第4話 なにそれ
初日は入学式とオリエンテーションのみだったが、次の日からは早速授業が始まった。
新生活のスタートをより良いものにしたいという気持ちは皆同じで、教室はやる気で満ち溢れていた。
数日までは。
「高校に上がっても、やっぱりだるいものはだるいよな」
「だな」
涼と長瀬は食堂のテーブルの上に弁当を広げ、昼食を摂りながらそんな愚痴をこぼしている。
食堂はかなり混んでいるが、彼らはなんとかテーブルを確保することに成功していた。
二人以外にも食堂で弁当を食べている者はいるが少数で、ほとんどが学食を購入している。
「悪いな、毎度移動させちゃって」
「いいってことよ。あれが隣だと気まずいだろう」
「……まあ、そうだな。接し方が分かんねえからなぁ。……ヒントも得られなさそうだし」
涼は最後の言葉をぼそっと呟き、弁当箱から鶏肉を箸で摘んで口に運ぶ。
「ヒント?」
「……やっぱりおかんの作る鶏のあんかけは美味いや」
「誤魔化すのが下手すぎだろ。普段おかんなんて言わないくせに」
長瀬がツッコミを入れるも、涼は白を切るようにそっぽを向く。
長瀬はため息をつき、話を続けることにした。
「それにしても、向こうは涼のことかなり意識してるみたいだぞ。昨日も部活中にお前のこと聞かれたし」
「そりゃ嫌いなやつのことは意識するだろ」
「そう言われればそうかもしれんが。ところで、涼の方はどうだったんだよ。部活。もうバンド結成したりしたのか?」
「あー。方向性の違いにより解散したよ」
「早っ。涼が音楽にそんなに拘りがあったなんて……ちなみに具体的な理由は?」
「俺は僅かな小遣いを部活で消費する気はないんだ」
「金銭的な問題じゃないか! 門前払いされたくせにミュージシャンぶってんなよ」
「うっせ」
バンド結成どころか楽器に触ってすらしていないことがバレた涼は、憎まれ口を叩いて食事を進める。
そんな涼を見て長瀬は難しい顔をする。
「で、どうするんだよ。部活。流石に帰宅部になる気はないんだろ?」
「放課後することなんてないし、一応どこかには入ろうと思ってるよ」
「それも入ったらモテるところに、だろ」
「……まあ」
「それこそ運動部だろ。やっぱりこの青春真っ盛り、キラキラとした部活といえば運動部よ」
「俺は坊主にはしたくないぞ。炎天下で運動する気もない」
「そんなあなたにおすすめしたい部活があります! なんと入部した生徒の99%が入ってよかったと言ってるんだ」
「なんか怪しい勧誘が始まったし、ずっとここに居座っていても迷惑だろうから俺は教室に戻るぞ」
いつの間にか弁当を食べ終えていた涼は、弁当箱を片付けて席を立つ。
「お、おい! オレはまだ食べてないぞ!」
「大丈夫。弁当は逃げないさ」
「涼が逃げようとしてるだろ! おい待てって!」
長瀬の制止の声も虚しく、涼は手をひらひらと振って食堂を出て行った。
そんな親友の後ろ姿を眺めた後、長瀬は深くため息をついた。
「教室に戻るって……絶対嘘だろ」
そう呟き、弁当箱の中のハンバーグを箸で転がした。
* * * * *
同時刻。
瑞姫は自分のクラスで、級友と一緒に談笑しながら食事を摂っていた。
「橘さんって地元この辺じゃないんだよね? 今はどこに住んでるの……?」
「親戚の家に住まわせてもらってるんだぁ。流石に一人暮らしは許可が下りなくてさ」
「わたしも高校生で一人暮らしはやっぱり難しいって思うな。でも、どうしてわざわざこっちに来たの……?」
「……うーん」
瑞姫は箸を咥えたまま固まり、少し考え込む。
そして思いついたかのような表情を浮かべ、ゆっくりと口を開いた。
「新しい出会いを求めて、みたいな?」
「ふふっ。なにそれ」
「本当。なにそれって感じだよね。意味わかんないよね」
自分の言ったことを強く否定する瑞稀がおかしくて、瑞姫の級友——
「あはは、今のは冗談。ちょっと環境を変えてみようと思ったのさ!」
「環境かぁ。橘さんは新鮮な刺激を求めてるってこと、かな?」
「新鮮……うーん、どちらかというと逆かも?」
「へ?」
瑞姫の発言に金子はきょとんと首を傾げる。
瑞姫は「あはは」と笑い、少し意味ありげな表情を浮かべる。
「いま親戚の家に居候しているって話をしたでしょ? その家とは小さい頃から結構交流があってね、たまにこっちに遊びに来てたりしてたのさ」
「あ、なるほど。じゃあ完全に新天地ってわけじゃないんだね」
「そゆこと! 右も左も分からない土地に飛び込む勇気は私にはないかなぁ」
瑞姫の発言を聞いて金子は「ふーん」と唸った後、「あっ」と何かに気づいたような声を漏らす。
「もしかしてさっき言ってた『逆』って、つまり橘さんにはこの土地に何か思い出があるってこと、かな?」
金子は困り眉で少し自信なさげに、しかしドヤ顔でそんな推理を披露する。
すると瑞姫は頬を少し赤らめ、
「ま、まあそんな感じかなー?」
と言いながら金子から視線を逸らした。
それを見逃さなかった金子の目が光る。
「橘さん、橘さん。そのお話、もっと詳しく聞かせて」
「えぇ!? そ、そんなに面白い話じゃないよ……?」
「ううん。絶対に面白い。絶対に」
「おぉう。金子さん押しが強いね。そんな感じだったっけ」
「わたしのことはどうでもいいの。ねえ、お願い。橘さん。お話聞かせて?」
金子の押しの強さに面を喰らい瑞姫は困り顔をしながらも、少し嬉しそうに話す。
「……私がバスケを始めたきっかけと出会ったのがこの土地だったのさ。正確には近くのバスケットコートだけど」
「橘さん。その出会いって男の人との出会いってことだよね?」
「え、えっ!? ……どうしてそうなるのかなー? バスケを始めたきっかけって言ったはずなんだけどー?」
「わたし、恋愛ごとに関しては勘がするどいのっ」
「わぁ綺麗なドヤ顔だ。おっと、そろそろお昼休憩も終わっちゃうし、急いでご飯食べるぞー」
露骨に話を打ち切った瑞姫に、金子は頬を膨らませて抗議する。
しかし次の瞬間ふふっと笑い、「時間はたくさんあるもんね」と言った。
瑞姫もあははと笑い返すが、金子にこの話をしたのは少し失敗だったかなと思うのだった。
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