第19話 お料理教室・前編
「どうしたら私にも彼氏ができると思う?」
「ゆずねえ、最近そればっかだな」
「仕方ないでしょ! 毎日お隣さんのイチャイチャを見せつけられてるんだから!」
「こりゃ、だいぶ参ってんな」
他人事だからって嘲笑しやがる。
対面だったら今ごろゲンコツを食らわせていたに違いない。
「なんでもいいから! 男視点の意見が欲しいのよ! こんなの相談できるの幼馴染のあんたくらいなんだから」
「うーん、そうだな。男はもっと家庭的な人を好きになるんじゃない?」
家庭的……。
「ほら、例えば料理とか」
「料理かぁ。料理は、からっきしだからなぁ」
「じゃあしばらくは無理そうだな」
「うるさいっ!」
私は怒りに任せてスマホをベッドへ投げ捨てた。
◇
ピンポーン。
「はーい」
ドアを開けてすぐに「やべっ」と思った。
例のお隣さんだ。
「おはようございます柚木様」
「あっはい。おはようございます」
お隣さんはおじぎをする。相変わらず礼儀は正しい。
「この度はこちらのお誘いに伺いました!」
チラシ? 面倒だからすぐにことわ……。
「お料理教室、参加者募集。3名から?」
「はい! 私、お料理教室とやらに参加してみたいのですが、ご一緒できる方をあとお一人探していまして……」
このバカップルと一緒とか絶対嫌なんだけど。
「はやとさんはお仕事があるので、ご参加できないのです」
えっ心を読まれた? こわ。
「私じゃなくても......他の女友達とか」
「いえ。私にお友達はおりません」
そ、そうだったの。意外。
「柚木様だけなのです!」
「っ!」
昨夜、あいつにバカにされたばっかだし。これも何かの縁なのかも。
それに、こんなふうに懇願されちゃったら……。
「分かりました。参加します」
「ありがとうございます!!」
そのままの勢いで手を握られた。近い。
モデルさんみたい。この人は本当にツラはいい。
「あっでも。もう一人は私でいいって? 初めましてになるけど」
「大丈夫です! 初めましてではありませんので!」
え?
◇
お料理教室の参加手続きの音声記録。
Q 料理経験は?
Yさん
あまり。普段も自炊せずに、スーパーの惣菜で済ませてしまうことが多いです。
Sさん
あります! 得意料理はおむすびです!
Eさん
そんなものはない。私は剣の道一筋だ。まぁ、剣も包丁も同じ刃物だから勝手は一緒だろう。問題ない。
◇
来るんじゃなかった……。
椿ちゃんが保育園を脱走した時に、お隣さんと魔法陣を描いていた銀髪のコスプレ女も参加だったなんて。
今から帰、いやだ。絶対にアイツにバカにされる。料理教室にすら通えないのかって。
私のプライドが辞退という選択肢を許してくれなかった。
「本日はみなさまに、とろ〜りオムライスとコンソメスープを作っていただきます〜」
料理教室の正面のホワイトボードの前で、先生が食材の紹介や作り方の説明を始めた。
お隣さんはメモ帳で熱心にメモを取っている。よかった。真面目に参加してるっぽい。
よく知ってる料理だし、私にも作れそうだ。
3人1チームでそれぞれのチームの調理台に並べられている食材を使うとのこと。
「久々の狩りだと思ったのだが、全部揃っているのか」
食材調達からなわけないでしょ。
「スタートです〜」
あっ、コスプレ女にドン引いてるうちに始まっちゃった。
えっと、まず下にあるガスの元栓を開けなきゃ。えーと、この台の下に元栓が……。
「火が出せました!」
「流石だな。セラフィーラ殿」
あぁ、なんだ。ガス栓開いてたのね……ん? いや閉まってるけど? あれ?
「火の確認ができたので、次は野菜を切りましょう」
「あっそうね。数もあるし、ここは分担しましょ」
「刃物の扱いなら私に任せろ。これが人参か。ハァッッ!!」
コスプレ女が包丁を振り下ろす。
「そんな乱雑な切り方じゃ危ない……すごい! 綺麗に切れてる!」
「ふっ。騎士団を舐めてもらっては困る」
「って! まな板ごと切れてる!?」
「聖剣ならば、この台ごと両断できたぞ」
何言ってんのこの人!?
「野菜だけ! 切ってください!」
「あぁ。そういうことか、すまない。フンッッ!!」
「今度はちゃんとピーマンだけ......粉々になって、ナニコレ? 粉?」
「この一瞬で9連撃とは! お見事です!」
「なんてことはない。が、せっかくだ。技名でも考えるか……。一瞬で流れるように屑にする、という意味で、屑流閃なんてどうだ?」
9連? はい? 私とは違う世界が見えているらしい。
「はぁ。もう私が切るから卵を割って混ぜといてください」
「そうか、分かった」
お隣さんは卵を持ち上げてまじまじと見つめる。
「魂は入っていないようですね。安心しました」
無精卵かってこと?
ブチャッ。
「あらっ?」
「セラフィーラ殿、卵も割れないのか。こういうのは力加減が」
ブチャッ。
「くっ」
「もう。あなたたちいい加減にしてください! もういいです。全部私がやるから大人しくしててくだ」
ブチャッ。
「あっ」
「…………」
「…………」
私も同レベルだった……。
私たちは手をベチャベチャにしてその場に立ち尽くし、互いの顔を見合った。
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