第12話 酔っ払い女神様
「わぁ、あわあわですね〜」
「無理しないでくださいね」
興味深そうにビールジョッキを眺める女神様。
不安ではあるけれど、いろんなスキルを持ってるからアルコール耐性はありそう。
「ハヤトは飲まんの?」
「俺まだ19なんで」
「そっか」
当たり前のことではあるけど、強要してこないのいいな。
「それでは、セラフィーラ、飲みます!」
「よっ、初ビール!」
「おぉ〜!!」
橘先輩の音頭で盛り上がる社員さんたち。
「無理しないでね〜」
柿本社長は上座で見守っている。
大きなジョッキとセラフィーラさんのミスマッチ感よ。
セラフィーラさんはジョッキに口をつけ、グビグビとビールを流し込む。
「おぉ〜!! 豪快!」
みんなが釘付けになる。
初っ端から結構いくな。なんでこの人俺より目立ってんだ? 俺の歓迎会なんだけど。
セラフィーラさんはビールを半分ほど飲み干してジョッキから口を離す。
みな、無言で感想を待ち侘びる。
少し経ってから、セラフィーラさんは、火照った顔で一言。
「にっがいです」
店内が笑いの渦に包まれた。
なんでそんなに飲んだんだよ。
「みなさん、これをお飲みになるんですか?」
「そうだよー。でも味わうもんじゃないね」
「難しいですね……」
「あとはおつまみと一緒に飲むといいよ。はい、これ枝豆」
「これはイカゲソね」
「焼き鳥もあるよ」
社員さんたちから様々なつまみが提供されていく。
この英才教育で、おっさん化してしまったらどうしよう。天界にブチギレられるんじゃないか?
「ただいま」
「あ〜はやとしゃん。おひゃえりなさい〜。早速れすが、ビール買ってきてくらひゃい〜。無くなっちゃいまひたぁ。アルコールがたりぃません」
部屋に散乱する空き缶たち、俺の背後には怒り心頭の天使リリム……
って絶対に嫌だ。ありえない、ありえない。首を横に振って嫌な妄想を掻き消す。
「他の味はないのですか?」
「甘いのにしたら? カクテルならいけんじゃない? カシスオレンジとか」
「では、それがいいです!」
社員さんの輪への溶け込み方が尋常じゃない。
セラフィーラさんを取られた気がして、すごくモヤモヤする。
「おつかれさまで〜す! まだやってる〜?」
「あぁ、清水さん。まだ始まったばかりだよ」
柿本社長に促されて、黒髪ロングのポニーテールの女性が入ってきた。
泣きぼくろが特徴的だ。
「で、どの子が新入りくん?」
「どうも。水谷颯人です」
「よろしく!よろしく! 清水って呼んでね」
「あっはい。よろしくお願いします」
肩を叩かれた。テンション高いなこの人。
「お疲れっす! 椿ちゃんはどうしたんすか?」
橘先輩が会話に入る。
椿? どっかで聞いたことがあるような。
「実家に預けてきた!」
「じゃあ、安心ですね」
「椿ってどなたですか?」
「あ〜、ハヤトは清水さんと会うのは初めてだっけ?」
「はい」
「椿は私の娘。私、シングルマザーなんよ」
「あぁっすみません!」
「いいのいいの。全然気にしてないから。むしろ公言してるし!」
「ハヤトォ! 清水さんはな。女手一つで椿ちゃんを育てて、今も保育園に通わせてんだぞ! すげーんだぞ!」
橘先輩、もう大分酔ってるな。
「橘、やめろよな。そういうのは。それに実家も手伝ってくれてるし私だけの力じゃねーぞ」
「いてっ」
橘先輩は清水さんに叩かれていた。仲良いんだなこの人たち。
「そんな感じだから。娘ともどもよろしくね」
みんな仲良くて、あったかい職場なんだな。
清水先輩は甘党のようで、飲み物よりも先にパフェを頼んでいた。
それから橘先輩と清水さんと談笑して
って、しばらくセラフィーラさんの声を聞いてなんだけど!?
「はやとさんは、清水様みたいな、大人の女性がタイプなんれすか? あら? タイプってなんれしょう。水タイプれすか?」
「うわっ。ちゃんと出来上がってる!」
セラフィーラさんは、いつの間にかビールを飲み干し、4杯目のカクテルに手を出していた。
「いきなり飲み過ぎじゃないですか?」
「そんなことあひません。わたくしは、もっと下界をしりたいのでしゅ」
「ちょっ、水! 水をお願いします!」
あまりに嬉しそうに飲むもんだから、誰も止めなかったのか。やっちまった。
「うぐっ、はやとさん。出ちゃいそうです」
「ゲロイン!? ダメですよ! まだ伸びてないのに、吐いたりなんかしたら打ち切りになっちゃいますって!」
「いえぇ。そうではなくて。翼が。我慢できなくなっひゃいます」
ずっと隠してた翼が出そうってこと!? まずいって! 正体バレちゃうって!
「あっ、もう無理でひゅ」
まずいまずいまずいまずい。
「おぉ! アツアツだね〜」
俺はセラフィーラさんの体を覆うように背中から抱きついた。ソ○アに抱きついたル○ィのように。
みんなからは、バカップルがスキンシップをとっているように見えていることだろう。
よかった。密着していれば、翼は解放されずに済むようだ。
「ハヤト、積極的でいいぞ!」
見当違いのサムズアップをする橘先輩。
恥ずかしすぎて死にそう。
「すみません。セラフィーラさんが酔っちゃったみたいなんで、今日は帰ります」
「そっか、気をつけて帰ってね。お金は大丈夫だから」
「でも、二人分も」
「大丈夫だよ。今日は君の歓迎会だから」
「ありがとうございます!」
「あいがとうございまひたぁ」
柿本社長の許可が降りたので、セラフィーラさんを抱えたまま店を後にした。
よし、ここまでくれば。
人気のない夜道を照らす街頭の下で、セラフィーラさんを下ろす。
一瞬だけ背中が光り、真っ白な翼が姿を表した。
まるでここだけ雪が積もったようだ。
少し休ませると、酔いが覚めてきたようで
「すみません……。私は駄目な女神です……」
と謝り出した。
「駄目じゃないですよ。でも、次からは気をつけてくださいね」
「はい……」
「動けそうですか?」
「夜風に当たって、落ち着いてはきましたが、まだ動けません」
セラフィーラさんは虫の息だ。
このまま置きっぱなしにはできないし、どうしたものか。よし。
「セラフィーラさん、俺が背負って家まで運ぶので、掴まってください」
「えぇ? ですがっ」
困惑するセラフィーラさんを無視して背負った。
「重くないですか?」
「えぇ。全然」
翼を生やした女性をおぶっているという実にシュールな光景だが、止むを得ない。誰にも見つからないことを祈るしかない。
俺はアパートを目指して歩き出した。
「はやとさん、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「暖かいですね……」
セラフィーラさんはすやすやと俺の背中で眠ってしまった。
これが役得ってやつか。
もし明日、セラフィーラさんが酔っ払ったことを覚えていたら、しっかり慰めてあげよう。
◇
「は?」
急にアイスを食べたくなって、コンビニに寄った帰り道、おんぶをしているお隣さんを見つけてしまった。
それだけなら「イチャイチャしやがって」と遠目に睨む程度だが、なんとでっかい翼を付けているではないか。
どんなプレイだよ……。意味分かんない……。
私はおもむろにアイスを噛み砕いて、飲み会に参加中だという幼馴染に愚痴の電話を入れた。
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