第3話 告白の日
ピンポーン。
「はーい」
今日って、宅配かなんか頼んでたっけ?
ドアを開けると、若い男女がいた。
「はじめまして、お隣に引越して参りました水谷と申します」
「あ、どうも。柚木です」
「ささやかではございますが、ご挨拶のしるしに心ばかりの品をお贈りさせていただきます」
「これ、岐阜の老菓子店のカステラです」
「あ、ありがとうございます」
ブロンドヘアの女性にご丁寧な挨拶をされ、男から品物を手渡された。
このご時世にわざわざ挨拶にくる人っているんだ……珍しい。
よかった、お隣さんがいい人そうで。
この女性、どこかで見覚えがあるような……。
「あら、もしかして、保育士の先生様ですか?」
「えっ?」
あっ! 思い出した!
佐々木公園のホームレスで、鎧を着た女性と魔法陣?を書いてた怪しい人だ!
私の勤務先の保育園が公園に隣接してるから、あやまって園児が接触してしまう、なんてこともあった。
その時に一回だけ会ったことがあったんだ。
嘘でしょ……。
私が落ち込んだ理由は二つ。
一つは、関わりたくないと思っていたヤバい人が引越してきてしまったこと。
もう一つは、こんな人にも男がいるという現実。
「その節はお世話になりました」
「あ、はい」
二人が隣に帰ってから、部屋で一人、耳を傾ける。
隣から幸せそうな声がわずかに聞こえてくる。
いいなぁ……。同棲かぁ……。
今日はせっかくの振り替え休日だというのに、憂鬱な気分になる。
どうして、私には男がいないのに、あの人にはいるのだろう……。
保育士には出会いがない。
いや、もしかしたら、挨拶も丁寧だったし、私が思っているほど変な人ではないのでは?
そう思い、私はベランダに目を向けた。
お隣さんの物干し竿、装飾がついてて青白くて超目立つ、なにあれ?
武器? 槍?
悪趣味だなぁ。
やっぱヤバい人じゃん……。
はぁ……。
しばらくすると、ベランダから声が聞こえてきた。
「はやとさーん、お忘れ物ですよー!」
あれじゃん。ベランダから外にいる彼に、手を振ったり声かけたりするやつじゃん。
私の精神がゴリゴリと削られていく。
これから毎日、ラブラブ具合を見せつけられるんだ。ふて寝しよう、と思った束の間。
ベランダから女性が飛び降りた。
え、事故だ。
私は慌てて窓を開け、ベランダに飛び出した。
下を見ると、血塗れ、はなく、飛び降りた女性と男性が話していた。
「うわビックリしたぁ! ダメですよ! セラフィーラさん! 飛び降りちゃ!」
「あら、うっかりしていました。早くお忘れ物をお届けしなくてはと思いまして……」
うっっそでしょ、ここ3階よ!?
やっぱり、ヤバい人だ……。
◇
ピンポーン。
時刻はお昼。
誰だろ……。
またお隣さんかな。うわぁ、出たくねぇ。
「はーい」
ドアを開けると、赤みがかった髪の小学校高学年くらいの女の子が立っていた。
「……ちがう」
「え?」
「セラフィーラ様はいらっしゃいますか?」
「いや、分かりません。あっ、お隣さんかも?」
「そうですか! 邪魔しました!」
邪魔って......。
その子は、お隣の水谷さんのチャイムも鳴らしていたが留守だったようだ。
あの子、学校の時間じゃないのかな。
水谷さんは、変わった交友があるらしい。
◇
今日のバイトの休憩時間もセラフィーラさんと一緒に食事した。
コンビニで弁当を買ったり、二人で屋台に食べに行ったり、日によって様々だが、毎日一緒に食事をしたい、というセラフィーラさんの要望で、ホームレス時代からこの習慣は続いている。
今日のお昼は、ベランダから飛び降りてはいけないと釘を刺しておいた。
「申し訳ございません……」
しょんぼりーらさん。
セラフィーラさんは丈夫だから平気でも、もし万が一、飛び降りた場面を人に見られたら大変なことになる。
女神の正体を隠すことにもっと注力してもらわなくては。
「正体隠しはもちろんですが、ようやく生活が安定するわけですから、天使探しも本格化しましょう」
「承知しました」
この世界には、下界の情報収集を担当している天随課に所属する、天随使、つまり天使がいるらしい。
俺の鑑定スキル【賢者の目】で日常生活に紛れた天使を見つけ出して、俺たちの支援を頼むという算段だ。
戸籍問題が難題すぎて放置されていたが、今こそ天使探しに本腰を入れる時だろう。
「では早速、はやとさんがお仕事の間に探してみます!」
「いや、今日は、アパート同棲初日ですから、明日からにしましょう」
「はやとさんが、そうおっしゃるなら」
危ない、危ない。
今日は、セラフィーラさんを家から出してはいけない。
俺は今夜、告白をする。
恋愛感情を理解していないセラフィーラさんに、玉砕されてしまうかもしれないが、それでも、しっかり思いを伝えたいのだ。
だからバイトを早めに抜けて、花とケーキを買ってサプライズをするつもりなのだ。
準備中に鉢合わせてしまってはまずい。
「そろそろ、お時間ですね」
「じゃあ、また家で」
「はい。お家でお待ちしてます。お仕事頑張ってください」
「頑張ります!」
帰る家があるっていいな。
◇
ケーキと、花。
よし、ちゃんと揃った。
後は家で待っているセラフィーラさんの元へ帰るだけだ。
ん? 一瞬、閃光が見えて、少しばかり電線が揺れた気がする。
何かが電線を伝って動いている?
注視しようと、電柱に近づくと、破裂音がした。
左手に持ったケーキが爆ぜたのだ。
「は?」
足元のコンクリートに、一本の矢が突き刺さっていた。
「水谷颯人、お前を殺す」
何者かが、電線の上にいる。
意味が分からない。
俺は脇目も振らずに走った。
「お前さえ、いなければ! セラフィーラ様は!」
セラフィーラさんを様、呼び、まさか。
俺は【賢者の目】を使った。
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職業:天随使
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こいつが、天使か。
天使は翼を広げ、閃光を発しながら、縦横無尽に電線を飛び回る。
目で追うのが、やっとだが、見失うと矢を躱せない。
避けた矢がコンクリートを抉る。
「セラフィーラ様を返せ!」
返せもなにも、追放したのはそっちじゃないのか?
ほのぼの同棲に、魔法もスキルもいらないのに。
普通に生活ができればそれでいいのに。
どうして、こんな目に遭わなくちゃいけないんだ!
俺は空き地に追い込まれた。
死ぬ、せっかく戸籍を取れたのに。アパート同棲が始まったのに。
死にたくない。死にたくない。
天使を名乗る赤髪の少女は、俺の前方で弓を引く。
「最後に言い残す言葉は?」
俺は大きく息を吸って、
叫んだ。
「セラフィーラさんっっっ!!!」
恐怖で目を瞑った。
しかし、矢に貫かれる衝撃がいつまで経ってもやってこない。
恐る恐る目を開けると、視界には見覚えのある翼。
俺の目の前に、物干し竿、否、神器の槍で矢を叩き落とした女神様の姿があった。
「セラフィーラさん……本当に来てくれた……」
「前に申したではありませんか。空へ向かって叫んでいただければ、いつでも駆けつけます、と」
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ガタンッ!
という大きな物音に何事かとベランダを覗いたお隣さんは、物干し竿を携えて飛び去っていくセラフィーラ様を目撃してしまい、パニックになったという。
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