第6話 原宿で買い物デート+ハグ

 今朝は最っ高の目覚めだった。


 まさかセラフィーラさんと布団を並べ、しかも手を繋いで眠れる日がこようとは。

 まだかすかに、セラフィーラさんの手のぬくもりが残っている気がする。

 当たり前のことだが、俺がそのような状況で寝付けるわけがないので、セラフィーラさんに睡眠魔法をかけてもらって寝た。


 今日は買い物デート。セラフィーラさんの普段着とペアルックを買う日だ。


 アパートを出ようとした時、セラフィーラさんが声を発した。


「お待ちください」

「どうしました?」

「考えたのですが、毎朝ハグをする、というのはいかがでしょうか?」

「はい?」


 唐突にどうした。


「形から入るために、何かしらの習慣があった方がよいのでは、と思ったのです」

「たしかに……。で、でも毎朝ってのは大変なんじゃないですか? 俺、仕事の日は家出るの早いし」


 そんなのドキドキしすぎて身が持たんわ。


「時間なんで、この話はまた今度話し合いましょう」

「逃げるのですか?」


 なんで挑発調なんだよ。に、逃げてねーし。


「どうかお願いします。神助けだと思って、ハグしてください!」


 そう聞くと、とても崇高なことのように感じてくる。

 セラフィーラさんに上目遣いで頼まれて、断れる男がいるわけないじゃないか!


「分かりました! ハグしましょう!」

「ありがとうございます! では」

「ちょっと待って、心の準備が」


 セラフィーラさんが、俺を包み込んだ。


 何かで全身が満たされていく。


 幸福?

 これが救済か?


 俺もセラフィーラさんの背中に手をまわす。


 どくどくと、セラフィーラさんの鼓動が伝わってくる。

 いつまでもこうしていたい……


 にしても長いな。


「あ、あのそろそろ離れません?」

「どのタイミングで離れれば良いのでしょうか?」


 えっあれ、せーの、の合図で? ハグの平均時間? 終了フラグを受け取ったら?


「このまま外へ行きますか?」

「何言ってんすか」


 どうしよう。ハグの終わらせ方を考えていなかった。

 一生このまま!?


「どうしましょう!?」


 セラフィーラさんもあたふた。


「はやとさん、3、2、1で離れるのはどうですか?」

「じゃあそれで!」

「「はい、3、2、1!」」


 終わった……。


「ハグとは、かなり高度な技術が必要なのですね。毎日練習する必要がありそうです」

「そうですね……」


 俺たちは出発前に息を切らして、その場に座り込んだ。



 ◇



「いらっしゃいませ」


 原宿竹下通りのおしゃれな洋服屋に入店した。


 セラフィーラさんの天界の純白のキトンは、汚れがつかない特別製のため、ずっと着ていても問題がない。

 それゆえに、セラフィーラさんはキトン以外の服を着たことがない。

 若者に人気の店が立ち並んでいるここらなら、そんなセラフィーラさんにもピッタリの服が見つかるはずだ。

 財布は、まぁ、なんとかするさ。


「ウガッ」


 服を眺めていたセラフィーラさんから、聞いたことがない音が出た。


「どうしました?」

「お値段が、高すぎます!」

「そのトレーナーは……3000円か。普通じゃないですか? むしろ安いくらい」

「文明を代表するネジ300本分ですよ!? 私にはもったいないです! 裸で暮らします!」

「いやいや、そんな大袈裟な」


 困ったな。

 セラフィーラさんの普段着も選んでもらいたかったのに、すっかり怖気づいてしまったようだ。


「お客様、何かお困りですか?」


 若い女性店員が声をかけてくれた。これは心強い。


「実は、この方の冬服とかを買いに来たんですが、こういった店が初めてで、何を選んだらいいか分からないそうなんです」

「そういうことでしたらお客様、私がコーディネートいたします!」

「はやとさん!? 助けてください!」


 セラフィーラさんは、店員にガシッと腕を組まれて、試着室へと連れて行かれてしまった。

 うん、任せてみよう。


 しばらく待っていたら、店員に声をかけられた。


「彼氏さん。準備ができました」


 彼氏? 違う違う。


 そのまま、試着室の前へ案内された。


「はやとさん、服、を着たので、見ていただけますか?」


 試着室の中からセラフィーラさんの弱々しい声が聞こえてくる。


「はい!」

「で、では……」


 セラフィーラさんがカーテンを開ける。


「おぉっ」


 思わず、感嘆の声が漏れた。


 ベージュのニットに、黒のスキニーパンツ。

 その上は、コーヒーカラーのボタン飾りのロングコートで大人の雰囲気にまとまってる。

 

「はやとさん、いかがですか?」


 セラフィーラさんは恥ずかしそうに呟く。


「とっても似合ってます! オシャレで落ち着いた大人の女性に見えます。綺麗です!」

「本当ですか? 嬉しいです……」


 素直に喜んでくれた。


「ではお客様、こちらの服もご試着ください!」

「はい」


 その調子で、続けて4着も試着した。


 セラフィーラさんがカッコいい服からかわいい服まで、どんな服でも着こなしてしまうので、店員もノリノリになっていった。


「では、お客様、もっと攻めてみましょう!」


 攻める?

 店員はセラフィーラさんに耳打ちして、ポーズの指定までしているようだ。


「準備できました!」


 店員がカーテンを開ける。


 立領で横に深いスリットが入った黒い


「チャイナドレス!? 攻めすぎだろ!」


 セラフィーラさんは、片手を腰に当てて、ポーズをとる。


「似合っていませんか?」

「めっちゃ似合ってますけども!」


 しっとりした目で聞かないでくれ!


「店員さん。次は普通のにしてくださいね」

「では、こちらを」


 着替え完了の合図と同時に、店員がカーテンを開ける。


 純白のキャップとワンピース、いや違う。これは


「ナース服! これもうただのコスプレだろ!」

「私が癒して差し上げます」

「決め台詞!?」


 セラフィーラさんは座り込み、セクシーなポーズをとっている。


「店員さん」

「失礼しました。次が最後ですから」

「まだあるんですか。もういいよ……」


 最後のカーテンが開く。


 最後の服はどっからどうみても、ただの婦人警官の格好だった。


 腕を組み、鋭い目つきのセラフィーラさん。もう入っちゃってるよ。

 何故か手錠まで持っている。


「現行犯で逮捕します」


 ぐっ罵られたい。


「お客様、どれもお似合いです。ぐへへ」


 あんたの趣味やべぇよ。

 

「はやとさん、お洋服って多種多様で面白いのですね」


 ま、まぁ。セラフィーラさんが満足してくれてるなら、これでいいのか?


「ではお客様、どの服をお買い求めになりますか?」

「そうですね。セラフィーラさん、予算内で好きな服を選んでください」

「私が選ぶのですか?」

「はい。セラフィーラさんの服なので」

「どれも素敵で優劣をつけるなんて私には……」


 そうか、セラフィーラさんは自分で何かを決める、という経験をしたことがないんだ。

 これまでは俺がかなり先導してしまっていた。


「優劣ではありません。個人の好みですから。いいんですよ、セラフィーラさんの好みで」

「私の好み……」


 それからセラフィーラさんは、試着した服たちと30分間の睨めっこをした。


「これにします!」


 セラフィーラさんが選んだ3着をカゴに入れた。


「あとは、ペアルックをどれにするか考えないとですね」

「あのお洋服が良いです!」


 自分で決めることを覚えたセラフィーラさんは即決した。


 セラフィーラさんは、胸元にゆるいくまが描かれた白い生地のパーカーを指差す。


「せっかくセラフィーラさんに選んでもらったので、これにしますか」

「はい!」

「このイラスト、可愛らしいですね。モチーフは何でしょうか?」

「くまみたいですね」

「くま様ですか」

「絵に様付けってあんまり聞かないですよ」

「ではくまさんで!」


 無邪気に微笑むセラフィーラさんをずっと見ていたいと思った。


 こうして、ペアルックと私服を購入した俺たちは帰路についた。

 金が足りないので、他の生活用品はまた今度買いにいこう。


「あら、袋に何か入っています」


 そういってセラフィーラさんが袋から取り出したのは、


 手錠だった。サービス?で婦人警官コスを入れられていた。


 あの店員やりやがった……。

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