第13話 イルミネーション
惨劇から一夜明けた。
「申し訳ございません……」
丸まった掛け布団から聞こえてくるのは懺悔の声。
「私は駄目な女神です……」
「元気出してください。誰にでも失敗はありますよ」
俺におぶらせたことで、悔恨の念にかられているらしい。
都合よく忘れてはくれなかったようだ。
経緯という経緯はない。
睡眠魔法がなくて一睡もできなかったため、姿勢良く胸元で手を組んで眠るセラフィーラさんをぼーと眺めていたら、
「うぅぅ……」
っとくぐもった声を上げながらもぞもぞと動いて、このように布団の中で丸くなってしまったのである。
「朝ですよ、出てきてください」
「外に出たら、またご迷惑をおかけしてしまいます……」
「迷惑だなんて思ってませんよ」
「………………」
どうしたものか。
セラフィーラさんに外に出たいと思ってもらう必要があるな。
橘先輩のアドバイスで思いついた案を声に出す。
「セラフィーラさん、イルミネーションを観に行きませんか?」
「…………!」
布団がぴくりと動いた。
よし、いける。
「光の装飾で街を飾るんです。綺麗ですよ」
スッと、布団から右翼の先端が出てきた。
ふりふりと動いている。犬か。
指先でツンツンしてみたら、バシッとはたかれてしまった。
「あっ、すみません……」
なぜか謝るセラフィーラさん。翼って無意識に動いてんのか。
「基本的に冬しかやってないので、今を逃すとずっと先になっちゃいますよ」
布団がごそごそと音を立てる。
「行っても……良いですか?」
丸まった布団からセラフィーラさんが顔を出した。まるで芋虫だ。
いつものセラフィーラさんなら『行かせてください!』と言うだろうから、探るような気弱な言葉につい笑ってしまった。
◇
昼は自炊した。(朝食は逃した)
家計が厳しいので、そう何度も外食はできない。
その点、イルミネーションはとても良い。都内であれば街中でも開催されているため入場料が不要だったりする。
適当な時間に家を出て徒歩で近場のイルミネーションスポットへと向かう。
肝心のセラフィーラさんは俺の横を歩いてはくれず、数歩後ろを歩いている。
俺が立ち止まると、セラフィーラさんも止まる。今日はずっとよそよそしい。
「あの、一緒に歩きませんか?」
「いえ......三歩後ろを歩かれへん女は背中を刺されて死んでしまうので......」
そんなんどこで覚えてきたんだよ。物騒すぎるわ。
「刺さないので手を繋いでくれませんか?」
「……」
「ほら、形から入りましょうよ」
少し強引に手を引いた。こうでもしないとダメそうだから。
セラフィーラさんの手は冷えていた。
それから街をぶらぶらしながら、目的地を目指した。
セラフィーラさんは水たまりやゴミ捨て場など、何故に? という物にも興味を示した。
時間はいくらでもある。セラフィーラさんのペースに合わせて歩いた。
到着する頃には日は落ちていた。
「これがイルミネーションなのですか? たしかに明かりはついていますが……」
節子それイルミネーションやない、ただの街灯や。
「まぁまぁ。では、ここに立ってください」
ケヤキ並木を一望できる中心にセラフィーラさんを立たせる。
時計の時刻を確認する。よし。
3、2、1……時計の針が17:00を指すと同時に、弾けるように辺り一体が光に包まれる。
約800mに渡るケヤキ並木が幻想的に彩られた。
「はっ」
セラフィーラさんが息を呑んだ。
目を見開いて瞬きひとつせず、淡い光に釘付けになっている。
「美しい......」
手に熱がこもる。
セラフィーラさんと手を繋いで端まで歩いた。
「魂みたいですね......」
しばらく発声を忘れていたセラフィーラさんがぽつりと呟いた。
遠い昔を思い出すかのように。
「魂、ですか?」
「私たちは転生のために魂の分解と合成、つまり魂を調律するのですが、その過程でこのような光の粒子になるのです」
想像もつかないな。
「調律せずに、そのまま転生させるんじゃダメなんですか?」
「長く同じ環境に留まった魂は、調律をしないと環境の変化に耐えられないのです。異世界転生の場合は特に」
「ってことは俺の魂も調律したんですか?」
「はい! 私が調律しました」
野菜売り場に並んだセラフィーラさんの生産者シールが脳裏に浮かぶ。
じゃあ、天界に長くいたセラフィーラさんの魂も誰かが調律したのだろうか。
「はやとさん。もう一周してもよろしいですか?」
「もちろん。気が済むまで」
上目遣いで頼まれて断れる男はいない。
が、それから3往復した……。
ベンチに座りながら、イルミネーションを眺める。
数分だけの休憩のつもりだったのだが、セラフィーラさんは俺の肩に寄り掛かって眠ってしまった。最近は、眠ることが多くなった気がする。
綺麗すぎる寝顔を見て、このまま目覚めないのではないか、と不安に駆られる。
「セラフィーラさん?」
セラフィーラさんの頬に触れる。
パチリ、と目が開く。
「すみません、私、また眠ってしまったようです」
よかった。
「じゃあ、起きたんでそろそろ帰りますか」
ベンチから立ちあがろうとすると
「そうです! 忘れていました!」
腕をぐいっと引っ張られた。
「え? 何をです?」
「はいっ!」
セラフィーラさんにハグされた。
不意を突かれて目を丸くする。
俺もセラフィーラさんに腕をまわす。
いつまでもこうしていたい。
来年は両思いになって、イルミネーションに来たいな。そしたらもっと幸せなんだろうな。
するりと、セラフィーラさんが俺から離れる。
「今日は数えずにハグできましたね」
「で、ですね……」
たぶん二人とも顔が赤くなっている。
「私、外に出れてよかったです。どんな最後になろうとも、外に出たことを絶対に後悔しません」
「そんな大袈裟な。元気が戻ったようでなによりです。また来ましょうね」
「はい……」
俺は浅はかだった。
なんの努力もせずに、この幸せがずっと続くと思っていた。
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