入学初日、隣の席の女子に嫌いと言われた。

土車 甫

第1話 第一印象は大事だってのによ

 今日は高校の入学初日。


 新たな一歩を踏み出すための特別な日であり、若き少年・仁科にしなりょうは期待に胸を膨らませていた。


 真新しい制服を着込み、鞄を背負った涼は自宅を出発した。


 中学までは使わなかったバスに乗り込み、親に買ってもらった定期をかざして奥へと進む。


「ありゃ」


 席は既に埋まっており、立つしかないことを悟った涼は軽くため息をつき、適当な吊り革につかまる。


「発車します」


 車内放送が流れると、バスは急激に発車した。涼は瞬時に吊り革を掴む手の力を強め、何とかその場に踏みとどまる。


「この路線のバスは昔から運転が乱暴なんだよなぁ」


「ほんと。座れてよかったね」


 そんな会話が聞こえてきて、涼はまた、ひとつため息をついた。


 しかし今日は高校生活の始まりであり、少しのバスの揺れや混雑で気落ちしている場合ではない。


 涼は車窓から見える風景を眺めながら、心の中で自分自身にエールを送る。


 やがて、学校の門が現れた。


 乗車したバスは校門近くのバス停に止まり、涼を含めた多くの乗客がゾロゾロと降りていく。服装から察していたところだが、やはりバスの乗客はほとんどがこの桜蓮おうれん高校の生徒たちだった。


 そして涼と同じく新入生ばかりだ。それは表情とか様子を見ればすぐに分かる。誰も彼も涼と同じ表情を浮かべ、そわそわとした様子を見せている。


 そんな観察をしていると、涼の肩をポンッと叩く者が現れた。


「よっ、涼。ちゃんと遅刻せずに来たな」


「ん? おー、長瀬ながせか。気づかなかった」


「この高身長を捕まえてよく言うな。目立つはずなのに」


「正確に言うと意識してなかった」


「より酷い言い方になったな!? まあいいや。さっき掲示板見てきたんだ。喜べ。オレたち今年も同じクラスだぞ! B組だ!」


「それは膨れるな。頬が」


「胸を膨らませろよ! それにお前が頬を膨らませても可愛くねえよ」


「嬉しくてニヤけが止まらないから誤魔化すためにやってんだよ」


「涼……! やっぱりお前はオレの親友だよ!」


 感極まった様子で長瀬が涼に抱きつく。


「離れろ親友」


「親友にかける言葉かそれ……?」


「今の俺たちの様子を客観視してみろ。入学早々、変な噂を立てられたらたまったもんじゃない」


「おっと。それはまずいな。俺たちは親しい仲だがお互いに恋愛対象は女子だもんな」


 長瀬は納得したような表情を浮かべ、急いで涼から離れる。


 涼は長瀬が離れたことでふぅと息を吐く。


「そういうこと。ところで、その髪ハネはオシャレのつもりなのかな、色男くん」


「え? も、もしかして寝癖ある!?」


「見事なツノが生えてる」


「う、うわぁ、マジかよ。これから一年間を共にするクラスメイトとの初対面だぞ! 第一印象は大事だってのによ……」


 焦った様子でツノを倒す長瀬を見て、まぁこれはこれで印象が良いのではと涼は思うのだった。





 * * * * *




 少し迷いながら一年B組に辿り着き、中に入る。


 長瀬という小学生の頃から一緒の人もいるが、やはり多くは涼にとって見知らぬ者だった。


 新しい出会いに希望を抱きつつ、黒板に記されている座席表を参照しながら自分の席へと向かう。


 席は出席番号順になっており、列ごとに男女が交互に並んでいる。


 涼は席に座り、軽く周りを見渡した。目の前には長瀬が座っており、後ろは見知らぬ男子、そして両隣には女子がいる。


 ふと長瀬のとは違う制汗剤の匂いがしたと思ったその時、教室の扉を勢いよく開けて大人の女性が入ってきた。賑やかだった教室が静まり返る。


 スーツを身に纏ったその女性は教壇へ上がり、俺たちを見下ろして言う。


「どうも。今日からあんたらの面倒を見るB組担任の伊藤だ。このあと入学式が執り行われる予定だけど、その前に自己紹介するぞ。帰りが早くなった方がいいだろ? 私はその方がいい」


 そんな担任の怠惰に感じる発言から、涼たち新入生の自己紹介が始まった。


 初めに自己紹介をした生徒のテンプレートに倣い、みな名前と出身高校、そして好きなものと嫌いなものを席の順番に話し始める。


 涼は嫌いなものなんているか? と思ったが、相手の地雷を知れるのはいいことかと考え直した。


 自己紹介は淡々と進んでいき、涼は次の番である隣の席の女子の自己紹介に注意を向ける。


 彼女は席を立ち、肩に付かないくらいの短い藍色の髪を揺らして涼を一瞥した後、正面を向き直す。


たちばな瑞樹みずきです。地元は隣の県で、高校進学と同時にこっちに引っ越してきたので知り合いが少ないです。仲良くしてくれると嬉しいです! 好きなのはバスケ。嫌いなのは——」


 彼女、橘は正面を向いたまま涼を指差して言った。


「隣の彼です」


 瞬間、教室中がざわつき始めた。


「え、なに。どういうこと?」


「あいつ何かやらかしたわけ?」


「女の敵……?」


 そんな喧騒の中、当人である橘は席に座ってそれ以上何も言わない。


「はいはい。静かに。時間ないから、自己紹介続けて」


 伊藤先生の号令により、次の人がバトンを受け取って自己紹介を再開する。しかしクラスメイトの意識は橘と涼に向けられていた。


 涼はというと、思い当たる節のない嫌悪の感情を向けられて混乱していた。


(なんで俺? あ、でも隣ってもう一人いるし……いや俺のこと指差してたなぁ……えぇ……)


 そんなことを考えている間に、涼の自己紹介の番が回ってきた。


「涼。お前の番だぞ」


「え。お、おう」


 涼は立ち上がり、慌てて自己紹介を進める。


「仁科涼、出身は第一中です。えっと、食べることが好きで、苦手なのは……バスケと隣の女子です」


 言い終えて。額に手を当て「あちゃー」と呟く親友を視認し、涼は自分の第一印象が失敗したことを察した。

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