第27話 おかえりのハグ & エリスの帰還①

 セラフィーラさんの正式な永住権獲得のために天随大使を目指しているが、条件が厳しすぎる。

 あっという間に2ヶ月が経ってしまった。

 あと3ヶ月ちょっとで未知の情報の入手か、外的要因の排除を達成しなくてはいけない。

 後者を達成できる「女騎士エリスの帰還」が最も現実的だけれど、帰還ための魔法陣が破壊されたらいよいよ後がない。

 

 俺は、今後について頭を悩ませながら癒しを求めて家のドアを開ける。


「ただいまー」


 エプロン姿のセラフィーラさんが出迎えてくれた。料理という料理はしていないがやはり形から入るようだ。

 

 俺は流れでセラフィーラさんに抱きつく。


「ふぉっ、おかえりなさいませ!」


 ふぉ? 珍しい声を聞いた。

 あれ、いつもは背中に手を回してくれるんだけど。


「って、顔真っ赤じゃないですか! 熱でもあるんですか?」


 俺はすかさずおでこを触る。

 セラフィーラさんは目を見開いたまま、借りてきた猫のように動かなくなってしまった。


「熱ではなさそうですね」

「だいひょうぶですっ」

「無理しないでくださいね」

「無理などしていません! に、日課のハグは朝に済ませたのでビックリしてしまって」


 あ。


「ごめんなさい! そうでした! 朝しましたね」 


 しまった。考え事に集中しすぎて間違えてしまった。


 セラフィーラさんは壁側を向いてうずくまる。


「はぁ……はぁ……」


 翼をパタパタさせながら肩で息をしている。相当驚かせてしまったらしい。

 なんと詫びたら。俺、汗臭かったかも。


「あの......はぁ......はやとさん」

「はい?」

「もしよければ、今のようにお帰りになった際もハグをしてくれませんか?」


 俺としては願ったり叶ったりだけれど。


「どうしてですか?」

「先ほどのハグがとてもよく、ではなくて。天随大使の認定期限まで、す、数ヶ月しかないので愛について学ぶ機会は増やした方がよろしいかと!」


 セラフィーラさんは指をもじもじさせる。


 認定の条件、未知の情報の入手、は人間の感情といった内容でも良いと俺たちは予測している。

 セラフィーラさんは本当に勉強熱心だなぁ。


「そうですね、分かりました! 行きと帰りで毎日2回ハグしましょう」

「ありがとうございます!」


 セラフィーラさんは立ち上がって満開の笑顔を咲かせた。


「それと一件。はやとさんにご報告があります!」


 なんだろう。


「エリス様帰還のための魔法陣が明後日、完成します!」

「おお! いよいよですか! ん? じゃあ、別に毎日2回ハグしなくても」

「それとこれとは話が別です!」


 セラフィーラさんは手のひらを俺へ向け、ぐいっと手を伸ばした。


「却下されてしまうかもしれません! 正式に認定されるまでは続けましょう!」

「わっ分かりました」


 気迫に押された。

 まぁいいか。別に減るものじゃないし、むしろありがたいし。


「ということでですね。今日は朝まで張り込みをしようと思うのですが、よろしいでしょうか?」

「たしかに、前回の魔法陣破壊の犯人が来たら厄介です。張り込みましょう」


 もし犯人が現れなければ、そのままエリスを帰還させるだけだ。

 このなっがい張り込み生活とももうすぐおさらばだ!



 ◇



 俺たちはそそくさと風呂と夕食を済ませ、佐々木公園の広場までやってきた。

 広場の中心でセラフィーラさんお手製の魔法陣が青白い光を放っている。

 よかった、今回は壊されていない。


「じゃあ早速、張り込みしましょう」

「はい!!」

「セラフィーラさん声でかい」


 俺たちは茂みの中に入る。

 3月にもなると草や葉が増えてちくちくするな。


「ってセラフィーラさん近くない?」

「いえいえ、いつも通りです」

「そうだっけ?」

「そうですとも」


 しれっと密着してくるじゃん。

 どういう心境の変化だろう。まぁいいや。


「ところで、エリスはどうしてるんですかね?」

「公園の周辺で警戒を強めていると思います。エリス様が近くにいると魔法陣破壊の犯人は現れないでしょうから」

「それもそうですね」


 エリスとしては、前回の魔法陣破壊の犯人を現行犯で捕まえた上で、元の世界に帰るつもりなのだろう。完璧主義って感じだ。



 張り込み開始から数時間、深夜の2時を回った。


「最近まで寒かったのに今日は暑いですね。喉が乾いてきた……」

「お飲み物を買ってきましょうか?」

「いえ、自分で買ってきます」

「いえ、ここは私にお任せを! 私の方がスキルで見つからずに買えると思います」

「じゃあ、お願いします」

「では」


 前みたいに婦人警官コスって訳でもないもないし、セラフィーラさんの方が目立たず行動できるだろう。


 すっと、音も立てずにセラフィーラさんの気配が消えた。

 もう行ってしまったのか。ふとした時に女神を出してくるんだよな。


 

 ◇

 

 

 セラフィーラさんが飲み物を買いに行ってから20分が経った。

 まだ戻ってこない。どこまで買いに行ったんだ? 大丈夫かな。

 俺はただ1人、茂みを注視する。眠い。


「え?」


 魔法陣の前に人影が現れた。いつの間に。


 暗くてよく見えないが剣を握っている。

 コスプレでなければ、ほぼ確実に魔法陣を破壊しにきた異世界人。


 そいつは剣を大きく振り下ろした。


 魔法陣が反応し、軽い地鳴りが発生した。体に響く。

 止めに行くべきか、いや、俺には無理だ。犯人を突き止めることに専念しよう。


 繰り返し魔法陣へ剣を突き立てる。


 魔法陣はだんだんと崩れていき、最後に強い光を放ち消えてしまった。


 あっけなく破壊された。

 しかし、それだけではない。魔法陣の最後の光で犯人の顔が見えたのだ。賢者の目を使うまでもなかった。


「どうして……」


 破壊の犯人は、女騎士エリスだった。


「見たな」






==============

その頃、セラフィーラ様は、新500円玉が自販機に入らず、パニックになりながら各地の自販機を転々としていたとのこと。


『エリスの帰還』はあと2~3話ほど続きます。

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