第18話 2人きりの張り込み
女騎士エリス帰還のために、セラフィーラさんが構築していた魔法陣は、無惨にも破壊されていた。
まさか元旦のど深夜に佐々木公園にくることになるとは。しばらく留守にしている公園の所有者の山田さんは顔見知りなので、出入りする分には問題はないだろうけど。
「一部は修復できましたが、完成にはまた時間がかかってしまいそうです。もう少しだけ魔力を送って安定させます」
「助かる。夜中に呼び出してすまない」
エリスは丁寧な口調で答えたが、その声には悔しさが滲み出ていた。
「クソ、私が眠っている隙に……一体誰の仕業だ」
エリスの帰還を妨害する魔王の手下が、この世界に来ているのだろうか。
「くっ……殺す」
「殺す!?」
「絶対に犯人を見つけ出して息の根を止めてやる」
エリスは鬼の形相で拳を強く握り締める。
「私はここから動かない」
エリスは魔法陣の前に鎮座する。
「エリスの寝込みに破壊したってことは、エリスが見張ってたら犯人は出て来ないんじゃないか?」
「そうか......そうだな。そうかもな」
やめてほしいな、その三段活用。
「なら、どうすれば良いのだ」
魔力を送り終えたセラフィーラさんが口を開く。
「私、名案を思いつきました! そこの茂みで張り込みをしましょう! 私たちで!」
「え? 俺たちで?」
「はい!」
セラフィーラさんはふんすふんす、とやる気のようだ。
俺たちずっと一緒にいるけど、セラフィーラさんの症状の件は大丈夫なのか?
◇
あー、さっむ。
ど深夜の寒空の下、都内5位の広さを誇る佐々木公園で、セラフィーラさんと魔法陣を張り込むこととなった。
エリスは公園の外で囮の役を担っている。エリス本人が離れていた方が犯人も姿を現しやすいだろう。
「お待たせしました〜」
セラフィーラさんが張り込みのための軽食を買ってきた。
「何を買ったんですか?」
「あんぱんと牛乳です!」
「えっ......で、その格好はどうしたんですか?」
「婦人警官コスです!」
「なんでまた?」
「張り込みと言えば、こうでなくては! そうですよね? ワトソンくん」
いやそれはシャーロックホームズ。
世界観ブレっブレ。ってかその格好でコンビニ行ったんかよ。勇気すごいな。
というわけで、2人で魔法陣の近くの茂みで身を屈めて、張り込みを続行する。
セラフィーラさんは小枝を両手に擬態。
【張り込み開始から1時間が経過】
動きなし。
あんぱん意外とうまいな。
昨日の今日で本当に来るのか?
【張り込み開始から2時間が経過】
動きなし。
ねーむっ。正月から何やってんだ俺たち。
「新人くん……そろそろマルヒが動き出しそうです」
「…………」
何も起きない。
被疑者(マルヒ)どこだよ。てか被疑者を探してんだよ。
「特に変化ないですね」
「あら? 私の長年の刑事としての勘が、今だと言っていたのですが」
「いつ刑事になったんですか。普通に楽しんでますよね? そんなんどこで覚えたんですか?」
「電気屋さんのテレビで放送されていました! 手に汗握るサスペンションです!」
「サスペンスね」
【張り込み開始から3時間が経過】
ふと。
そういえば、セラフィーラさんの俺との距離と時間に相関する症状は大丈夫なのだろうか。
「ってうわっ!」
セラフィーラさんが糸目で俺のことを凝視していた。
「なんで俺のことをガン見してるんですか? 魔法陣はあっちですよ」
「あの、少し冷えませんか?」
「ま、まぁ」
セラフィーラさんは俺の手をすりすりする。
「急にどうしたんですか? 飽きちゃいました?」
「…………」
えっ怖い。お喋りなセラフィーラさんが黙りこくるのがこんなに怖いとは。
「近く、ないですか?」
「この方が暖まるかと。もう少しだけこのまま……」
「はい……」
密着した状態での謎の膠着。
【張り込み開始から3時間30分が経過】
「あの。そろそろ」
ドキドキしながら横を向くと、セラフィーラさんは目をとろんとさせていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「お構いなく……」
やはり、俺と長くいるから発作が!?
とりあえず剥がさないと。
う゛っとんでもない強さでシャツを掴まれてる。剥がせない。これが神の力かっ。
「はやとさん……以前、愛を知るために順番にスキンシップをとるとよい、というお話をされていましたよね?」
「は、はい」
「手を繋ぎました。ハグもしました。次のスキンシップはなんでしょう?」
「わ、分かりません」
「本当は知っているのですよね? 私も自分なりに調査したのです」
俺はごくりと唾を飲み込む。
カプ。
一瞬、耳を甘噛みされた。
あまりの衝撃で何が起きたのか理解するのに時間がかかった。
どんな調査だよ!?
どう考えてもスキンシップに耳を甘噛みする工程は含まれてないだろ。
「ふふ」
細い両手で顔を抑えられる。
セラフィーラさんの吐息が当たる。
あっ。
「もっ申し訳ございませんっっ」
セラフィーラさんは顔を真っ赤にして謝罪を述べる。
「い、いまのは、わすっわすれてくださいっ!」
それからセラフィーラさんは逃げるように隣の茂みに入り、二度とこちらを向いてはくれなかった。
心臓が止まるかと思った。
◇
「そうか。望み薄ではあったが、やはり犯人は現れなかったか」
夜が明け、エリスと合流した。
「お前たち、そんなに離れてどうしたんだ?」
「あっ、いや。特に意味はない、と思う」
セラフィーラさんは顔を伏せて、俺と目を合わせてくれない。
「闇雲に張り込みをしてもいいけど、犯人に心当たりはない?」
「あぁ。この魔法陣を知ってるのは、水谷殿、セラフィーラ殿、リリム殿だけ......いや待て」
エリスは口元に手を置く。
「セラフィーラ殿。以前、人間に魔法陣の構築を見られたことがあったよな?」
セラフィーラさんは静かにこくこく頷く。
「あの時はたしか、幼い子供とその保護者、いや、保育士だと言っていたな。怪しい。そいつを見つけ出そう」
そういえば以前、一般人と鉢合わせてコスプレ集団だと思われたって言ってたな。それか。
「その方でしたら、私たちのアパートのお隣様ですね」
セラフィーラさんがようやく口を開いた。
お隣の柚木さんか。お隣さんがまさかの魔王の手下? んなバカな。
「よし、今から殴り込みに行くぞ」
「待って待って。もし無関係だったらどうするんだ」
「くっ。どうにか自然に接触する方法があれば」
脳筋女騎士め。
「それでしたら」
と、セラフィーラさんがミニスカのポケットから綺麗に折り畳まれた紙を取り出し、丁寧に広げる。
「以前、チラシをいただいたのです」
チラシには『お料理教室、参加者募集! 3名から!』と書かれていた。
「お隣様をお料理教室に誘いましょう」
この2人が料理とか、不安しかない。
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