第17話「今年もおそばにいさせてください!」

「お前たちは、バカなのか?」

「バ、バカって! 私はともかくセラフィーラ様に向かってなんてことを!」


 自分はいいのか......。


「すまない。思ったことがついそのまま出てしまった」

「はぁ〜〜!? 何よそれ! ちょっと表に出なさい!」

「落ち着いてくださいリリム! ここは公園なのでそもそも表です!」


 たしかに常識的に考えて他人に向かって「バカなのか?」は言いすぎだ。

 だが、流石にこれは......あまりにも......。


「一旦整理しよう。水谷殿の賢者の目ではセラフィーラ殿に異常は見られなかった、のだな?」

「うん。情報量が多すぎて2回気絶しながらの分析だったけど、異常は見つからなかった」

「そして、この前の体調不良では魂が弱まっており、そもそも分析ができなかった。が、今回はできた。つまり、原因は魂ではない、そういうことだな?」

「賢者の目に欠陥があるって可能性は?」

「それはないな」

「ありません」

「ありえないわ」


 満場一致だ。


 私がこの世界に来てすぐの時、セラフィーラ殿を魔王の手下と勘違いして繰り出したあの【我龍転生】の弱点を一発で見抜いた目だ。間違いないだろう。


「よし、本題に戻ろう。セラフィーラ殿の症状をもう一度説明してくれ」

「はい。最近、主に夕方ごろから夜にかけて胸が苦しくなります」

「不整脈!!」

「リリム殿、静かに頼む。他には?」

「お昼と、夜から朝にかけて頭がぼーっとしてしまいます」

「記憶喪失になる伏線!?」

「水谷殿、落ち着け。もしそうなら、その目で検出できるだろ」

「たしかに......」

「休日はどうだ?」

「はっ。一日中、頭がぼーっとします。でも、前にはこんなこと! 私変なんです!」


 うむ。

 すでに答えは出たようなものだが、私は核心をつく。


「その症状に水谷殿は関係あるか?」


 セラフィーラ殿は目を伏せた。


 やはりな……。


「俺のせいだったんですか!? セラフィーラさん言ってください!」

「いや、そうではなくてだな。セラフィーラ殿、伝えてやれ」


 リリム殿が恐ろしい形相で水谷殿にガンを飛ばしている。

 セラフィーラ殿は深呼吸をした。意を決したようだ。


「わ、わたくしは! はやとさんといるとポワポワしてしまいます!」


 よし、成ったな。二人の幸せを祈ろう。

 水谷殿はセラフィーラ殿に気があるようだし、これで......。

 

「そんなっ! 俺のせいでっ!!!」


 水谷殿がその場に崩れた。


「やっぱりお前か!」

「ぐふぉっっ」


 すかさず、リリム殿が馬乗りになって首を絞める。


 いや、どうしてそうなる。


「ま、待ってください。そういうことではなくてですね」


 セラフィーラ殿はもじもじしながら、くぐもった声で話す。


 ほら、分かりやすすぎるだろ。自明ではないか。これは私が試されているのか?


「もうじれったい! あとは、セラフィーラ殿がその思いを伝えるだけではないか!」

「思い?」


 セラフィーラ殿はきょとんとした。

 嘘だろ? こんなに分かりやすく、恋する乙女のような顔をして、無自覚だったのか!?


「なぜこうなるのか......これが何なのか......分からないのです......」

「セラフィーラ殿、それはあぃ」


 そうか。分かったぞ!

 セラフィーラ殿はサキュバスだ!

 サキュバスゆえに本当の愛を知らない。恋愛感情を理解していないのだ。

 私から答えを伝えても良いが、ここは一旦見守るべきなのではないだろうか。

 となれば、言うべきことは一つ。

 後ろで揉めている二人は放っておいて、話を進めよう。


「セラフィーラ殿、これは命を脅かす病ではない。焦る必要はないのだ」

「そう......なのですか?」


「私にもそういう時期があった。時間をかけて己と向き合えば、自ずと答えが出るだろう」

「そうですか......。ひとまず安心しました」


 うむ。私に今できることはこれくらいだ。


「そういう時期……はっ! 私知ってるわ! 厨二病ってやつよ!」

「違う」

「まさかセラフィーラさんが厨二病になるなんて......」

「だから違うと言っているだろ」


 なんなんだコイツらは。


「なら魂が繋がったことによる影響、という線も洗った方が良さそうね」

「そうだね。とりあえず俺の上から離れようか。そろそろ気絶しそう」

「はぁー?」


 二人は相談しているのか、揉めているのかよく分からん。


 これからもコイツらに振り回される気がする。


「エリス様、もう一つ。転移の魔法陣の件ですが」

「あぁ。調子はどうだ?」

「かなり安定しています。あと数日もすれば、いつでも使える状態になるかと」


 と思ったが、帰りの日は近いようだ。

 あれほど帰りたかったのに、不思議なものだな。ここでの暮らしは案外心地よかった。

 

 使命を果たさなければ。

 今度こそ、あいつをこの手で。



 ◇



「はやとさん、こちらは?」

「年越しそばです」

「としこし?」


 セラフィーラさんはゆーっくりと首を傾ける。


「一年の厄災を断ち切るために、他の麺類よりも切れやすい蕎麦を年末に食べる、という日本の伝統です。たしか江戸時代ごろからあるとか」

「伝統、私の好きな言葉です!」


 セラフィーラさんは目を輝かせながら、メフィラス構文でそう言った。


「毎年食べるのですか?」

「そうですね。水谷家も毎年食べてました」

「人間はマメなのですね」


 何百年も生きているとそういう認識なのか。


「では、いただきます〜」

「いただきます〜」


 セラフィーラさんは少しずつそばを口に入れる。まだ吸うのは下手くそだが、最近箸を使えるようになってきた。小さな成長だ。


「ほんのりと香りと甘みがあって美味しいです。えびフライもぷりぷりです!」


 マジであったけぇ。染み渡る。


「そういえば、年越しそばの意味は諸説あって、蕎麦と側をかけて、来年もそばにいよう、という意味だったって説もあるらしいです」


「ふふ。そうですか。そうですか」


 セラフィーラさんは噛み締めるように呟く。

 本当に下界が大好きなんだな。



 ◇



 食器を片付けた俺たちは時計を見つめる。もうすぐで年が明けるのだ。

 本当は年末の特番やネット配信があればよかったけれど、俺らには見る手段がない。


 セラフィーラさんは神妙な面持ちだった。別に何も起きませんよ?


 3、2、1、時計がカチリと音を立てて、午前0時を示した。


 特に変化はないが、セラフィーラさんはパチパチと拍手をする。


「はやとさん!」

「はい? なんでしょう?」


 セラフィーラさんは背筋まっすぐの正座で俺へ向き直った。


「臥薪嘗胆。明けましておめでとうございます。今年も何卒よろしくお願いいたします」

「謹賀新年ね。それ意味違いますよ」

「あら、私としたことが」


 笑みが溢れてしまった。これを言いたくて時計を見つめていたのか。かわいいな。


「こちらこそ、今年もよろしくお願いします。去年はバタバタしてしまって、行事を楽しむ余裕がありませんでしたが、今年はたくさんやりましょう! お祭りとかクリスマスとか!」

「私の魂の件でご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません」

「違います! 謝らないでください! 過ぎたことですから! 俺との距離と時間に相関する症状についても、一緒に解決しましょう!」

「そうですね! 今年もおそばにいさせてください!」


 今年はもっとセラフィーラさんに下界を楽しんでもらおう。

 平和に過ごせますように。


『ドンッ!!』


 ベランダから大きな物音がした。何事かと思い、窓を開けると。


「セラフィーラ殿、水谷殿、大変だ!」

「エリス様!?」


 ドアから入ってよ。てか、ここ3階なんだけど、と言いたい気持ちを抑える。


「魔法陣が、魔法陣が破壊された!」

「まぁ! それは大変です!」


 今年も忙しくなりそうだ。

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