第5話「では今夜、手を繋いで寝ましょう!」

 セラフィーラさんは、表向きは追放、ということになってるが、天界の真意はセラフィーラさんに俺を始末させることだった。


 俺が殺されるか、セラフィーラさんが自害するかの2択を迫られたが、俺たちはどちらも選択しなかった。

 セラフィーラさんは、正当な滞在であると天界に認めさせるべく、天随大使と名乗ることに決めたのだ。


 天随大使は俺が考えたオリジナルの役職で、下界に居座って経験したことを天界に広め、その素晴らしさを伝えることを目的とする。

 下界の印象が向上して、規定が変わることに賭けたのだ。


 もちろん存在しない役職のため、理解を得て認可されるまでは、それなりの時間がかかるだろうとのこと。


 天使、リリムは俺たちの提案を聞く前に、姿を消してしまった。

 セラフィーラさんはリリムに再会したら、懇願書を託すつもりのようだ。

 俺は今度こそ殺されてしまうだろうから、なるべく会いたくない……。



 ◇



 夕食がまだだった俺たちは、屋台で醤油ラーメンを食べてから、家に帰った。

 窓が全開だったが、俺のために最速で助けに来てくれた結果なのだろう。ベランダから外に出るなと今朝は叱ったが、今回は咎めなかった。


「はやとさん。一度部屋の外に出ていただけますか?」

「えっなんでですか?」

「まぁまぁ」


 俺は促されるまま部屋を追い出され、セラフィーラさんが内側から再度ドアを開ける。


「おかえりなさいませ」


 部屋の中からエプロン姿のセラフィーラさんがひょっこりと顔を出した。


「た、ただいまっ」


 おぉ、これだ! 俺はこれを求めていたんだ!


「同棲感があっていいですね!」

「ふふ。家ではこうすると本で学んだのです。では、本題に入りましょう」

「本題?」


 これ以上、何があるってんだ?


「お忘れですか?」


 天随大使として下界を知りたい、経験したいセラフィーラさんが最初に学びたいことは、ズバリ。


「愛です! 愛を教えてください!」


 セラフィーラさんの目は「ほら、はやくはやく」と訴えている。

 もし尻尾があったら、ぶんぶんと左右に振っていただろう。

 まぁ、部屋に入ってからは外で隠していた翼を広げているから、感情に合わせて動いているんだけれども。


 こう改めて、言語化を求めらると難しいな。


「はやとさんは私を愛しているのですよね?」

「はい」


 顔あっつ。どんな羞恥プレイ?


「好きとは違うのですか?」

「違うと思います。俺は、愛って好きとは違って唯一無二だと思うんです」

「興味深いです」


 likeとloveは違う。

 セラフィーラさんは人間を好きだと言っているが、それは恋愛感情ではなく、気に入っているという感覚に近いのだと思う。


「具体的には?」

「えっ具体的に?」

「具体的には、どんな気持ちなのですか?」

「ずっと一緒にいたい、とか?」

「私と?」

「そうですよ!」


 なんでわざわざ確認するんだ、恥ずかしいだろ。

 でも、ずっと一緒にいたいっていうのは、求めることだから愛ってよりかは好きに近いか。


「他には他には!」

「愛する人がこの世にいてくれさえすれば、他には何もいらない、とか」

「なるほどなるほど。私さえいれば何もいらないっと」


 いや、なんでメモとってんだよ。恥ずかしすぎるだろ。無垢ってこえぇ。


「あとは?」

「セラフィーラさんと同じ方向を向いていたいです」


 ちょっと抽象的だったかも。


「うーん。色々とお聞きできましたが、まだ掴みきれてない気がします」


 なんか虚しくなってきた。


「無理しなくていいですよ……。他のことを勉強しましょう」

「嫌です! 私もはやとさんを愛したいです!」


 真っ直ぐな瞳に心を打たれる。


「では、形から入ってみるのはどうですか? 愛情表現って言葉もありますし」

「??」


 セラフィーラさんはゆっくりと首を傾げる。いちいちかわいい挙動をする。


「お揃いの物を使ってみる、とか」

「例えば?」

「コップや食器、服とかです。ペアルックって言葉もあります」

「では、明日買いに行きましょう!」


 確かに明日休みだけどさ。行動力の化身だ……。


「他には?」


 セラフィーラさんは興味津々。


「スキンシップをとる、とか?」

「天界の書物で見かけたことがあります! セ○○○ですよね! セ○○○!」

「おい待てい! ぶっ飛ばしすぎだろ! AB飛ばしていきなりC!」


 てか、無垢なあなたの感じなら、そこは知らないパターンでしょ。


「違うのですか?」

「順番があるんですよ順番が。その言葉の意味ってちゃんと理解してるんですか?」

「セ○○○ですか?」

「セ○○○です!」


 くっそ、やられた。言わされた。


「いえ、その書物は読み始めてすぐに他の女神に取り上げられてしまったので、あまりよく分かっていないのです」


 ほっ、よかった。

 セラフィーラさんの清楚キャラはギリギリのところで守られた。たぶん。

 名を知らぬ女神様、本当にありがとうございます。


「そうです! では、はやとさんがセ○○○について私に教」

「順番の話が終わってませんよ!」


 ここで間違えたら、セラフィーラさんの大切な何かを削ぎ落としてしまう気がする。


「あら、そうでした。最初のスキンシップは、何をするべきなのですか?」

「例えば、手を繋ぐ。とかハグをする。とか?」


 自分で提案しておいてなんだが、俺自身もよく分かってない。


「では今夜、手を繋いで寝ましょう!」


 えぇ!? 俺としては願ってもないことだけど……。


 

 ◇



 俺は今、布団の中でセラフィーラさんと手を繋ごうとしている。

 信じられん。


「じゃ、じゃあ。掴みますよ?」

「はい! ばっちこいです!」


 テンション間違ってんだよなぁ。


 俺の左手が、セラフィーラさんの暖かい手に触れる。


「ほ」


 ほ?

 なんかいった?


 その勢いのまま手を握った。


「ど、どうですか? 何か分かりそうですか?」

「い、いえ。ただ」

「ただ?」


「胸の奥がムズムズします……」


 セラフィーラさんの熱が、手を通してじんわりと伝わってきた。



 ◇



「ぐあああああ!!」


 断片的にではあるが、隣の水谷カップルの会話が壁越しに聞こえてきた私は、悶え苦しんでいた。


 ずっと一緒にいたいだ、他には何もいらないだの、愛を囁いている。

 しまいには、大声でセ○○○と連呼してる!


「爆ぜろ、リア充ううう!」


 今日は最悪な休日だった。

 お隣さんがこんな調子だから、夕方なんて翼を広げた水谷さんがベランダから飛び立つ幻覚まで見てしまった。


 私はもうダメかもしれない。

 園児に囲まれて、売れ残っていくんだ……。


 私は、一晩中うなされた。

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