第20話 お料理教室・後編

 えっと。それから卵をボールに入れて、お隣さんに箸で一つずつ殻を取ってもらった。

 私とコスプレ女さんは黙々と野菜を切った。まな板は6枚犠牲になった。


「じゃあコンソメスープの鍋を見ててください。私たちはチキンライスを頑張ります」

「承知しました!」


 私とコスプレ女さんはフライパンへ慎重にサラダ油をひいて、中火で野菜を炒める。

 野菜に火が通ったら、鶏肉を入れる。

 次にご飯を加えて、馴染ませたら。


「できたっ!」

「私たちの勝利だ、柚木殿!」


 ふぅ、なんとかなっ……。


「ちょ、ちょっと! 鍋がぐつぐつ言ってるじゃない!」

「どうかしましたか?」

「どうかしましたか? じゃないでしょ! 見ててって言ったじゃない!」

「はい! じーっと見ておりました!」

「あーもう、早く火止めなきゃっ!」


 コンロのつまみをOFFに、って、あ。これ逆だ。


 特殊な火の付け方をしているせいだろうか。私が勢い余って火力を最大にしてしまった瞬間、大きな火柱が立ちのぼった。


 慌てて、つまみをOFFにするが火は止まらない。


「エリスさん! どうしましょ」

「ひ、火だ。村のみんなは……わ、私がもっと早く来ていれば。あ゛ぁ゛、あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」


 なんかトラウマ抉ってる人いるうぅぅ!!!


 教室内もパニックになる。

 先生は口をあんぐりあげて立ち尽くしている。


 どどどどーすんの、どーすんの!???


「とにかく消さなきゃっ」

「み゛ん゛な゛っ、す゛ま゛な゛い゛ わ゛た゛し゛か゛っ゛よ゛わ゛い゛か゛ら゛」


 エリスさんはダメだ。体を震わせながら、頭を抱えて虚空を見つめている。


「はっっ!!!」


 セラフィーラさんが火元に向かって手を伸ばしていた。

 どこから出したかは分からないけれど、大量の水で火を止めてくれたのだ。


「ふ、ふぅ……助かった」


 およそ、料理中に出していい感想ではなかった。


 それから周りの参加者に全身全霊で謝りながら、3人で協力してなんとかカチカチのオムライスとコンソメスープを完成させた。


 エリスさんも鼻を啜りながらも、謎の隠し味を入れたり、料理の盛り付けをしてくれた。


 途中、私が間違えてコンソメスープに大量の砂糖を入れていたことが発覚したが、セラフィーラさんがスプーンで砂糖を全てすくい取ってくれた。謎技能すぎる。



 ◇



「「いただきます」」


 全てを出し切った私たちは、とても落ち着いた声でいただきますをした。


 これを食べなきゃいけないのか。

 目を瞑り、恐る恐るコンソメスープを口へ運ぶ。


「ん! 美味しくない!」

「本当だ。全然美味しくないな」

「美味しくないですね! ですが......」


「「食べれる (ます)!」」


 私たちは昔ながらの友人であるかのように、顔を見合って笑い合った。


 先生はホワイトボードの前で、そんな私たちの姿を見て感極まって、ハンカチで涙を拭っていた。


「一時はどうなるかと思ったけど、なんとかなって良かった。あなたたちの第一印象最悪でさ。本当にドン引きしてたんだけど、今は戦友みたいな気持ち」


 えっ。私今なんて?


「柚木殿に謝らなくてはいけないことがある」

「何?」

「実はさっき入れた隠し味は、私の故郷の名産品の酒で『本音でしか話せなくなる』という効果がある。元々はセラフィーラ殿たちに引越し祝いで渡した物だったのだが......」

「何の冗談? また中二病設定を持ち出してきっしょ! ......はっっ! ごめんなさい......」

「こちらこそすまない」

「そんなっ。それじゃあ、私が男ができないから料理教室に来たってことも筒抜けになっちゃうじゃない! ......はっ!」

「あぁ。今のは聞かなかったことにする」

「でもどうしてそんなことを?」


 エリスさんは真剣な眼差しで私の目を見る。


「柚木殿、魔王を知っているか?」

「は? 知らないわよ」

「そうか。では、異世界の存在を知っているか?」

「知らないわよ。異世界なんて作り話でしょ?」

「そうか、なら良いのだ。あっうん。その軽蔑の目でもよく分かった。こんなことを聞いてすまない」


 意味分かんないけど、何か解決したらしい。


「私だけ暴露するの癪なんだけど。2人はなんかないの?」

「では。この場を借りてご相談なのですが」

「なになに?」


 セラフィーラさんは顔を紅潮させる。


「この前っ。とってもドキドキして、はやとさんの耳を齧ってしまったのですっ!」

「あ〜聞くんじゃなかった。爆ぜろ」


 相伝の呪いを込めた。


「そ、それはまた凄いのをぶっ込んできたな」

「私、おかしいのでしょうか?」

「あっ本当に相談なんだ。てっきり当てつけかと」

「まぁ、種族的な体質の問題もある。そういうこともあるのではないか?」

「体質? 同棲してるんでしょ? 普通じゃない? みんな裏でそういうことやってるのよ、きっと」

「そうですか! 安心しましたぁ」


 セラフィーラさんは笑顔を見せた。


 それから私たちは、文字通り『本音』での談笑を楽しみ、食器洗い中に皿を割って出禁になった。



 ◇



「これだけ回りくどいことをして、結局、何の成果も得られなかったってこと?」

「あっ、い、いや。可能性を一つ潰せたのだ。これは成果だ!」


 そう言ってエリスは苦し紛れに胸を張る。


「仕方ありません! また交代で魔法陣を張り込みましょう!」


 セラフィーラさんは前向きだね。

 はぁ。この件はおいおい対応しよう。



 ◇



 空に浮かぶ石造りの庭園には、彩り豊かな花が咲き誇っている。

 庭園の中心には証明写真と見紛うほど姿勢を正したプリクラを掲げた異質な祭壇が一つ。

 その周りで、セラフィーラ様非公式ファンクラブの女神たちは会合を行なっていた。


「一歩前進でございますね。44番様」

「えぇ。この日をどれほど待ち望んだことでしょう」


  女神たちは憂いに満ちた表情で、庭園の縁から下界を一瞥し、一枚の紙へ視線を戻す。


「しかし、このような条件を設けるとは……。天界議会は相変わらずですね」

「物事を煩雑にするのがお好きなようで。先日もどうすれば会議を減らせるかの会議をしていたそうですわよ」

「ふふ。懲りない連中ですこと」


「それで、このご報告はどなたが? それに今後のセラフィーラ様のサポート要員も必要です」


 女神たちがざわつく。

 このような重任に名乗り出る者はそういないだろう。


「私が行きましょう」

「44番様直々に!?」

「今回の出席者で最も上席なのは私ですから。それが合理的です」

「44番様! 流石ですわ!」


 女神たちは44番へ尊敬の眼差しを向ける。

 しかし、44番の足は生まれたての子鹿のように震えていた。


「私もお供します!」


 次に手を挙げたのは2077番、リリムだ。


「そうですね。嘆願書を届けたのも、魂の調律を成功させたのもあなたでしたね。あなたは行くべきでしょう。では、私たちで」

「お待ちください」


 二人を引き止めたのは120歳の若手天使、1129番だ。

 性格は冷静沈着で他人に流されない。神経質な面もあるが、全てはセラフィーラのため。


「私も行きます。2077番は何かと突っ走るクセがあるので、ブレーキ役が必要です」


 リリムは余計なお世話だ、と思ったが同世代の天使がいた方が心強いので口を噤んだ。


「それに、推しに謁見できる機会なんてそうそうないわ」


 1129番の呟きを聞き取れた者はいなかった。


「分かりました。ではこの3名でセラフィーラ様へご報告に行きましょう!」

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