意見を聞いてみたいなって」
「あ……ぅ……わ、わたしは気にしないかな?」
金子が小声で答えると、涼は「なるほど……」と呟いて思案顔を浮かべた。
涼の様子を見た金子は少し考え、先ほどあったことを思い出して気づく。
「もしかして、長瀬くん?」
「……まあ、そんなところ。いや、あいつがモテるのは背が高いからってだけじゃないとは分かってるんだけど」
「この前の体育の最後、すごかったもんね。バーンッて決めて。……で、でも、仁科くんもすごかったよ! わたし、バスケはよくわかんないけど、すごい速さでたくさん抜いてたよね!」
「金子さんって優しいよね」
「それさっきのわたしのセリフだよね!? もうっ、お世辞とかじゃないからね。ほんとうに、すごいって思ったんだよ? バスケしている瑞姫ちゃんも褒めてたし——」
「それ、マジ?」
「……ふぇ?」
「あ……いや、その。橘が俺のことを褒めてたって。本当?」
「う、うん。フェイク?が上手いとか、瞬間の加速力が高いとか言ってたよ」
「……まだ、他に何か言ってなかった?」
「え、えっと、他には……ボールコントロールは流石って言ってたかな? あとは……あっ」
金子の言葉が止まった。もっと正確に言えば、金子は言おうとした言葉を止めた。
しかし、涼は「あとは?」と前のめりに、その続きを促す。
「あと、あとは……」
涼に見つめられ続け、動揺した金子は思い切るように答えた。
「最後のシュートだけは残念、だって」
* * * * *
「ん、仁科と金子か。ノート回収ご苦労……って、どうしたんだ仁科。何かを悟ったような顔をして」
「先生。人って欲張ってはいけない生き物なんですよ」
「はあ? 金子、こいつは何を言ってるんだ?」
伊藤の問いに、金子は「あはは」と愛想笑いを返すのだった。
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