第2話 因縁、ねえ

 クラスメイト全員の自己紹介も終えたところで、丁度いい時間になったことで涼たちは伊藤の先導のもと入学式の会場である体育館へと向かった。


「移動中話すなよ。私のクラスはいい子ちゃんで構成されてくれ。私の評価に関わるからな」


 そんななんとも自己中な注意をされ、涼たちは無言で廊下を歩く。


 しかし、目は口ほどに物を言うではないが、クラスメイトの視線は涼と瑞姫に集中していた。


 涼は自身に刺さる視線に耐え切れず、その原因に目をやる。すると向こうもこちらを向いており、目が合ってしまった。瑞姫は一瞬顔を顰めた後、すぐに視線を逸らした。


 そんな二人の様子を見て、周りのクラスメイトは更に二人の動向に注目するようになる。


(勘弁してくれよ……)


 涼は胸中で力なく呟いた。




 * * * * *




 入学式を終えた後は再び教室に戻り、伊藤から学校生活に関するレクチャーを受けた。


 高校に上がったからといって特に難しいことはなく、今まで通り規律正しくそして慎ましく生活しろとのことを、伊藤は怠そうに説明した。


 それからはいくつかの資料が配られ、それらの説明も終えると今日は解散となった。


「それでは気をつけて帰れよ。問題なんて起こしたら私の勤務時間が増えるからな」


 伊藤は最後まで教員ぽくない発言を残し、教室から去っていった。


 クラスメイトはそんな伊藤の態度に苦笑を浮かべた後、伊藤に続くように教室を出ていく。


 それは涼のお隣さんも例外ではなく、人より少し多い荷物を持って教室を出て行った。


「なかなかインパクトのある先生だよなぁ」


 長瀬が席に座ったまま、体を後ろ向きに転じて涼に話しかける。


「だな。まぁ俺は結構好きだけど」


「おっ。涼の好みのタイプってあんな感じなの?」


「違う違う。そういうんじゃねえよ。あの先生、いい加減な感じだけど、なんだかんだ生徒想いだと思うんだよ」


「ふーん。なるほどね。涼はギャップのある女性が好きっと」


 長瀬は携帯のメモアプリを開き、自身が呟く言葉をそのまま入力していく。


「違うって言ってんだろ。てかなにメモしてんだよ」


「まあまあ。で、涼は部活どうすんの?」


 分かりやすく話を逸らす長瀬に、涼はため息をこぼす。


 しかしこっちが本題のようで、長瀬は既に携帯をしまっており、涼の目をまっすぐ見て聞いてくる。


 涼はその視線から逃げるようにそっぽを向き、何もない空間を見つけながら答える。


「長瀬。俺、音楽を始めてみようと思うんだ」


「はあ? 涼が? 今まで音楽で2しか取ってきてないやつが?」


「小学校では4だったぞ」


「10段階評価だったからだろ! 中学は5段階評価だったから実質万年評価2だろ」


「万年評価4とも言えるな」


「スケールを変えただけで同じだって言ってんだ。で、何。吹奏楽部にでも入んの?」


「いや、ここは軽音楽部っしょ。俺の内なるロック魂が燃えてる気がするし」


「本音は?」


「モテたい」


「浅っ」


「無駄にモテる奴には分からねえんだよ、この悩みが」


 長瀬は昔からモテていた。高身長なこともあるが、短髪が似合うスポーツマン顔で、実際バスケが上手く、明るい性格だ。中学校でファンクラブができていたのも涼は納得できる。


 そんな彼の隣にずっといたからこそ、涼は苦々しくその言葉を吐いた。


「なんだよそれ。なあ、涼。中学の時みたいにオレと——」


「とにかく」


 涼は長瀬の言葉を遮って言う。


「俺は新たな出会いを求めて軽音楽部に行くぞ」


「……そうかい。まあ涼がそう決めたんならオレはもう何も言わねえよ」


「悪いな」


「別に謝ることなんかねえよ。事情は知ってるしな。それじゃあ、オレを武道館へ連れて行ってくれよ」


「チケット代貯めておいてくれな」


「金取るのかよ! せこいなぁ」


「俺に悪口言ってたら俺のファンから袋叩き食らうぞ」


「既にビッグミュージシャンを気取ってやがる。それも厄介なファン付けてんなあ」


 互いにそんな軽口を叩いた後、視線を交わしてふっと笑い合う。


 話も落ち着いたなと感じた涼は鞄に手をかける。


 しかし、長瀬は話を続けた。


「そういえば、野中のなかから聞いたんだけどさ」


「野中? 誰?」


「お前の後ろの席だよ!」


「あぁ、あいつ野中っていうのか。途中から自己紹介聞けてねえんだよ」


「……そうかい」


「で、その野中が何だって?」


「あぁ。自己紹介で野中もバスケ部に入るって言ってたからさっき少し話してみたんだよ。そしたら、他には誰がいるんだって話になってさ。どうも彼女もバスケ部に入るみたいだぞ」


「誰が」


「ん」


 長瀬は顎をしゃくって、涼の隣の席を指し示した。


 涼はその先を追ってじっと見た後、「ふーん」と唸る。


「どうしてそれを俺に言うんだよ」


「いや。二人の間にはなんか因縁があんのかなって」


「因縁。因縁、ねえ」


 涼は『因縁』という言葉を繰り返し呟く。


 長瀬はその様子を見て、察したような表情を浮かべる。


「まあ、因縁はあるわな。正しくは付けられたってか。ははっ」


 長瀬が冗談めかして言うのに対し、涼は再び遠くを見ながら呟く。


「因縁、ねえ」



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