第3話 あ、無理っす
入学式のあった翌日の放課後。
キュッキュッというシューズと床が擦れる音やボムボムとボールがバウンドする音が体育館に響き渡る。
その音の原因は桜蓮高校バスケ部の部員たちだった。
その中に練習着に着替えた長瀬の姿もあった。
隣には床に座り込んだ男子がいる。
「
「もう勘弁してよぉ。さっきからずっと休みもなしで動いて疲れたよぉ」
「でも練習に来てるんですし、時間も限られてますよ」
「僕は君みたいに豪胆じゃないの! 繊細なの! あぁ見てよ僕の可哀想な脚を。もうプルプル震えてるよ」
「バスケはスタミナ勝負ですよ。今から走り込みに行きますか?」
「お、鬼ぃ!」
もはやどちらが先輩か分からないくらい長瀬が渡辺をしごいてるところに、半袖のシャツをさらに捲った男が近づいてきた。
「ハッハッハッ。活きのいい後輩が入ってきて俺は嬉しいよ!」
「
「うん! なかなか光るものがあるぞ。中西はスタミナに優れていて走り込みをしても息を切らさないし、佐藤は戦術的な理解とバスケIQが非常に高いように感じるし、田中はドリブルが上手い」
「ドリブル……」
「これは俺たち二年生も、三年生がいないからってうかうかしてられないな! レギュラーなんて……すぐに……奪われ……はぁ」
熱海のまくられていた袖が落ちていくと同時に、熱海の勢いも落ち込んでいく。
「あぁそうさどうせいつか俺のレギュラーの場なんて、ぽっと出の一年生たちに奪われてしまうんだ。ただガッツがあるだけの俺と比べて、後輩たちは優れた能力を持っていて。はぁ」
「しめた! 熱海がブルーモードに入った! 熱海、僕と一緒に休もう!」
「あーそうだなぁ。こんな俺がいても邪魔だろうしなぁ。コートの端にでも行くかぁ」
長瀬は苦笑を浮かべながら、情けない二人の先輩が揃ってコート外に出ていく姿を見届ける。
するとそこに女子が一人近づいてきた。
「よっ」
「ん? げっ」
「げって何さ。失礼だなぁ」
長瀬は声をかけられたので振り返ると、そこには親友と因縁のありそうな女子、橘瑞姫が立っていた。同じく練習着を着た彼女は腰に手を当て、むっとした顔をしている。
どう関わったものかと考えていたところだったため、つい素直な反応が出てしまった長瀬は、瑞姫の不服そうな顔を見て口元を押さえる。
「な、何の用だよ」
「……いや、男女で別れてるけどさ、せっかくのバスケ部同期なんだし挨拶しとこうかなって」
「ふーん。それなら他の連中も呼ぼうか?」
「それは……また今度でいいかな」
「はあ?」
長瀬が困惑する声を漏らす中、瑞姫は周りをキョロキョロと見渡す。
そして眉間のしわを寄せ、誰かを探すように視線を動かしながら聞く。
「……あいつはいないの?」
「あいつって……あぁ。いないよ」
「は、はあ? どうして? もしかしてあたしが嫌いって言ったから? それに対する当てつけのつもり?」
「違うと思うけどな」
「……意味わかんない。あんな奴、バスケ部以外にどこに行くって言うのさ」
「なんか軽音楽部に入るみたいだぞ」
「はあ!?」
今日一番の驚愕の声が瑞姫の口から飛び出て、長瀬はケタケタと笑う。
「普段音楽聞かないし、今まで楽器なんてリコーダーくらいしか触ったことない奴が軽音楽部だってよ。笑うよな」
「い、意味わかんない。……どうしてそこに入るか聞いたの?」
「え? あー……」
長瀬は涼の言っていた理由を思い出す。彼は「モテたいから」と言っていたがそれが本音であるようには思えないし、今ここで言ったら瑞姫の怒りが爆発するのは目に見えてわかった。
だから穏便な方の理由を述べて、誤魔化すことにした。
「なんか新しい出会いを求めて、とか言ってた気がする」
すると瑞姫は納得していないながらも、それ以上追及することなく「……ふーん」と呟いた。
「まあいいや。それじゃあ長瀬くん。これからよろしくね」
踵を返して女バスの方へ戻ろうとする瑞姫。
長瀬はその背中に「ちょっと待って」と声をかける。
「どうして橘さんは涼を嫌ってんの? 二人は、前に会ったことがあるわけ?」
瑞姫は足を止めた。しかし振り返ることはなく、そのままの状態で長瀬の質問に答える。
「別に。ただズルいことをする人は嫌いなだけ。今も勝ち逃げみたいなことして……」
そこで言葉が止まり、瑞姫はそのまま再び歩みを進め始めた。
長瀬は瑞姫の言葉を頭の中で繰り返し、うーんと腕を組む。
「ズルい、か。なるほどね。しばらくは様子見かなぁ」
誰に言うわけでもなくそう呟いた後、他の部員のもとへ駆けて行った。
* * * * *
放課後。
部室棟のとある一室で、ある男子が先輩から聞かされた事実に打ちのめされていた。
「えっ、楽器の貸し出しはない!?」
「入門セットでも軽く二万円近く……?」
「でもオススメはそれより高いギター本体のみのやつ……?」
「大体必要なものを揃えようとしたら五万円はかたい!?」
「……あ、無理っす」
彼はそれ以降、その部室に訪れることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます