第10話 女神様、ゲームセンターで愛を獲る

 都内の某ゲームセンター内。


「死ぬほど腹が痛いんで、トイレ行ってきます。気になるゲームがあったら、これ使って先にプレイしちゃっていいんで」

「承知しました! 頑張ってください!」


 セラフィーラは颯人から財布を受け取り、神生初のゲームセンターに入店早々ひとりぼっちになってしまった。


「とりあえず、お店を一周してみましょうか」


 セラフィーラはぶらりと店内の散策を始めた。

 ぬいぐるみや小物など、様々な景品を入れたUFOキャッチャーの数々。


 セラフィーラはそれらを、まるで水族館の水槽を眺めるかのように、一つ一つ丁寧に見て回り

 

「ガラスで囲って、商品が空気に触れないようにしているのですね。人間は清潔ですね」


 と、的外れな考察を述べるなどした。


 店内を半分ほど見終えた頃、セラフィーラは一際大きな媒体の前で足を止めた。

 プリクラである。


「なんでしょう? 大きいですね」


「コインを入れてね♪」


 媒体からアナウンスが流れる。


「承知しました」


 セラフィーラは何の疑問も抱かずに、ただ言われた通りに金を入れる。


「好きな背景を選んでね♪」

「承知しました。あっ申し遅れました。私、セラフィーラと申します。ただの人間です」


 初めて話す相手には、必ず挨拶をする。女神だとバレてはいけないので、人間アピールも欠かさない。

 説明のなかった部分については、適当に入力する。


「あの、これはどういったコーナーなのでしょうか?」

「撮影コーナーに移動してね♪」

「あっはい。段取りがあるのですね」


 屋台の暖簾をくぐる要領で媒体に入る。


「これは、鏡でしょうか?」


 セラフィーラは中央の液晶に興味を惹かれる。


「撮影がはじまるよ♪ にゃん、にゃん猫ちゃんポーズ♪」

「私を撮影するのですか!? ど、どうしましょう。私、猫ちゃんポーズとやらが」

「3、2、1(電子音)。こんな風に撮れたよ♪」


 液晶にセラフィーラの写真が映し出される。


「まぁ! さきほどの私です!」


 セラフィーラが感想を述べても、アナウンスは止まらない。


「私たち、双子ちゃんです♪ 3、2、1(電子音)」

「なんと! 衝撃の事実です!」


 セラフィーラは二人モードを設定していた。



 ◇



 セラフィーラさんとのお出かけ日だというのに、思いっきり腹を壊してしまった。

 勢いで財布を託したけれど、事前説明をしていないから一円も使っていないと予想する。媒体を眺めてるだけで満足してそう。


 セラフィーラさんは目立つので、すぐに見つかった。

 誰かと話し中だった。


「ラ○ン交換してよ」

「申し訳ございません。私、ラ○ンとやらを持っていないのです。どんな線ですか?」

「じゃあ、イ○スタは? T○itterでもいいよ」

「????? なんのことですか?」


 行かねば。


「お待たせしました! すみませんが、この人、携帯持ってないんで!」

「ひゃっ」


 後ろから声をかけたので、セラフィーラさんを驚かせてしまう形になった。


「あぁ、なんだ。邪魔してすみませんー」


 男はあっさりと引いてくれた。


「遅くなりました」

「……」


 セラフィーラさんは俯いてしまった。


「一人で怖かったですよね。すみません」

「いえ、そうではなく、あの。手を……」


 俺は無意識に、セラフィーラさんの腕を掴んでしまっていた。


「あぁ、すみません!」


 手を離す。


「また、胸がムズムズしてます……手を繋いで眠った時と一緒です」


 やっぱり、怖かったんだ。


「次はもっと早く止めに入ります!」

「いえ、人間とお話するのはとても楽しいので。それにしても、今日は暑いですね」


 セラフィーラさんは顔の前で手をパタパタさせた。

 たしかに顔が少し赤い。


「もう12月だしクソ寒いと思いますけど」


 会話が噛み合わない。

 セラフィーラさんは耐熱スキルと耐寒スキルを持っていたはずだけれど。


 心配だったので、店内のベンチで少し休ませた。


「休んだら落ち着きました。毎朝のハグは平気なのに、不思議です……」

「どういう意味ですか?」

「いえ、なんでもありません!」


 セラフィーラさんは仕切り直してUFOキャッチャーを指差す。


「それよりもはやとさん、こちらの商品を買いたいのですが、おいくらでしょうか? 値札がないようです」

「これ、100円入れて自分で取るんですよ。ってことはまだ一円も使っていないんですか?」


 まぁ、想定通りだけれども。


「いいえ! 私もやればできるのです! じゃーん」


 そう言って、セラフィーラさんはプリクラを見てせてきた。


「えっ、すごい! って、めちゃくちゃ姿勢まっすぐ! 証明写真かよ!」


 プリクラは6枚とも真正面を向いており、落書きなどもしていなかった。少々背景が派手なくらい。

 無論、写真写りは死ぬほど良かった。


「私、間違っているのですか?」


 セラフィーラさんは悲しそうな顔をして、じんわりと目元に涙を浮かべ始めた。

 しまった、思わず本音でツッコんでしまった。


「あああ合ってます!合ってます! 普通は目立つポーズをとったり、絵や文字を書き込んだりするんですが、セラフィーラさんの場合は元が美しいので、このままが一番ですよ!」

「本当ですか?」

「本当です! 本当です!」

「ふふ。はやとさんはお優しいのですね」


 190歳といえど、人間換算すると精神年齢は俺と同じくらいだと言うことを、時々思い出させられる。


「わっ! とれた!」


 近くの媒体から景品GetのSEが流れた。

 小学生くらいの女の子がぬいぐるみを獲ったようだ。

 微笑ましいな、と無言で眺めていたら、


「わぁ、おめでとうございます!」


 と隣の女神様が、声に出してパチパチと拍手を送っていた。


 ちょっ、知らない人にいきなり、声かけないでくださいよ、恥ずかしい……。

 まぁ、少女が照れくさそうにピースを返してくれたので、今回は良しとする。


 気を取り直して、二人で店内をまわっていると、セラフィーラさんはあるUFOキャッチャーの前で足を止めた。


「これはなんですか?」

「ハート型のクッションですね」

「独特な形ですね」


 ピンク色のハートのクッションなのだが、両面にYes、Noと書いてあるので、この景品はやめておこうか……。


「ハート型は何がモチーフなのですか?」

「うーん、心臓とか恋愛とか?」


 あっ、しまった。


「愛!? ようやく見つけました! これを獲りたいです!」

「いやいや、あくまでただのモチーフなんで、これがあっても愛を理解したことにはなりませんよ」

「それでも! と言い続けますっ!」


 こうなったら、この人は聞かない。

 仕方ない。


「分かりました。じゃあ、はい」

「ありがとうございます!」


 セラフィーラさんは、手渡された100円を俺の指示通りに入れる。


「初めて、自動販売機を利用した時を思い出しますね」

「ですね」


 あの時は、自販機に「コーンポタージュをください」と連呼して、何度も頭を下げるセラフィーラさんを拝めたんだっけ。


 真剣な眼差しでボタンを押して、アームを動かす。


 アームがクッションを捉えた。

 おぉ、初手にしてはなかなか。

 クッションは持ち上がりはしたが、取り出し口に到達するまでに落ちてしまった。

 

「あぁ、失敗してしまいました」


 セラフィーラさんはガックリと肩を落とす。


「もう一回やりますか?」

「やらせてください!」


 すっかりハマったようだ。


 その後、媒体に近づきすぎてコツンと頭をぶつけたり、「がんばってください! きっとできます!」などとアームにエールを送ったりしながら、迎えた8回目。


「獲れました! セラフィーラやりました!」

「おめでとうございます!」


 嬉しそうにクッションを抱くセラフィーラさん。かわいいな。

 Yesの向きにしないでください。


 実は最近、セラフィーラさんの本当の一人称は「わたくし」ではなく「セラフィーラ」なのではないかと疑っている。


 それからいくつかのゲームを楽しんだ俺たちは、帰路についた。

 夕日をバックに、セラフィーラさんが立ち止まる。


「あの、手を繋ぎませんか?」

「え?」

「人間は恋人と手を繋ぐのですよね?」

「そう、らしいですね」


 俺は彼女いない歴=年齢なので、実際のところは知らん。


「では、はい!」


 セラフィーラさんが手を差し出す。


「形から入ると約束したではありませんか」

「そう、でしたね」


 俺は照れながら、セラフィーラさんの手を掴んだ。


「今日もとっても楽しかったです」

「俺も楽しかったです」

「また、行きましょうね」

「はい」

「今度はあれをやって見たいです。1000円ガチャ」

「あれは高いのでやめておきましょう」


 ただでさえ家計が苦しいのに。いや、幸運値の高いセラフィーラさんなら……などと考えながら、俺たちは歩幅を合わせてアパートを目指した。

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