第28話 エリスの帰還②

 俺はいつの間にかエリスに頭を掴まれていた。

 凄まじい力が頭蓋を圧迫し、一瞬で状況の深刻さを理解した。

 殺される。


 力では敵わない。エリスは元の世界で神速と謳われるほどの実力者だ。何かできることを。

 

 俺は咄嗟に【賢者の目】を使ってエリスを見た。



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 名前:エリス=シャルロット・ジルベール


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 間違いなく彼女だ。偽装の線は消えた。


 耳元でエリスが囁く。


「お前に呪いをかけた。今見たことを他の者へ伝えたらお前は死ぬ」


 そんなのありかよ。


 そこで俺の意識は途切れた。



 ◇



「はやとさんお待たせしました! お飲み物を買ってまいりまし……大丈夫ですか!?」


 俺はセラフィーラさんに介抱されて意識を取り戻した。


「ありがとうございます……ってなんですかそれ?」


 セラフィーラさんが両手に何かを持っている。


「自動販売機で買いました! ラーメンのスープです!」

「チョイスが独特すぎる……」

「ラーメンお好きでしたよね?」


 ちゃんと指定しなかった俺が悪いか。


「他のお飲み物にしますか?」

「何があります?」

「コンポタです!」


 水分補給という観点だと偉く飲みづらい物を。

 でも俺のために選んでくれたんだ。


「じゃあ、それで! ありがとうざいます!!」

「どういたしまして! では張り込みを続けましょう!」

「それなんですけど」


 今は飲み物で騒いでいる場合ではない。

 俺は破壊された魔法陣の方向を指差す。


「なんと! はやとさん大変です! 魔法陣がまた破壊されてしまいました!」

「そうなんです。しかも犯人は」


 「エリスが…」と言葉を続ける前に、頭が割れるような痛みが走りうずくまってしまった。


「はやとさん!?」

「エ……」


 声も出せず、地面に指で名前を書こうとしたが、痛みはさらに強くなる。

 エリスが破壊したことを伝えようとしただけで痛みが走った。伝え切ると死んでしまうのだろう。


「もう、大丈夫です……」


 セラフィーラさんの顔は不安で曇っていた。


 エリスはどこに行った。なぜこんなことを。


「ご無理なさらないでくださいね」



 その時、森の奥からエリスが現れた。


「2人ともどうかしたのか?」


 やはり近くにいたか。どうする気だ。


「エリス様、大変なのです! 魔法陣が破壊されてしまいました」

「なんだと!!」


 あくまで知らないフリをするのか。


「張り込みは?」

「はやとさんが」

「犯人を見たのか?」


 俺を試している。告発か死か。

 ここは身を賭して伝えるべきか。いや、まだセラフィーラさんへ危害が加わると決まったわけではない。だが、魔法陣を作ったのはセラフィーラさんだ、いつ矛先が向かうかは。


「いつの間にか意識を失っていたから、犯人は見ていない」

「そうか……くそっっ!」


 エリスは拳を地面に叩きつける。


 その姿は本気で悔しがっているように見えた。


「まだ近くにいるはずだ、絶対に逃しはしない!」


 次の瞬間にはエリスの姿は消えていた。

 速い。


「私も探します!」


 セラフィーラさんも後を追った。


 エリスはなぜ魔法陣を破壊した? 元の世界へ戻りたいんじゃないのか?



 ◇



 昼下がりの森は、陽光が木々の間を縫って地面に斑点を描き出していた。


「見つかりませんでしたね……」


 そう言ってセラフィーラさんは肩を落とす。

 当然、犯人が見つかるわけはなかった。


「また何ヶ月もかけて魔法陣も構築しないといけないのか……」


 重苦しい空気の中、口を開いたのはセラフィーラさんだった。


「その必要はございません! こちらへどうぞ!」


 セラフィーラさんへ誘導され、草をかき分けながら森の奥深くにやってきた。

 この公園にこんな場所があったなんて。木々に囲まれたこじんまりとした広場に出たとき、セラフィーラさんは得意げに手を広げた。


「じゃ、じゃーん、です。そんなこともあろうかと、並行してもう一つ作っておいたのです!」


地面には破壊されたものと同じ紋様の魔法陣が描かれており、青白く発光していた。


「有能すぎる!って、同時に作れる物なんですか!?」

「えぇ。魔法陣は毎日調整する必要はなく、定期的に漬けなくてはなりません。その間は魔力を持て余していたので、もう一つ作っちゃいました!」


 そんなぬか漬けみたいなノリなんだ。


「魔法陣がもう一つあることは誰にも言ってなかったんですか?」

「はい! ただの保険でしたので」


 その時、エリスがゆっくりと剣を抜いてセラフィーラさんの背後へ回った。


 危ない、と俺の本能が警告する。

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