第2話 アパート同棲に至るまで 後編
なんと俺たちは公園の段ボールテントで暮らすことになってしまった。
「え? そこからなの?」と思われるかもしれないが、本当に底からなのだ。
チキンな俺は段ボールテントを2つ作ろうとしたが、セラフィーラさんの「同棲ですから」という一言で、1つになった。
「新築です! タイトル回収ですね!」
「いや、違うよ? ただの段ボールだからね?」
調理は焚き火で、風呂はドラム缶。
もちろん、薪は自分たちで調達した。セラフィーラさんは薪割りの斧を持って即興で金の斧ごっこ。
「ふふ。あなたが落としたのは、金の斧ですか? 銀の斧ですか? プラチナの斧ですか? それとも、富、名声、力、この世の全」
「普通の斧ですっ!」
詠唱キャンセルしないと消されるところだったぜ。危ない危ない。
昔見たテレビを真似て小麦粉の塊をちねって米もどきを作ったりもした。
「ちねるの楽しいです!」
極限の生活だったが、セラフィーラさんは初めての下界に目をキラキラと輝かせていた。
あらゆるものに興味を持ち、スポンジのように吸収する。
「食事って栄養を取れるだけでなく、ほっこりするのですね」
セラフィーラさんは、初めての食事の際にそう呟き、涙を流した。
もっとセラフィーラさんに色々なことを教えてあげたい、幸せにしたいと強く思った。
次の問題は仕事。
職くらい、すぐに決まるだろうと楽観視していたが、
「マイナンバーが必要なんだよ」
と、建設会社の面接で、現実を突きつけられた。
一度死を経験した俺には、戸籍がなかった。
戸籍がなければ当然、付随しているマイナンバーを利用することはできない。
完全に盲点だった。
こういう小難しい部分は無視して進むもんだと思っていたが、そう甘くはなかった。
詰んだかに思われたが、社長は、無戸籍であることを打ち明けた俺に、条件付きで一ヶ月の間だけ、日雇いとして働くことを許してくれた。
俺は残された時間で戸籍を取得するべく奔走したのだが、なかなか良い方法は見つからなかった。
それでも時は進み、事件その1が起きてしまった。
それは佐々木公園に台風が直撃した日のこと。
外の様子を見に行ったっきりセラフィーラさんが帰ってこない。
不安になった俺が大雨の中テントの外に出てセラフィーラさんを探していると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「はやとさーーん」
「ん?」
空を見上げると、なんと雨に打たれながら翼を広げたセラフィーラさんが宙に浮いているではないか。
「ぎぃゃああああ雷いいいい! 何やってんの!?」
「見てくださいー! すごいですよ! こうするとピリッとするんです」
そう言って神器の槍を頭上に掲げると、巨大な落雷がセラフィーラさんを貫いた。
「ひいいい!! 死んじゃいますよ!!!!」
「ふふっ避雷神です」
「体張りすぎ! 面白いより心配が勝る! ってそんなことしてる場合じゃないから! 暴風でテントやばいから!」
初めての台風で無邪気にはしゃぐセラフィーラさんをなんとかなだめて、2人でテントを死守する。
「セラフィーラさん、テントを抑えましょう!」
「はい!」
雷雨の中、必死に段ボールテントを抑えたが限界が近づく。
テントのビニールシートと段ボールが、一枚、また一枚と剥がれて吹き飛んでいった。
もうダメかもしれない。
俺が諦めかけたその時。
「はやとさん、一かバチか防衛魔法を試してもよろしいでしょうか?」
セラフィーラさんは魔法が使えた。
セラフィーラさんが決死の大魔法で、公園全体に不可視のバリアを張ったおかげで、奇跡的に難を逃れることができた、
のだが、立て続けに事件その2が起きてしまった。
異世界から転移してきた銀髪の女騎士、エリス=シャルロット・ジルベールに襲撃されたのだ。
ルテリア騎士団 団長を名乗る彼女の実力は本物で、俺はいとも簡単にねじ伏せられ、セラフィーラさんとの1vs1が始まってしまった。
「ほう? 不意打ちを交わすか、魔王の手先」
「どなた様ですか? 私は魔王の手先ではございません。ただのめがっ、こほん。一般人です」
危ねぇ。咳でごまかしたよ女神様。
エリスは巨大な龍を召喚。
それに対し、セラフィーラさんは池の中に隠していた神器の槍で応戦した。
ここら辺で、現代ほのぼの同棲を望んでいた俺の頭は、パンクしてしまいそうだった。
現代ほのぼの同棲ルートに戻すべく、セラフィーラさんに与えられたスキル【賢者の目】で龍の弱点を見抜き、セラフィーラさんが龍を仕留めたことで決着がついた。
長引いたら作風が変わってしまうところだった。危ない危ない。
これはファンタジーバトル物ではなく、あくまで現代同棲物なのだ。
「ここは恐らく、いえ、確実にあなたが元いた世界ではありません」
「そんなバカな」
「ここは、魔法もモンスターも存在しない世界なのです。空をご覧ください。はやとさん、あれは何でしょうか?」
「あーあれは飛行機ですね。翼のついた鉄の塊(アルミニウム合金)に燃料を入れて人を乗せ、空を飛ばしています」
「だ、そうです」
「うそだ、うそだ……」
エリスはそのまま白目を向いて倒れてしまった。
エリスには、将来を誓い合った幼馴染がいた。しかし、彼は魔王になってしまった。
エリスは彼を止めるべく騎士になり、団長にまで上り詰めた。
そして、ついに魔王城で最終決戦、というところで呪いをかけられた上に、謎の魔法陣で転移させられてしまった。
そんなこんなで転移後に出会った俺たちは、魔王の手先、という疑いをかけられてしまった、というのがこの事件の真相だ。
疑いが晴れて助かった。
事情を知った俺たちは、俺の戸籍の取得と並行して、エリスの呪いの定期観察と、異世界に戻す手段を模索することとなった。
◇
続いて動きがあったのは戸籍の件。
「今、あなたの魂に直接語りかけています……」
仕事中に突然、頭に声が響いてきた。
「私です。セラフィーラです」
びっくりしたぁ。すげぇ神様っぽいことしてる......。
「ふふっご安心ください。通話料は0円です」
そんな心配はしていません。お茶目な人だ。
魂に語りかけてきた理由は、緊急の用件があったから。
セラフィーラさんは、俺が認定死亡という扱いになっていることを突き止めたのである。
認定死亡とは、災害や事故などで遺体が発見できなかった際に、行政が死亡を認定する制度のこと。
俺の遺体は隕石で焼失している。つまり、認定死亡という扱いになっていたのだ。
この認定死亡は役場で生存を証明することで、取り消すことができるとのこと。
早速、俺とセラフィーラさんは高速バスで俺の故郷、岐阜へと足を運んだ。
「通路側と窓側のどっちに座りますか?」
「違いがあるのですか?」
「えーと、通路側は出入りが楽です」
「……」
「窓側の方が酔わないらしいです」
「……?」
「あー、あと窓側だと外の景色を見れま」
「窓側でお願いします!」
セラフィーラさんらしい回答だった。
現地に到着したら、セラフィーラさんは疑問を呈した。
「みなさま、着物をお召しにならないのですね」
「ん? 全国的に見ても着物を普段着として着用している人は、ほぼ0だと思いますよ?」
セラフィーラさんは目を見開いて硬直してしまった。
「セラフィーラさん? おーい」
ショックが大きすぎたようだ。
顔の前で手を振っても微動だにしない。
「伝統は…………失われてしまったのですか?」
やっと口を開いた。
「人の生活や習慣は変わっていきます。ですが、伝統を軽視しているわけではありません」
「本当ですか?」
「はい。だから、高山市街のように昔の街並みを保全しているんです。それに成人式や七五三といった特別な行事では、今も着物を着ています」
即興でそれっぽいことを言ってみる。
「形を変えて続いているのですね」
セラフィーラさんはようやく顔をほころばせてくれた。
「そうだ! セラフィーラさんも着てみますか? 着物!」
「よろしいのですか?」
「問題ありません! 観光客御用達、着物レンタルです!」
セラフィーラさんは目をキラッキラと輝かせた。
それから、下界に憧れてきたセラフィーラさんのために、高山で着物をレンタルして、江戸時代から残っている町並みを観光をしたり、神社を参拝しながら、役場を目指した。
セラフィーラさんは、おろしていた髪をまとめ、菊が描かれた薄浅葱の着物に身を包んだ。
付属の髪飾りと草履もとても似合っていた。
「はやとさんの戸籍を復活させるための旅、ということは分かっているのです。分かっているのですが、一言だけ言わせてください」
改まって何を言うのだろうか。
「どうぞ?」
「私、今とっても楽しいです!」
満足してもらえて何よりだ。是非とも、天界に孤独に幽閉されていた分は、満喫してもらいたい。
俺はセラフィーラさんのそういう素直なところに惹かれた。
肝心の役場ではなりすましの可能性があると、一度は門前払いを受けてしまったのだが、母の実家、さそり家が証人になってくれたことで、戸籍を再取得することができた。
さらにご厚意で、さそり家の温泉宿に宿泊させてもらうこともできた。
セラフィーラさんと、貸切温泉に一緒に入って死ぬほどドキドキした。この日のことを一生忘れることはできないだろう。
「私に下界を見せてくださり、本当にありがとうございます」
「はい。どういたしまして」
「やはり、私は下界が大好きです。もっともっと下界を知りたいです!」
セラフィーラさんの190年分の思いが滲み出ていた。
「はやとさん、これからも私にたくさんのことを教えてください! 経験させてください!」
「もちろんです!」
「約束ですよ!」
「はい、約束です!」
こうして無事に戸籍を取得して、東京に帰った俺たちは、ホームレスを卒業し、念願のアパートに住めることとなったのだ。
まさか同棲するために、戸籍の取得からやる羽目になるとは……。
◇
そしてアパート同棲初日。
「ここが私たちの帰る場所、なのですね」
「はい」
ようやくここまでこれた。
「これからの生活がとっても、楽しみです!」
こうして、俺たちの甘々ほのぼの同棲が幕を開けた。
ああ、それだけじゃなかった。
俺はこの日、セラフィーラさんに告白して想いを伝えようとしたのだ。
=======
苦労回想終わったので、次回よりアパート同棲スタートです!
戸籍の取得からかよ、と思われた方、または二人の甘々同棲を見守っていただける方、フォローや評価をいただけると励みになります!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます