第15話 結び
リリムは俺の腕を掴みながら、空を飛んでアパートを目指す。最速で移動するために陸路は捨てた。俺は翼がないので、浮遊魔法で体を浮かせてもらっている。
リリムにセラフィーラさんの容態と生活について話した。最近よく寝るようになったということも添えた。
「お前の目で鑑定はできなかったの?」
「だいぶ前に鑑定した時は、気絶するほどの情報量だったのに、今日の昼に鑑定した時は何も見れなかった」
「……まずい。賢者の目は一定量以上の魂があれば鑑定できるはず」
リリムが顔をしかめる。
「恐らく……セラフィーラ様は、魂を消耗している」
「消耗?」
「普通の魂なら世界に最適化されているから、消耗はしないわ。したとしてもすぐに回復する」
「ならどうして!」
「セラフィーラ様は魂を調律していないから、下界に耐えられなかったのよ」
「そんな……」
「もっと早く気づけていれば! 女神が下界に長く滞在する前例はなかったから、どうなるかは誰にも……いや、それは甘えだ。私が唯一セラフィーラ様の近くにいたのに! まさか、議会の連中はそれを分かった上で!」
リリムは怒りをあらわにする。
「魔法を使用すればもっと消耗は早くなる」
「魔法……」
台風から公園を守った時も、エリスと対峙した時も、俺のために使った時も、セラフィーラさんは命を削っていたんだ。
普通に過ごしているだけで消耗していくっていうのに。
「お前は寝る時間が増えたと言ったけれど、本来、女神に睡眠は不要なのよ。セラフィーラ様は眠ることで、魂を温存していたのね」
「知らなかった……」
『同棲という形で、常に2人でいる方ができることが増えます』
『私には、それほど時間が残されていませんが、それでもよろしければ......』
天界でのやりとりを思い出す。思い返せばセラフィーラさんは追放初日から昼寝をしていた。初めからいつかこうなることを分かっていたんだ。それを1人で抱え込んで。
「お前はセラフィーラ様からしたら、その程度だったってことよ。賢者の目で鑑定できないということは、もってあと数時間」
「急いでくれ!」
「言われなくても、急いでるわよ!」
◇
セラフィーラさんは虫の息だった。艶やかだった髪は汗で濡れている。
リリムはセラフィーラさんの眠る布団に寄り添いながら涙を流していた。
「ダメ。回復魔法が効かない……」
「どうにかしてくれ!」
「できるならしてるわよ! セラフィーラ様に天界へ連れて行ける体力は残ってないし、神々を呼んだとして到着までに何日かかるか」
セラフィーラさんが静かになっていく。
原因はリリムが推測した通りだった。
愛されようなんて烏滸がましかったんだ。生きていてくれてるだけでよかったのに。求めすぎだったんだ。
「頼む! 助けてくれ! なんでもする!」
俺はリリムの肩を掴んだ。
「方法はないことはないわ……。けれどリスクが高すぎる。成功する可能性もほとんど0」
「いいから! 言ってくれ!」
リリムと目が合う。
「今、ここで魂を調律する」
リリムの手は震えていた。
「やってくれ!」
「でも、そのためには下界に慣れた魂が必要なのよ」
「俺の魂を使ってくれ」
「お前……」
「セラフィーラさんのためなら、死んでもいい」
迷いはなかった。
「でも、まだ見習いの天随使で調律なんて一度も。しかもなんの設備もない下界でなんて」
「リリム、頼む。君しかいないんだ……」
この間にもセラフィーラさんは衰弱していく。
「分かったわ……。セラフィーラ様のために死んで」
「あぁ」
俺が犠牲になれば、セラフィーラさんが助かるかもしれない。少しでも可能性があるなら、賭ける他ない。
調律のためにセラフィーラさんの手をとる。
「はやと......さん? そこに......いるんですか?」
「はい。一人にはしません」
わずかに瞼が開いたが、焦点はあっていない。
手を強く握る。
「ふふ……あい……わかったきがします……」
俺が見れないのは残念だけど、次はもっと幸せになってほしい。
光が広がった。
◇
「———さん」
俺、死んだのか。
「さん———とさん———はやとさん」
暖かい……。
「はやとさん!」
目を開くと、大粒の涙を流したセラフィーラさんに見下ろされていた。
長い髪が顔に当たってくすぐったい。
よかった。セラフィーラさん、助かったんだ。
「よかったです......もう、目覚めないがど」
前にもこんなことがあった気がする。
即座に膝枕だと気づいて離れようとするが、手でガッチリとホールドされてしまっている。
「あの、動けないんですが」
「本当にありがとうございまず……。けれど、もう無茶はしないでくだざい!」
セラフィーラさんの頬をなぞる。
「分かりました……。もう泣かないでください」
「はい」
そう言って、セラフィーラさんは微笑んだ。
ああ、よかった。セラフィーラさんの笑顔をまた見ることができた。
◇
セラフィーラさんは調律を終え、一命を取り留めた。
しかし、下界の耐性を得た代わりに純粋な神様ではなくなってしまった。俺と魂が結びついてしまったのだ。
奇跡的に互いに死なずに済んだのは良いが、少なからず体に影響が出るだろう。それについては、これから少しずつ調べていくことになる。
「ただいまー」
今日もいつもと変わらぬ日々を送る。当たり前が当たり前である幸せを噛み締める。
何も変わらなくて良いんだ。
「すぅ〜〜〜はぁ〜〜〜」
布団の上で、俺のTシャツの匂いを嗅いで恍惚とした表情を浮かべるセラフィーラさんの姿があった。
「え。何やってんすか」
「あっこ、これは! 誤解です!」
「何が誤解なんですか?」
セラフィーラさんは身振り手振りで取り乱す。
「せっ洗濯......そう、洗濯です! 洗濯したか否かを忘れてしまったので、匂いで判別、です!」
「未洗濯のビニール袋からわざわざ取り出した形跡がありますけど?」
セラフィーラさんは目をぐるぐるさせる。
「すぅーーー」
「って、諦めて二吸目行くなしっ!」
変わったかもしれない。
◇
「こ、これは! セラフィーラ様のご尊顔!」
「セラフィーラ様から命を救ったお礼としていただきました!」
その頃リリムは、天界のとある庭園にて、セラフィーラのプリクラ写真を女神たちに見せびらかしていた。
「お美しいですわ!」
「ご尊顔を飾る祭壇を作りましょう! そうしましょう!」
「素晴らしい考えです!」
リリムはセラフィーラ様非公式ファンクラブの会員たちからセラフィーラを救った英雄として、ひとしきりチヤホヤされたのであった。
====
これにて第一章は完結になります! そしてついに、セラフィーラ様デレ期突入です!
最後までお読みくださり誠にありがとうございます!
フォローや★評価、応援するを押していただけるととても嬉しいです!
次回の冒頭は、セラフィーラ様視点でお送りします。
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