第8話「これで愛を捕まえるのです!」
私はリリム。天界のとある団体に所属している。番号は2077番。
団体では番号が全てだ。特に団体設立者で構成されている1番から10番は絶対権限を持っており、掟も制定している。
そして私はつい先日、その由緒正しき掟を破ってしまった。醜悪な下界からセラフィーラ様を救い出したい一心で。
私にはセラフィーラ様のことになると、自分を見失ってしまう癖がある。
今回はそれが良くない方向に働いた。私の軽率な行いがセラフィーラ様を苦しめてしまったのだ。セラフィーラ様は自害をしようとした。私のせいで。
あの日の出来事はまだ上へ報告できていない。
天随使としての報告義務は、下界換算で月に一度、今夜がその日だ。命令に反して問題を起こした私は、間違いなく天界議会と団体の両方から罰せられ、もう二度とセラフィーラ様にお会いすることはできないだろう。
セラフィーラ様に謝りたい。償いたい。
でも、私なんかがどの面下げてセラフィーラ様に謁見できると言うのだろうか。バカバカしい。
考えがまとまらない私は、憂鬱な気持ちで今日も天随使としての最低限のノルマをこなして天界に帰る、つもりだったのだが、
セラフィーラ様だ。セラフィーラ様がいる!
河川敷でバッタリ、セラフィーラ様に会えるなんて、これは運命だわ! 間違いない!
流石はセラフィーラ様、汚れた下界でもお美しい。艶やかなブロンドヘア。凛々しい顔立ち。
はぁ、尊い。遠目に見ているだけで、癒される。
私は、ぱぁっと晴れやかな気持ちになると同時に焦り始める。
な、なんとお声がけすれば良いだろうか。えっと、先日は誠に申し訳ございませんでした?代わりに私を殺してください?
「はぁっ!」
セラフィーラ様は、人間の服に身を包み、棒のような物を草に向かって振り下ろしている。
「えいっ!」
胸元には緑色の箱を携えている。
何をしているのだろうか。鍛錬?
トントン。
遠目でセラフィーラ様を観察していると、突然、後ろから肩を叩かれた。
敵っ!?
セラフィーラ様に見惚れて油断していた。
恐る恐る振り返ると、ピンと立てた人差し指で私の頬をぶすり。
「せせせせセラフィーラ様!?」
「リリム、お久しぶりです」
えっと、ど、どうしよう。何と。
「あっ、あの、せ、先日は大変申し訳」
「リリム、あの日のことは気にしていないので、普通に接してくれると嬉しいです」
なんと心の広いお方なんだろう。
こんな私にも優しい笑顔で話しかけてくれる。
「ありがとうございます…………。でも、さっきまであっちに……あれ? 消えてる」
「あれは残像です」
ざ、残像!? 残像って日常生活でも出せるの!?
「と、ところで、セラフィーラ様はこちらで何をしているのですか?」
「愛を探しているのです」
「愛? 先日、おっしゃっていた下界特有の物ですか?」
「はい! 下界に居座って経験したことを、天界へ広める役を担おうと思いまして。まずは愛を理解してみようかと」
「たしかに、天界では愛については学びませんでした」
「成果をあげて、正当な滞在であると認めさせるのです! はやとさんのためにも」
また、あの人間の名前……。
どうしてそこまでするのか、と言いかけて、自害という言葉が脳裏をよぎり、私は口をつぐんだ。
セラフィーラ様なりのお考えがあるのだ。
「そこで、あなたにこれを託したいのです」
セラフィーラ様から文書を手渡された。
「これは?」
「嘆願書です。下界について広める代わりに、天随大使として下界に常駐するための嘆願書です。正式な物ではございませんが、ないよりは良いかと。ぜひ、これをリリムから提出していただきたいのです」
私なんかが、あのセラフィーラ様から頼られるなんて。
……普通なら二つ返事で了承するが、今回は話が別だ。
セラフィーラ様を連れ戻したかったのに、真逆のことをするなんてできない。
「少し、考えさせてください」
「えぇ。ゆっくりで大丈夫です」
セラフィーラ様はまだあの人間と暮らしている。
女神に睡眠は不要だから、無防備なところを襲われる、なんてことはないだろうけれど、やはり不安だ。
私の考えが変わることはない。別れ際にそれとなく断ろう。
「で、それは何ですか?」
「虫あみと虫かごです! これで愛を捕まえるのです! 愛の形はそれぞれ。つまり個体差があるとのことですが、この虫あみなら捕えることができるでしょう!」
セラフィーラ様…………。
「流石です! セラフィーラ様! とても合理的です!」
「ふふ、私も珍しく冴えていると思いました」
「セラフィーラ様! 私でよければ、お手伝いさせてください!」
連れ帰りたいという思いと矛盾していると感じながらも手伝いを申し出てしまった。私は迷っているのかもしれない。
「では着いてきてください。何ごとも挑戦あるのみです!」
「はい!」
それから私たちは、草木の中で虫あみを振った。
「セラフィーラ様、なかなか捕まりませんね。そもそも愛とは、可視できるものなのでし」
「あら! あの大きな石の裏などいかがでしょう?」
「流石です! セラフィーラ様! 全然思いつきませんでした!」
セラフィーラ様の声が耳に入ると自分の些細な疑問など、綺麗さっぱり流れてしまう。
石を持ち上げると、いくつもの生物がいた。小さい魂だ。
「セラフィーラ様! この黒いのが愛ですか?」
「いいえ、こちらは愛ではありません。ダンゴムシですね。冬眠中のところをお邪魔してしまったようです。申し訳ございません」
そっと石を元に戻す。
なぜ下界の生物相手にここまで丁寧に接するのだろう。
「すみませんー」
黒い服を着た人間に声をかけられた。
私は反射的に人間を睨みつける。
「あの〜私、芸能事務所の谷口と申します。読者モデルに興味はありませんか? 普段どういった雑誌を読まれますか?」
セラフィーラ様は人間から小さな紙を手渡された。
怪しい奴だ。今すぐ火炎魔法で消し炭に。
「いえ、申し訳ございません。ジムショニハイッテマス」
「あっ、失礼しました〜」
何事もなかったかのように、人間は去っていった。
???????
「セラフィーラ様、今のは?」
「私もよく分かっていないのですが、はやとさんから、ジムショニハイッテマス、と唱えるように教わっているのです」
さっぱり意味が分からない。
セラフィーラ様は1時間後くらい後に、別の不審者から同じように声をかけられたが、同じ呪文で跳ね除けてしまった。
何らかの結界を構築する呪文なのだろうか。
なぜ、ただの人間にそのようなことが? 水谷颯人はただ者ではない?
「あら、そろそろ時間ですね。もしかしたら、冬には出没しないのかもしれませんね。残念ですが、今日はここまでにします」
「何の時間ですか?」
「実は、一回限りの転移の魔法陣を構築中なのです」
「下界でですか?」
「はい」
環境の整った天界でも難しいというのに、どうしてそんなに高度なことを。まさか、あの人間を転移させるつもり?
「リリム、天随使の後の配属希望は?」
「えっと、セラフィーラ様と同じ……異界転生課です」
照れながらも正直に答えた。
私はセラフィーラ様に憧れて、異界転生課に配属希望を出している。
「なら、勉強になる部分もあるかもしれませんね。リリム、見学していきませんか?」
「は、はい!」
私はドキドキしながら、セラフィーラ様についていった。
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